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‡CRYSTAL‡
Fortune




人の心は複雑すぎて、他人は疎か本人すら分からないらしい。

そんな不可思議なもの、追求するだけ無駄なのかもしれない。

この“狐”と出会ってから、私はそれを嫌というほど痛感してしまった。




‡FORTUNE‡





満天の星空の下。

今宵も空賊テンペストの飛行船は、悠々と羽ばたいていた。

夕食を終えた“会議室”という名の談話室では、空賊メンバーが各々自由な時間を過ごしていた。


「あ、ちょっと見てコレッ!!」


一際甲高い声を上げたのは、凸凹三人組紅一点のヒルダ。

読み耽っていた雑誌を、おもむろにティナへ見せてきた。


「占い…?」

「アタシ今週の運気は中々なのよ!ラッキーフードは…野菜カレーかぁ」


まるで「作って♪」とでも言いたそうなヒルダの笑顔に、ティナは苦笑を漏らした。


「はいはい、明日のお昼はカレーにしようね」

「やった!野菜たっぷりでヨロシクね〜」

「おいおい、占いなんかで大事な昼メシの献立決めるなよ。…まぁ、カレーは俺も賛成だが」


彼女達のやり取りを聞いて、ロゼが腑に落ちないという表情で口を挟んだ。


「占い“なんか”じゃないわよ!!この人、占術師レディ=ミストレスって超有名なんだからねっ!!」

「ほぉ…レディ、ね」


雑誌の占いページには、奇抜な髪型と服装をした占い師の女性が写されていた。

しかしながら、どう見ても『レディ』と呼ぶには遅すぎるのではないか。

とどのつまり、70〜80代のお婆さんだったのだ。


「んじゃ、俺の運気も書いてあんだろ?」

「もっちろん!えーっとねぇ…」


占いなど微塵も信じないロゼに対抗し、ヒルダは彼の運気を読み上げた。


「全体運★★★☆☆。昼間は好調だが、夜は冴えない運気。夕方からは特に頭上に注意して外出は控えましょう。ラッキーアイテムは手編みのマフラー…?」

「ハッ!このあっつい日にマフラー着けろってか?
俺は御免だな」


占い結果を一蹴したロゼは、ソファーから立ち上がった。


「ロゼ、どこ行くの?」

「ちょっと煙草」


そう、とティナは納得してロゼを見送った。

バタンと扉が閉まった後、ヒルダは悔しそう顔をしかめる。


「何よあれ!ロマンとデリカシーの無い奴!!」

「ロゼにそういうの求めても無駄だと思うけど…」


ぶつぶつと怨みがましく呟くヒルダを、ティナが宥める。

そこでふと、彼女は思い付いたように言った。


「ねぇヒルダ。その雑誌、私の運勢も載ってる?」

「ん?勿論よ」

「何て書いてある?」


ティナは占いというものに、何の概念も抱いていない。

良い結果ならば信じたいし、悪い結果ならば所詮は占いと忘れられるだろう。

それよりも、今はこの険悪な雰囲気を流してしまいたいのだ。

ヒルダはパラパラとページを捲り、ティナに当て嵌まる項目を探す。

そして該当する項目を見付け、読み上げた。


「全体運★☆☆☆☆。今日は最悪の一日。絶対に外出はせず大人しくした方が良さそ、う……」


素直に結果を読んでから、ヒルダは段々と声を抑えていった。

当の本人であるティナは、そっかーなどと苦笑を浮かべている。


「ま、まぁ当たるとは限らないしね」

「そ…そうね」


何故診断された本人よりも、ヒルダの方が心配しているのだろう。

そんなやり取りをしていた時、遠くから忙しない足音が聞こえた。


「ティナーーーーー!!!!!!!!!!マフラー!!今すぐマフラー編んでくれーーーーー!!!!!!」


そんな声と共に物凄い音を立てて扉が開くと、何故か全身ずぶ濡れのロゼが入ってきた。


「え?何、ロゼ…マフラーって…?」

「外!!甲板に出た途端に鳥のフンが落ちてきて、その後いきなり豪雨が…っ」


言われて窓の外を見れば、何時の間にか激しい雨が打ち付けていた。

ロゼの占い結果によると『頭上に注意』と書かれている…。


「だから言ったのに…レディ=ミストレスの占いは怖いくらい当たるのよ」

「ティナ!!早くマフラー編んでくれっ!!!」


ティナは訳が分からなくなった。

天気は変わりやすいから予報通りにならない事なんか沢山ある。

何せ此処は空の上。
鳥のフンなど尚更、いつ落ちようが可笑しくない。

第一、マフラーなんて直ぐに編めるものじゃない。


でも、そうじゃなくて、

そうじゃなくて……!!



