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‡CRYSTAL‡
許された罪






『ティナは空を選んだ。
だから俺は、地上に帰る』


――あの瞬間。

二人が別れた時から、歯車は噛み合わなくなってしまったんだ。



「返せ…ティナ…っ」


その場でうなだれたセーマの視界が、じわりと滲む。


母を、クロエを失い、レイヤが狂ったあの惨劇。

あの時から、泣くのは止めようと誓ったのに。


涙は、弱さの象徴。
そんなものを他人に見せたって、何かが変わる訳じゃない。


だから、“涙”そのものの存在を無くそうとした。

これまで生きてきた中で、辛い事や悲しい事が全く無かった訳じゃない。


…ただ、この黒い心が“涙”を思い出させる程の感情を、消し去ってしまっていただけのこと。




「…セーマ…」




――…けれど、彼女が

ティナの存在が、

俺を狂わせる。
心を迷わせる。


レイヤの血に飢えた俺から、復讐の決意を奪おうとする。

俺の心を、攫っていく。




「セーマ」



次の瞬間、朧気だった彼女の声が、ハッキリとその名を呼んだ。

思わずセーマは顔を上げ、ティナの憂いを帯びた美しい顔を見つめる。


闇夜に映える、透き通った銀色の髪。
力強さを携えた、大きな翡翠色の瞳。


そして、




「…触れても、いい?」



禁忌の歌を紡ぐ声。

それは彼の凍てつく水晶を溶かす、暖かな息吹。




「――…」


まるで本当に満月の化身を前にしたかのように、セーマは喉を震わせた。

そんな彼の額へ、ティナの細い指がゆっくりと落ちる。

伸びきった黒の前髪を横に掻き分けられると、
現れたのは、研ぎ澄まされたような鋭いトパーズ。


それは、遠い昔に見た懐かしい双眸だった。



白い指先が、透明な雫をそっと掬い取る。

二人の視線が交わった、その瞬間。


今までティナの中で葛藤していた戸惑いが、跡形もなく消え去った。





――…私の名は、アルティナーゼ。


地上では異端の存在としてしか生きていく事が出来なかった、罪人。

沢山の人を、この力で殺めてしまった。



だからこそ、女王になったのだ。

この天上世界では、国を繁栄に導く存在として生きる為に。

それ故に、愛する人と共に生きる事を捨てた。


これで、良かったのだ。





“…本当に?”




――嘘だった。


それはただの、自分にとって都合のいいエゴでしかなくて。

本当は、いつか許される日が来るのを待っていた。


誰かが“もういいよ”と言ってくれる時を待っていたのだ。



彼女はもう知ってしまった。

セーマという存在を、
思い出してしまった。




“ねぇ、許してあげて”



彼女を罰していたのは、彼女自身。


彼女を罪を告発したのは、彼女自身。


ならば、
彼女を許せるのも、
彼女自身。




“もういいよ、アルティナーゼ”

“貴女は貴女にしか出来ない事をやって行けばいい”



その為に、今は彼を。


彼と向き合う覚悟を

決めるのだ、ティナ。






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あきゅろす。
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