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‡CRYSTAL‡
錯綜、そして擦れ違う




「忘れてないよ」


ふと、セーマの小さな声が耳に入った。

ティナがゆっくりと顔を上げると、彼は驚くほど真剣に、真っ直ぐこちらを見ている。


「俺はあんたのこと、何一つ忘れたりしてない」

「…っ」


それが単に記憶のことを指しているのか、それとももっと別の意味のことなのか、ティナには分からなかった。

けれど、セーマの精悍な表情から目が離せず、硬直したまま動くことが出来ない。


そんな彼女に向けて、ゆっくりと彼の手が近付いてくる。

包帯の巻かれた痛々しい掌が、ティナの上気した頬にそっと触れた。


「変わらないな…あんたは。
こういう無防備なとこ、昔のままだ」


セーマからの緩やかな接触に反応し、ティナは思わず口を開きかけた。


そうよ、セーマ。
私はあの頃と何も変わっていない。

今も、貴方のこと――…



ティナの言葉が音になることはなかった。

それより先に、セーマが苦笑しながら静かに手を離したからだ。
遠ざかる温もりを、名残惜しいとティナは思ってしまった。

そして彼はおもむろにベッドに横になり、頭からシーツを被った。


「もう休むから、帰って。俺に気なんか使わなくていいから」

「でも……じゃあせめて、何か欲しいものは?」

「何もいらない」


背を向けたセーマの態度は、明らかに拒絶の意味だ。

けれどそれが、何処か痛々しい。

でも、と言い出しそうになる口を、ティナはぐっとつぐんだ。


「また明日…皆が来た時にでも、何かあったら言ってね」


ティナはそう告げると、静かに部屋を出ていった。



――バタン。


扉が無機質に閉まった後、セーマは盛大に息を吐いた。

そうしなければ、窒息してしまいそうだからだ。



「…変わらすぎるよ」


今しがた彼女に触れた自分の掌を見つめる。

滑らかな頬の温もりも。
眩しく輝く銀の髪も。
陶磁器のように白い肌も。

心を狂わされそうな、透き通った声も。

彼女は、以前と変わっていない。

いや、それ以上に、


「ティナ…」


俺の君への想いが、全く変わっていないことに驚いた。
寧ろどんどん膨れ上がっていく。


手に入らないものが、欲しくなってしまう。




「…っ」


欲しいものなんか、ない。

君以外に、渇望するものなど、ないよ。






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