「ちょっと待って!!私の運勢ロゼより悪いんでしょう!?」

「そうよね…、ティナ今日は部屋から出ない方がいいんじゃない?」

「もう部屋から出ちゃってるわよ!!」


完全に占いを信じる訳ではないけれど、ロゼのこの変わり様は異常だ。

きっと、鳥のフンや雨の他にも頭上から何かをぶつけられたのではないか。

そんな彼よりも悪い運気ならば、雷でも落とされるのかもしれない。

ティナは嫌な冷や汗が止まらなかった。


「ティナさんヒルダさーん、夜食のスープ作ってみたッスよ!ぜひ味見して下さい!!」


そんな時、キッチンから顔を出したモークは、意気揚々と鍋を担いで持ってきたのだ。

それはもう、お約束の通り。


「あっ」


足を滑らせたモークは、前のめりになった。

手にしていた鍋の中には、グツグツと煮えた熱いスープ。

それが、ティナの目の前に飛んで来たのだ。


「き、きゃあああぁぁっ!!!!」

「ティナ…ッ!!」


その場にいた全員は、思わず目を瞑り、顔を背けた。

ティナも、襲ってくるであろう衝撃と熱さに覚悟した時だった。




――ガッシャァァアアアンッ!!!!!!



激しい音と共に、鍋が床に叩きつけられる。

けれどティナは、予測した痛みを感じない事を不思議に思い、恐る恐る顔を上げた。


「――…あ…っ」


ガラガラと鍋が余韻を奏でる中、ティナの目には漆黒の髪が映る。

それが誰なのか、理解するのに時間は掛からなかった。


「せ、セーマ…っ!?」


彼の髪からは、ポタポタと雫が零れる。

ほんのりと湯気が立ち込める彼の肌は、僅かに赤みを帯びていて。


瞬時に悟った。

セーマは、ティナを庇ってスープを浴びたのだ。


「あわわわっ!!す、すんませんっ!!!!」

「おいセーマ!!大丈夫か!!?」

「火傷してるわ!!すぐ冷やして!!!!」


皆が口々に言葉を交わす中で、ティナは一人愕然としていた。

そんな…!!!!


「セーマ…どうして…っ」


顔面蒼白のティナは、彼の肩に触れる。

――…熱い。

当たり前だ、煮え切ったスープを頭から被ったのだから。

けれど、当の本人は呻き声すら上げない。

重傷なのだろうか。

どうして。

どうしよう―――……!!!!





