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┣╋CENTURIA╋┫
運命に触れた少年
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――――――
―――










忘れもしない、あの日の夜。

俺の全てが変わった瞬間だっだ。



神を侮辱していたこの俺が、

初めて“運命”とやらを信じてしまった。












満月が眩しい夜。

昼は賑やかな港町も、深夜になると物音一つしない程に静かになる。




だが一ヶ所だけ、夜も賑やかな場所があった。

それは――…歓楽街。









「伊織ぃ!!」



赤々としたネオンが照らす、騒がしい通り。

甘ったるい声に呼ばれたかと思えば、突然見知らぬ女が腕に纏わり付いてきた。





「伊織がここに来るの久しぶりじゃない!
もしかしてあたしに会いに来てくれたの?」



独特の香水に神経を逆撫でされる。

伊織は一層、眉間に皺を寄せた。




「…離せよ」

「ねぇ伊織…?
この間みたいにまた可愛がってよ、ね?」



ぐい、と女は余計に身体を密着させた。

伊織が放った一言は、言わば“忠告”だったのに。


小さく舌打ちをし、掴まれていない方の腕が勢いよく手が振り上がる。

それと同時に、聞き慣れた声がした。




「伊織さぁーんっ!!こんな所にいたんすか!?
遊んでる場合じゃないでしょー!?」

「零…」

「早く!!剣さん待ってますから!!」



通りの向こうから、大声で手を振る零の姿が見えた。

その隙に伊織は女の手を乱暴に振り払い、その場から離れた。




「伊織ぃ〜!!また遊んでよ〜?」



去り際に、女の甘ったるい声が聞こえる。


二度と会わねェよ、と心の中で言った。
























「…伊織さん、今の人もしかして彼女っすか?」

「知らねェ。気にすんな」

「えっ!?でも向こうは…」

「いちいち女の名前なんか覚えてられっかよ」



人通りの多い通りから離れ、薄暗い路地裏へと足を進める。




「でも伊織さん…殴ろうとしてましたよね?」

「俺は優しくねェからな」

「はぁ…容赦ないっすねぇ」




後ろをチョロチョロと付いて来る零。

いつもながら、子犬のように伊織に忠実だった。


歳はまだ14の少年。

背丈も伊織の胸辺り程じかない小さな彼が、このような通りを平気な顔して歩いている。

少なからず、伊織は関心しなかった。




「零、もう帰れ」

「えっ…でも」

「親父さん、心配するだろ」



そう言うと、途端に零は大人しくなる。

伊織の言葉は、零の“地雷”を踏んだ。




「…剣さん、メチャ機嫌悪かったんで気を付けて下さい」

「いつもの事だろ」



伊織は振り返らない。

納得の出来ない表情を浮かべながらも、憧れである彼の大きな背中に一礼した零は、大人しく来た道を引き戻した。














「…いい加減に出て来たらどうだ」



伊織の言葉は静かな路地裏に響き渡った。

それを合図に、物陰の潜んでいた柄の悪そうな少年達が次々と姿を現す。

嫌な予感が的中し、伊織は表情を歪めた。




「わざわざご丁寧に見張りまで付けやがって。
リーダーはそんなにご立腹か」

「…悪いんですけど、剣さん急用が出来たんです。
俺らが代わりに相手をするように言われたんで」



少年達は皆、ナイフや金属バットなどの武器をチラつかせ、笑みを浮かべていた。

あっという間に囲まれてしまい、伊織は機嫌が悪そうに眉間に皺を寄せる。




「んだよ、俺が何したっつーんだよ」

「先週、隣街のチームとの一戦交えたんすよ。
伊織さんにも伝令したのに、応援に来ませんでしたよね?」



記憶を懸命に辿れば、覚えのある事だった。

だが伊織は、自分と関係のない無駄な喧嘩はしない主義だ。

例え自分の所属するチームの抗争だろうと、滅多に行動しない。


彼からしてみれば些細だったその出来事に、チームのリーダーである剣は腹を立てたのだと言う。






「めんどくせェな…」

「いくら俺らでも『奏芽伊織』さんに本気で勝てると思ってないっすから。
ブッ殺すつもりでいきますよ」



そう言って、いやらしく笑う少年達。

人をいたぶる事に快感を覚え始めた、心までドス黒く汚れているであろう言動。



伊織は舌打ちをした。

彼らがこちらに向かってくる度に、腰に取り付けられたチェーンが騒々しく音を響かせる。


それはチームの一員の証である鎖。

当然、伊織や零の腰にも常備されている物。








昔は、この鎖がとても誇らしく思えたのに、



今は、酷く不快に感じた。

























―――――――――
――――――











月の眩しい夜。

伊織は朦朧とする意識の中で、夜の街を彷徨い歩いていた。


いくら喧嘩に強い伊織でも、丸腰では多勢に無勢。

息も荒く、出血も酷い。



命からがら、なんとか歓楽街から逃げてきた。

