‡CRYSTAL‡
飛翔
嵐のようだった霧が、嘘のように消えた。
セーマは暫し唖然とするが、すぐに我に返る。
「ティナっ!!」
ティナはその場に座り込み、俯いていた。
急いで其処へ駆け寄ると、彼女を庇うように立ちはだかり、目の前の敵へ視線を向ける。
「ティナに…何をした!!?」
スカルレイヴの銃口を向け、威嚇するようにセーマは吠えた。
だがシエルは呆然と立ち尽くしたまま、その場から動こうとはしない。
――様子がおかしい。
「…君は、本気なんだね」
突然、シエルは呟いた。
それは他でもない、ティナに向けられたもの。
霧の壁に阻まれていたセーマは、二人の会話を聞いていた訳ではなかった。
ただ姿を確認し、何かを言い争っているような雰囲気だったような気がする。
一体、二人の間に何があったのか。
「…もう、貴方と話す事はないわ」
やがて、セーマの背後でティナが息を切らしながら応えた。
シエルは、傷付いたように表情を歪めている。
長く白い睫毛で縁取られた瞳を伏せ、何かを決意したように言葉を紡いだ。
「…分かった。僕も…、もう君に容赦しない」
シエルの声色が、変わった。
すると彼の背に黒い影が浮かび上がり、翼のように大きく上下している。
「僕らは君を敵と見なす。
全力で…殺しに行くからね、アルティナーゼ」
修羅のようにおぞましく顔を歪ませたシエルは、憎しみの籠もった声で言い放った。
セーマの背の向こうにいるティナを一瞥し、影をはためかせ、空へ飛んでいく。
天使のように真っ白な少年は、暗黒の翼を用いて去っていった。
『ティナ…』
するとマザーはティナの下へ歩み寄り、静かに身を寄せた。
『よく頑張りましたね』
全てを見透かしたようなその言葉に、ティナは堪えていた涙を流した。
本当は、怖かったのだ。
シエルの所へ逃げたい気持ちも、少しはあった。
死ぬのが怖い。
けれど、自分が世界を滅ぼす方がもっと怖い。
ティナの決断は、大きく、何よりも儚いものだった。
『私…っ』
ティナは、マザーに縋り付いた。
慈愛の母に包まれながら、自分に言い聞かせるのだ。
まだだ。
あと一つだけ、勇気を出さなければならない事がある。
臆病になるな。
きっと、彼なら大丈夫。
受け止めてくれるから――
「――…セーマ…」
ティナはゆっくりと、振り返った。
後ろに立つ彼は、まだ状況が掴めていないようだ。
困惑して立ち尽くしながら、セーマは彼女に視線を向けていた。
「ティナ…一体、何が」
「私、死ぬんだ」
セーマの言葉を遮り、ティナは告白した。
あまりに突然すぎて、その意味が理解できず、セーマはただ耳を疑うしかなかった。
「私…もうすぐ死ぬんだ」
――…きっと大丈夫よ。
貴方はこれから先何があっても、生き抜いていける力があるわ。
沢山の人々が生きるこの世界で、貴方もどうか、皆と共に幸せになって。
貴方が笑っていられる世界を、私が満月となって照らし続けられるなら、
こんなに幸せなことはないでしょう。
誰よりも大切な、貴方達。
今を生きる人の為に、私は闘う。
第1楽章【飛翔】Fine.
⇒後奏
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