「…まぁまぁかな」


その場にそぐわない平然とした声に、全員は耳を疑った。


「俺はもう少し薄味の方が好みだけど。でも上達したんじゃない?」

「あ…ありがとう、ございます」

「でもこの具材の切り方はどうかと思うよ。もう少しバランス考えて…」

「せ、セーマ!!」


思わずティナは大声を出して、料理の批評を中断させてしまった。

当の本人は平然としたまま、自分の手に張り付いた野菜をパラパラと床に払い落としているのだから。


「の、呑気なこと言ってないで早く洗面所で冷やして!!熱くないの!?」

「さっき雨に降られて冷えてたから、丁度いいよ」

「良いから早くっ!!ヒルダ、塗り薬用意しておいて!!」

「え…あ、うん」


ティナは物凄い剣幕でセーマに詰め寄り、ぐいぐいと腕を引っ張って談話室を後にした。

残されたロゼ達は、皆呆然とその姿を見送っていた。


「セーマ…タフにも程があるわよ」

「でもあの一瞬でティナを庇うとは、流石『漆黒の狐』だよなぁ」

「俺のスープ…。今度は気を付けて運ぶッスよ」




―――――――――
――――――




「セーマ、染みない?」

「大丈夫」

「痛かったら言ってね」


セーマは頬から首元と、肩にまで軽い火傷を負っていた。

本人はスープを被ったのだから、時間も時間だしシャワーを浴びたいとごねたが、ティナはそれを許してくれなかった。

熱い湯に浸かれば、患部が炎症を起こすかもしれない。

けれど冷水など浴びたら、それこそ風邪を引いてしまう。

だからティナは湯と氷水、それぞれに浸した布で彼の体を拭いてあげる事にした。


「ごめん、ね…セーマ」

「は…何が?」

「私を庇って…こんな事になって」


セーマの肩を拭いていた手が、ピタリと止まった。

彼女が今、何を思っているのかは大方分かる。

だからこそ、セーマは彼女に気付かれないように溜め息をついた。


「俺は亜人だし、そんなにヤワじゃない。それにこの程度の火傷なら三日で治る」

「で、でも跡が残ったらどうするのよっ!!」

「それなら尚更、あんたに跡が残る方が俺は嫌だ」


その言葉で、ティナはハッとした。


「…驚いたんだからな。
談話室に入ったら、いきなり鍋がひっくり返って…」


グツグツと煮えた大量のスープ。
あんなものを普通の人間が浴びてしまえば、この程度の火傷では済まない。

ティナもセーマと同じく亜人だから回復は早い筈だけれど、一時でも彼女の白い肌が赤く腫れてしまうような事態は、絶対に阻止しなければならない。

セーマは直感と本能のみで動き、間一髪の所でティナの身代わりとなったのだ。


「ティナは大丈夫?どこも火傷してない?」

「…わ、私は…」


その時。

タイミング良く、洗面所にヒルダが顔を覗かせた。


「セーマ?これ塗り薬…」


そう言い掛けたヒルダは、二人の状況を把握して止まってしまった。


「あらら、お邪魔だった?気が利かなくてごめんなさいね〜」

「ち、違…」

「薬ここに置いとくから使ってね。あ、これもどーぞっ」


どこか茶化すように早口でまくし立て、ヒルダは嵐のように去っていった。

暫く唖然としていたティナを余所に、セーマだけは飄々とした様子で、ヒルダが薬と共に置いていったものを拾い上げる。


「何これ、雑誌?」

「あ…それ、よく当たる占いが載ってるの」


パラパラと適当にページを捲ると、確かに華々しい占いの特集が組まれていた。


「レディ…って歳じゃないね、この婆さん」


ロゼと同じ事を言っている。

苦笑しながら、ティナも雑誌を覗きこんだ。


「あ…」


自身の運勢を見つけて、思わずティナは声を漏らす。

そう言えば、最後まで占いの結果を聞いていなかった。


「ラッキーカラー…」

「は?」


全体運★☆☆☆☆。
今日は最悪の一日。行動は起こさず大人しくした方が良さそう。ラッキーカラーは黒。黒いものを傍に置けば厄から守ってくれるでしょう。


ティナはその文面に目を通してから、改めてセーマの顔を見上げた。


「な、何…?」


『漆黒の狐』
黒い髪、黒い服。

彼こそ、黒の象徴。



「…セーマ!!」

「へ?」


何事にも動じないセーマだが、ティナの突然の行動には目を丸くするしかなかった。

何がどうしてこうなったのか、彼女は何の前触れもなく自分に抱き付いてきた訳で。


「は、え…ティナ?」

「セーマが居てくれて…本当に良かった」

「えっと…話が見えないんだけど」

「ね…セーマ、お願い」


もうこれ以上は危険だと、セーマは察知した。

可愛い恋人に抱き付かれて、上目遣いで見つめられて、こんな風に誘われて。

理性が保つ男なんて、この世にいるのだろうか。


「今日は、ずっと一緒にいてね?」


ぷっつん、と何かが切れた音がした。

それを合図に、セーマの手がティナの腰に添えられる。

そのどこか厭らしい手つきに、ティナの笑顔は固まってしまった。


「…お望みとあらば」


彼の声色が変わる。

いつもより低く、何かを企んでいるように妖しい声。

ティナが気付いた時には、もう遅い。


「今夜だけと言わず、朝まで付き合うよ?」


そう言ったセーマは、いつも以上に美しく、妖艶に微笑んだ。

ぺろり、と舌を出された瞬間、ティナは漸く自分の言動の意味に気付き、背筋が凍り付く。


「っ…あ、あの、私、そういう意味で言ったんじゃなくて…!!」

「俺も丁度、今夜は火傷が痛くて寝れそうもなかったところだし。…たっぷり相手してもらおうかな」


さっきまで、痛くないって言ってたくせに。

どうせいつも夜更かしばかりしているくせに。


喉まで出た言葉は、あっさりと彼の唇に飲み込まれてしまった。


「セーマ…お風呂は?」

「毎日入ってる」

「そうじゃなくて…」


ああ、だけど。

幸運を運んでくれる貴方が望むなら。


「…もう、いいです」


結局、私は逆らえないのだろう。


もう占いなんて二度と見るものか、と。

ティナは甘い痺れの中で、足元に放り出された雑誌を睨み付けた。




翌日。

モークに編んでもらったマフラーを着けて眠るロゼの姿があったとか。





Fin.













‡後書きという名の言い訳‡


日常の一コマです。
時期としては、二年後にセーマと再会した直後くらいですかね。
朱音も無性にほのぼの(?)とした零れ話が書きたくなって、本編の流れを無視してしまったところもありますが(笑)
登場はしませんでしたが、一応テンペストの船にはダイスもアリアもカウルも乗っています。

今回は単純に二人のいちゃこら話が書きたかっただけですm(__)m
今後は他のキャラや、過去の話なんかも足していきたいですね。
まぁセーマとティナの話が多くなりそうな予感はしてます(笑)


ここまで読んで頂き、ありがとうございました。



2011.10.22

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あきゅろす。
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