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‡CRYSTAL‡
空に、泣く








飛び散る、鮮血が。



玉座が汚れる。


真っ赤に、染まっていく。





「…ぁ…、あ…っ」





――カランッ




国を統べる者の証として、いつも身に付けていた冠が静かに床へ落ちた。




そして、

その冠の持ち主さえも



床へ崩れ落ちた。







『陛下ぁあっ!!!!』




擦れる程の大声で、セーマは叫んだ。


足が縺れ合いながらも懸命に走り、皇帝の許へ急ぐ。




『陛下っ、陛下!!!』



セーマと同じように皇帝の許へ群がる沢山の兵士達。

それらを懸命に掻き分けながら、彼は足を進めた。


狐化した自身の短い手足をもどかしく感じたのか、セーマは無意識の内に人の姿へと戻っていった。




「っ…陛下ぁあっ!!!」


自分より一回りも体格の大きい兵士を突き飛ばし、ようやく人集りの中心へ辿り着く。




――血に染まった玉座。


その傍らには、腹を貫かれて倒れる皇帝。


そして、返り血を浴びたシエルが立ち尽くしていた。


白亜に身を包んでいる所為か、彼の姿には深紅がより濃く浮かび上がっている。




「はぁ…はぁ…っ」



大きく呼吸を乱しながら、シエルは足元に崩れ落ちた皇帝を見つめる。





――遂に、ひれ伏した。


現代を生きる地上の皇帝を、この手で仕留めたのだ。



跡継ぎのいないこの人物さえ消えれば、国の繁栄は約束されない。



天上世界の再建に近付ける。

地上世界を破滅に追い込める。





…それなのに、何故――。





額に汗を滲ませる彼の表情には、困惑が募っていた。


まるで、そう、まるで。




「っ…!!」



怯えるような表情のまま、シエルは影を翼に変えて空高く舞い上がる。



「シエル…お前っ!!!」



宙に浮いたまま静かに佇むシエルに駆け寄り、セーマは物凄い形相で怒鳴り散らした。


シエルは彼を一瞥した後、静かに踵を返す。


そして。




――ガッシャァァアアンッ!!!!



謁見の間に備え付けられた、扉よりも大きな窓ガラスを盛大に割り、勢い良く城の外へ飛び出した。



――視界に広がったのは、快晴の青空。

雲の合間から注がれる太陽の光が、首都エクセニアを照らす。



それは、
人も建物も動物も、
自然さえも。

全てが色彩豊かな世界。




「ぁ――…」



ドームに覆われ、夜の闇に包まれたモノクロの世界しか知らなかった始祖ヴァリアス。


そんな彼にとって。

眼下に広がっていたエクセニアの風景は、自分の思い描いていた理想郷そのものだった。




「…そんな、僕は…っ」



憎き地上の都。

この土地を滅ぼす為に、シエルとして蘇った始祖ヴァリアス。



“地上は汚い”


長年そう思い込んできた価値観さえも覆される景色を目の当たりにした彼は、言葉を失った。





この美しい世界の、何処が腐っている?



冷たい死体を操り、赤い血に塗れ、暗い影を背負って生きる

この僕の方が――…





「っ…汚い…」



殺意は間違いなくあった。

皇帝を殺す事しか考えていなかった。

だから、一人で乗り込んだ。





だけどね、ティナ。


どうしてだろう。






「むね、が…いたい…っ」





シエルの流した大粒の涙が



儚く大地を濡らした。





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あきゅろす。
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