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‡CRYSTAL‡
母なる存在






『こちらへ…』



しなやかな身体をその場に横たえ、オルガは静かに語り掛ける。

その視線は、確実にティナを捕えていた。



「お、おいティナっ!!」


カウルに制止されながらも、ティナはゆっくりと前に進む。

緊張と不安で体は硬直し、その歩みが自分の意思なのかさえも分からなかった。

それでもオルガの美しい双眸から瞳が離せない。


長い時間を掛けて進み続け、ティナはオルガの前で足を止めた。




『…待っていました』


先程と同じ言葉を告げるとオルガは巨体を逸らし、ティナへ頭を擦り寄せる。


始めは驚いたティナも、敵意を感じさせぬこの獣に安堵したのか、そっと白い毛並みに触れた。



今まで見た事もない程の巨体を誇るオルガが、一人の女性に頭を垂れる。

その神秘的な光景に、カウルとロウドも息を呑んだ。



「私を…知っているの?」


恐る恐る口を開いたティナの問いに、オルガはにこりと微笑んだような気がした。


『勿論です…、我らが王の末裔よ』


その言葉と同時に、周囲に沢山の気配を感じた。

霧の奥深くから徐々に鮮明になる影たち。



「なぁ…っ!!?」


言葉にならない声を発して、カウルはとうとう腰を抜かしてしまった。


現れたのは、数十頭はいるであろうオルガの大群。

ティナ達を取り囲むように近付いてきた彼らも、やはり敵意は感じられなかった。



『これは数少ない同胞。
地上で行き場を失った者達です…』

「…人を襲わないの?」

『彼らは、太古の時代に人だった頃の記憶を所有する者達。
自我を失い、肉食の獣となることを拒んでいるのです』


確かに、周囲のオルガ達は今まで出会った獣達と違って穏やかな気性だ。

それどころか皆、優しい瞳をティナ達に向けている。


彼らを見て、初めてオルガが人だったのだとティナは思った。


「貴方は一体、誰なの?
どうして人の言葉を…」

『――私は、同胞から“マザー”と呼ばれる存在。
長き年月を生き延び、この地で英知を身に付けたのです』


そう言って、マザーと名乗ったオルガは瞳を細めた。

母――…

大いなる優しさを秘めた立ち振舞いに、ティナも不思議と安らぎを覚えた。







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