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‡CRYSTAL‡
死が命を攫う時まで





シエルはもういない。

今は何処にいるかも分からないあの白亜の少年は、シエルの皮を被った怨念だった。



けれどヴァリアスで過ごした二年間は、アリアの中で消える事のない記憶。


ティナがいて、
シエルがいて。

共に国を復興させる為に、皆で活気を取り戻した。



――もし、あのまま。

平和条約など提案する事なく、空の世界に留まっていたら。

ティナとシエルは結ばれ、幸せな国を造り上げる事が出来たのではないか。

始祖はシエルのまま、大切な主と共に笑っていられたのではないか。



そう考える度に、アリアの中で後悔の念が渦巻く。

それと同時に、ティナの心を奪ったセーマの存在を疎ましく思う。

この雄さえいなければ、と。


「――…」


アリアは黙々と散髪をしながら、ふと思った。



――もし、今。

この手の中にある刃物を
目の前の無防備な男の首筋に、突き立てたら…


幸せだったあの頃は、戻るのだろうか――…






「――家族と別れる痛みってさ」

「っ…!?」


突然セーマが口を開いた事で、アリアは驚きハサミを動かす手を止める。

セーマは瞳を閉じ、頬に当たる心地良い風を感じていた。


「味わった奴にしか、分からないものだよね」


動揺するアリアを余所に、セーマは言葉を続けた。



「本当は、死んだ人の為にもっと何かしてあげられたんじゃないか。
もしあの時ああしていたら、とか俺は今でも思う」

「…後悔、しているのか」


不安そうなアリアの問いに対し、セーマは自嘲するように小さく笑った。


「後悔なんてし尽くした。
でも、いくら後悔しても何も変わらなかった。
死んだ人は、還らない」


クロエが滅ぶ瞬間の、母親の最期の顔が今でも脳裏に焼き付いている。

あの瞬間は、もう取り替えせない。


「だから俺は、人の死から目を逸らさない。
ちゃんと向き合うって決めたんだ。
…そうしたら、何となく分かった気がする」

「何…が?」


その言葉の先に、アリアは息を呑んだ。



「命なんて驚くほど脆い。
だからこそ、後悔しないように与えられた時間を大切に生きるべきなんだって」



――その瞬間。


アリアの中で渦巻いていた闇が、光に満ち溢れたような気がした。



後悔しないように。

いつか、誰にでもやって来る“死”の瞬間まで

精一杯、生きる。



シエルも、そうだったのだろうか――。






首に巻かれた布が取り払われ、セーマは鏡を見る。

鬱陶しかった前髪も、よく払っていた後ろ髪も、丁度いい長さで整えられていた。


「上手いじゃん。これから散髪はあんたに頼もうかな」


軽くなった頭に満足したセーマは、上機嫌に笑っていた。

するとアリアはハサミを仕舞いながら、小さく呟く。



「――私も」

「ん?」

「人の死と向き合う事が出来るのだろうか」


いつも強気な彼女が漏らした弱音に、セーマは瞳を見開いた。

散髪道具を見つめるアリアの哀しそうな横顔を、月は儚く照らす。

その光景を見て、セーマは何かを悟った。



「――出来るよ。あんたは、俺なんかより強いから」




今なら、分かる気がする。

何故ティナが、この男に惹かれたのか――。






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