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‡CRYSTAL‡
風の如く
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「――…では、明日。
一旦、空間転移装置でヴァリアスへ帰還しましょう」


久方ぶりの満月の夜。

エクセニア城の自室にて、アリアが書面に文字を列ねる様を、ティナは見つめていた。


政治とは、本当に細かいもので。

国の為に行われる事項を、一つ一つ丁寧に書き綴っていかなければならない。



「…皆、元気にしているかしらね」

「心配は無用でしょう。
ああ見えて、逞しい者達ですから」



先程アリアが言った通り、明日ヴァリアスへ帰還する事が決まった。


いつまでもエクセニア城で世話になるわけにもいかない。

ダイスら保安隊の力を借りて、天上人の降下作業を行うのだ。


書類の整理を終えたアリアは、洋紙を纏め、ティナに手渡す。


「ではそろそろ、私はこれで失礼します」

「あ…もうこんな時間」

「明日も忙しくなるでしょうから、今夜はゆっくりお休み下さい」


そう言って、アリアは扉へ歩み寄った。

ふと、その足がピタリと止まる。



「ですが…このままで良いのでしょうか?」

「え…っ」

「セーマの事です。
ヴァリアスへ行く前に、一度くらい会っておいた方が宜しいのでは…と」


正直、ティナは心底驚いた。

問を投げ掛けたアリアの表情は、とても心配そうで。

まさか彼女がセーマの心配をするなんて、夢にも思わなかったのだ。


「もう五日、あの男は姿を見せていません。
主がお忙しい立場だと言うのに…一体何処をほつき歩いているのか」

「…アリアは、セーマが気になるの?」


ティナが恐る恐る問い掛けると、アリアは驚いたように一瞬だけ目を丸くする。


セーマと、アリア。

兄弟の体にをそれぞれの始祖に奪われた二人は、似た境遇の所為か、以前より穏やかな関係になったと思う。

特にアリアのセーマに対する態度が柔らかくなった。


まさか、彼女はセーマを――…

そんな心配は、アリアの微笑によって見事に裏切られた。


「勿論、気になります。
特に、貴女のことが」

「え…、私?」


ティナは自分を指差し、首を傾げた。


「貴女は、奴の事となると取り乱しやすい。
ちゃんと気持ちの整理を付けて貰わないと、いざという時に困ります」

「べ、別に私は…」


いつも彼の事を気に掛けている訳じゃ…。

そう言いたいけれど、どこか否定出来ない自分がいた。




気持ちの整理、なんて。

自分の中ではとっくに付いているつもりだ。

けれど、彼の気持ちをまだ聞いていない。

彼は…セーマは、どう思っているのだろうか。

分かってほしい、なんて我儘だろうか。



アリアが部屋を出た後、ティナはランプの灯りを消し、静かにベッドに入った。

目を閉じても、思い出すのはセーマの顔ばかり。

最後に会った時の、あの哀しそうな表情だ。


「…っ」


彼を想うと、苦しくなる。


あの孤独な狐は、何処にいるのか。

どんな気持ちで夜を過ごすのか。

考えただけで、涙が出そうになるのだ。


ティナは堪らず、シーツの中で身体を丸め、膝を抱えた。





――…カチャ



その時だった。

テラスの窓が微かに開く音に、ティナは全身を震わせた。


風…?

いや、灯りを消す前に、ちゃんと鍵は掛けた筈だ。

そう模索しているうちに、足音は静かにこちらへ近付いてくる。



――…まさか、シエル?



恐怖で全身を硬直させたティナは、ぎゅっと目を瞑った。

ベッドから起き上がって、その正体を確認する事を躊躇ってしまった。




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