[通常モード] [URL送信]

‡CRYSTAL‡
王妃






長い口付けの後、セーマはゆっくりと顔を離した。


セーマの突然の挙動に驚いた所為か、ティナは瞳にうっすらと涙を溜めている。


セーマは胸を痛めた。

大事にしたかった筈の存在を、今こうして傷付けているのだから。




「…皇帝の後継者になるって事が、どういう事か分かる?」


セーマの問い掛けに、ティナは恐る恐る首を横に振った。

彼女の翡翠の瞳が、不安に染まる。



「…ティナは、女王になるんだ」

「じょ、おう」

「女王は…俺みたいな『地上の雄』が簡単に触れていい存在じゃない」



その言葉に愕然とし、ティナは思いきり首を横に振った。



「…女王に、なるなら」



セーマが言葉を続ける。

反論したくとも、ティナは声が出せなかった。



「もう俺達は、一緒にいられない」

「そんな事…っ」

「ティナは空を選んだ。
だから、俺は地上に帰る」



“空を選んだ”

その言葉が、心に深く突き刺さった。




「――…い、…や…っ」



両手で口元を押さえ、鳴咽を飲み込む。

それでも漏れる声が、彼女自身に酷く耳障りに感じた。




「…ティナ」



愛しい人の声に、名を呼ばれる。




「ティナ」



再度名前を呼ばれ、彼女は顔を上げた。




「せぇ…ま…っ」



その時、初めてティナが目にしたもの。



――…それは。





「…さよなら」



彼の、涙だった。



静かに、セーマは去っていく。

不思議と、追い掛ける事が出来なかった。



『行かないで』

そう泣き叫びたかった。


そんな簡単な事で彼がこちらを振り返ってくれるなら、どんな惨めな姿だって晒すだろう。



だけど、セーマはきっと戻らない。

プライドの高い彼は、二度と泣き顔など見せたくないだろうから。




あの涙はきっと。

もう二度と会わないという意味なのだから。






「…セーマ…っ」






 さようなら。


 もう会えない貴方。


 初めて私が、
 愛したひと――…





第1楽章【王妃】 fine.

⇒後奏

[前へ][次へ]
[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!