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‡CRYSTAL‡
二つの殺気






肌を切り裂くような嫌な音が、辺りに響き渡る。

皇帝は、恐らく自分に降り掛かるであろう烈しい痛みを予測し、思わず強く目を瞑った。




そして、その予測通り。

真新しい血飛沫が宙を舞い、美しく磨かれた大理石の床を汚す。



「っ…、あ…」



だが、いつまで経っても痛みが皇帝を襲う事はなかった。


不思議に思った皇帝が恐る恐る目を開いた、

その時。





「――…な…に――…っ」



ごとり、と。

何かが床に落ちた音。



無造作に床へ転がり落ちたのは、もぎ取られたように切断された――…右腕。



赤い血に染まった肘下までのそれは、

間違いなくシエルのものだ。



「っ…貴、様…!!」


この上ない怒りを伴った表情で、シエルは振り返る。

全身の血が沸騰したように煮え返り、小刻みに震えながらも、目の前に立ちはだかる“邪魔者”を睨み付けた。





先程、シエルが皇帝の喉元に爪を突き立てようとした瞬間。

物凄い脚力で横から割り込んだ“一匹の獣”が、凶器となる筈だった腕を食い千切ったのだ。




「…セーマ…?」



自分を庇うように佇む黒い狐の名を、皇帝は呼び掛ける。



だが彼は背を向けたまま、振り返る事はない。


余程、急いで来たのだろうか。

肩を上下させ呼吸を整えながらも、目の前に佇む始祖に向けて凄まじい殺気を放っていた。




『…帰れ』


狐は、威嚇するように低く唸った。


そして次の瞬間。

雄叫びを上げるような高らかな声で、吠えた。



『――…空に帰れ!始祖ヴァリアスッ!!
この人にも地上にも、これ以上手を出すな!!』


怒り狂っセーマは、その烈しい感情のままに走る。

獣化した彼は、まるで獲物を狩るような素早い動きでシエルの懐に飛び込んだ。



「…っ」


ぎらりと覗いた鋭い牙が、真直ぐにシエルを捕らえる。

その底知れぬ殺気を全身で感じた瞬間、どこか他人事のように悟った。






“殺られる”




その諦めにも似たシエルの言葉に

何かが、反論した。






マタ、敗レルノカ



地上人ノ手ニ


憎キ奴ラノ手ニ






ソレダケハ

許サナイ――…!!









「うああぁぁぁぁあああっ!!!!!!!」





突然、シエルの身体が白い輝きを放つ。

綺麗で眩しく、どこか哀しい輝き。

『な…ッ!!?』



その瞬間、飛び掛かろうとしていたセーマは弾き飛ばされ、壁に叩きつけられた。



「う…っ」


小さく呻きながら、セーマは何とか起き上がった。

すぐに体勢を立て直し、再びシエルに向かおうと顔を上げる。



――だが、遅かった。

セーマも目で追えない速さで、シエルは既に次の行動へ移った。




暗黒の影を全身に纏い、狙いを定めて駆け出す。


その先にいる人物は――…紛れもなく皇帝。




『――…っ!!?』



セーマは驚愕で瞳を見開き、声を発しようと口を開いた。




けれど、その瞬間に。




シエルの手が、

皇帝の身体を貫いた。






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あきゅろす。
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