[通常モード] [URL送信]

‡CRYSTAL‡
その眼差しの先に
―――――――――
――――――
―――




「…何だ?」


ふと空気の匂いが変わり、鼻の利くセーマは顔を上げた。

心なしか、周囲の霧が濃くなったような気がする。

注意して耳を澄ますと、遠くでザワザワと波が逆立つ音が聞こえた。

すると、僅かだが大地が唸り声を上げ、地響きがセーマを襲った。


「一体どうなって…っ」

「セーマっ!!」


その時、飛行船の整備をしていたカウルが操縦席から声を上げた。


「ヤバイぞ!!物凄い速さで気圧が低下してる!!
しかもこの地震の震源地はマザー・オルガのいる辺り…、ティナが向かった方向だ!!!!」

「っ!!?」


――…ティナ。


考えるよりも先に身体が動いた。

疾風の如く、漆黒の狐は霧の中を駆け抜ける。

彼の鋭い金の双眸は、ただひたすら前だけを見据えていた。


「ティナ…!!何処だ!?ティナーーーっ!!!!」


声を張り上げて、セーマは探し人の名を呼んだ。

周囲を隈無く捜索するが、人の気配はしない。

それどころか霧は深まる一方で、遠くを見る事すら困難だった。



「っ…ティナ…!?」


そしてセーマは、霧の湿った空気の中から彼女の僅かな匂いを感じ取った。

その手掛かりを逃さぬよう、神経を研ぎ澄ます。

五感全てを働かせ、ティナの行方を探った。


――…感じる。

彼女の気配だ。



セーマは霧を掻き分けて走った。

其処は、未だ水晶の残骸が残っている地帯。

霧が濃い所為か、徐々に水晶の規模が広まっていく。


そしてセーマは、霧の向こうに人影を見付けた。


「――…っ!!」


銀色の長い髪が際立つティナと、彼女に寄り添うもう一人の人影。

それは、セーマの父でもあった皇帝リードを殺害した張本人。

――…シエルだった。



「お前…っ!!」


頭に血が昇ったセーマは、直ぐに向かって行こうと足を踏み出した。

けれど不思議な事に、彼女らの周囲には微量の水晶霧が嵐のように吹き荒れている。

その霧は、まるで何人も近付けさせぬように作られた結界のように、行く手を阻んでいた。


「ティナーーー…っ!!!!!!」


荒れ狂うような水晶霧を隔てて、セーマは張り裂けそうなくらいに叫んだ。

だが、彼女にその声は届いていないようだった。


『今のティナに何を言っても無駄です』


凛とした声が、セーマの耳に入った。

聞こえた、というよりは、頭の中に直接語り掛けているような声。

振り返ると其処には、純白の毛並みを持つ美しいマザー・オルガの姿があった。


「な…っ」

『その霧の壁は、ティナ自身が創り出したもの。
この地響きも、彼女の心の波に合わせて変動を繰り返しているのです』


困惑するセーマに、マザーは更に訳の分からない事を言った。

言語を話すオルガなど、ハンターであるセーマですら未だかつて見た事がなかった。


「…あんたが、ティナの言っていたマザーか!?」

『初めまして、ですね。
彷徨いし漆黒の狐よ。
…もっとも私は、水晶に囚われていた貴方をずっと見ていましたが』


彼女の言葉の意味が、セーマには分からなかった。


半年前、セーマはレイヤとの決着をつける為に単身このプロムナードに訪れた。

レイヤへの深い憎しみ。
ティナに寄せる未練。

それら負の感情がセーマの心から滲み出た結果、水晶は異常繁殖し、彼自身もこの地で眠りに付く事となったのだ。


――…その半年間。

マザーは同胞と呼ぶオルガ達とこの地に留まり、ティナを待ち侘びていたのだ。

この異常な水晶を創り出すセーマの心に涙さえ流し、水晶の中で眠る彼を見守ってきたのだ。 



.

[前へ][次へ]
[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!