‡CRYSTAL‡ 契約 「――…セーマ?」 突然名を呼ばれ、ハッと顔を上げる。 困惑の表情でティナがこちらを見つめていた。 「どうしたの?急に止まって…」 「…ああ、ごめん。先を急ごう」 我に帰ったセーマは、何事もなかったように再び歩き出す。 どこか焦った様子に、ティナとロゼは顔を見合わせて首を傾げた。 「…何かあったのかな?」 「かもな。まぁ、俺らが気にする事じゃねぇよ」 さして気にも止めずに、ロゼもセーマの後を追う。 だがティナは納得しない表情だ。 「…だったら、無理に付き合わせなくてもいいのに」 「なんだ、セーマの事が気になるのか?」 「そういう訳じゃないけど…」 誰があんな奴、と付け足してティナはそっぽを向く。 するとロゼは、むくれるティナの頭に手を置いた。 大きな掌が、彼女の銀髪をくしゃっと撫でる。 「今回のオルガ討伐は、セーマに依頼した“仕事”だ。 報酬を出す俺らが気に掛ける必要はねぇんだよ」 その言葉に、ティナはいつかセーマが口にした事を思い出した。 あの満月の夜を。 ――ロゼは俺の依頼人で、俺は『仲間』じゃない。 あんたらと馴れ合うつもりはない…―― 自分達とセーマは、ただの“契約”を通した関係。 それ以上でも、それ以下でもない。 必要以上の心配はいらない。 「漆黒の狐って言えば、金でしか動かない凄腕ハンターって有名だぜ? 下手したら、金で寝返るかもしれねぇからな。 信頼してもいいけど、信用するな」 「そう、ね…」 ティナは大人しくロゼの言う事に従った。 すると、遥か遠くから噂のセーマの声がする。 「何してんの?早く来なよ」 「おー!わりわり!!」 大きく返事をし、ロゼはティナを連れて駆け足で森を進む。 納得した筈の彼女だが、その表情は困惑していた。 ――…信用なんて、してないわ。 私は、簡単に人を信じたりできない。 . [前へ][次へ] [戻る] |