だが少年達は、まだ伊織を血眼になって探しているだろう。


何処かに身を隠さなければ――




「…くっ…」




ナイフで斬られ、出血した腹部を押さえながら、伊織は重たい身体を引き摺るように歩き回った。


やがて、前方に大きな建物が見えてきた。








「はっ…マジかよ…」



自嘲しながら見上げるその先には、この街に唯一の教会。

伊織の嫌いな『神』を崇め奉る場所。



だがこれ以上は歩けないと判断し、伊織は渋々教会の重たい扉を押した。





――…ギィィィ…――



幸い鍵は掛かっていなかった。

無用心だと思いつつ、ゆっくりと中へ足を進める。






――暗い。

室内を照らす明かりは、窓の外から差し込む月光だけだった。



力を振り絞って、何とか礼拝堂まで辿り着く。

祭壇の前まで来ると体力の限界を感じ、仰向けでその場に倒れ込んでしまった。





「っ…」



身体中が軋む。

ナイフで刺された傷が滲み、血が床に染みを作る。


流石の伊織も“死”を実感した。





朦朧とする意識の中で、微かに周囲を見渡す。


すると月光に照らされた美しい女神像が、不気味な笑みをこちらを向けている事に気付いた。




「ざまぁねェな…」









――ああ、そうか。


こうして俺は、大嫌いな神に看取られて死んでいくのか。




別に後悔なんか、してない。

こんなくだらねェ人生、こっちから願い下げだ。



楽しくもなんともなかった17年間。



腹が減ったら飯食って、

疲れたから寝て、

ただ、何となく過ごして。




生きていく意味さえ、分からないまま。









なぁ、“神”


もし生まれ変わる事ができたら…




俺にも生きる意味ってやつ、くれよ――
































「まだ、痛みますか?」



鈴の鳴るような声が聞こえた。


身体が温かいものに包まれて、

柔らかくて、優しくて――…






「ねぇ、目を覚まして」



そう言われて、伊織はゆっくりと瞼を上げた。





暗かった筈の礼拝堂には、いつの間にか朝日が昇っている。



そして伊織は気付いた。

死ぬ程辛かった身体の痛みが消えていたのだ。




「…なんで…」

「他に痛い所、ある?」



幻聴かと思っていた、澄んだ声。


目線を上げた途端、伊織は息を呑んだ。







「――…」



朝日に照らされた黄金色の髪。

空と海を足したような、煌めく蒼の瞳。



目の前には、息が止まる程に美しい女性がいた。


彼女は伊織の頭を自らの膝に乗せ、肩から包み込むように抱いていた。


――その優しい包容は、まるで。





「…天使?」

「うーん、頭はまだ正常じゃないみたいね」



そう言うと女性は、膝の上に横たえた伊織の頭を小突き始めた。




「いてェなっ!!」

「もう怪我はない筈よ。
さ、起きて起きて」



そう言うと女性は伊織の頭を無理矢理押し退け、その場を離れた。




「何なんだよ…」



何とか上半身を起こし、伊織は自らの腹部を手探りで確認する。


そして驚愕した。

昨夜、少年達に斬り付けられた筈の傷が、跡形もなく消えていたのだ。

そんな彼を余所に、女性は明るい声で話し出す。



「驚いたわ。朝礼前にお祈りしようとしたら、人が血だらけで倒れてたんだもの」

「…あんたが治療したのか?」

「ええ。何所も彼処も傷だらけで、いつもより時間掛かったのよ」



そう言って見知らぬ女性はバケツの中で雑巾を絞り、床に付着した伊織の血痕を拭い始めた。

そんな彼女を、伊織は奇怪の眼差しで見つめる。




――聞いた事がある。


この小さな港町に舞い降りたという“奇跡”

神に愛された選ばれし聖女。



『祝福』と呼ばれる不思議な力で、人々を不幸から救う。


彼女の名は――…







「…『祝福の乙女』?」

「あら、私の事知ってるの?光栄だわ」



掃除を続けながら、『乙女』は笑顔を見せる。

すると伊織はすぐに立ち上がり、物凄い剣幕で彼女を睨み下ろした。




「…ざけんな」

「え?」

「何で助けたんだ!?
余計な事すんじゃねェ!!」




“神”なんて信じない。

絶対の存在なんか、この世に存在しない。





「あのまま死なせといてくれりゃ良かったのに!!
神の情けで救われるくらいなら、いっそ神の前で死んだ方がマシだッ!!!」





もしこの世に本当に“神”がいるのなら、何故不幸が生まれる?

俺のような人間が、何故生きている?








せめて死にたいと思った時くらい、



楽にさせてくれれば良かったのに――…








「…何がそんなに哀しいの?」

「え…」



力一杯怒鳴ったせいで、伊織は呼吸を乱していた。

そんな彼を、『乙女』は表情を歪める。




――…哀しい?



「キミ、今とても辛そうな顔してる」

「ッ…んな訳ねェ!!」



慌てて両腕で顔を隠す。


何故だろうか。

彼女に心の中を見られたような気がした。




「…泣きそうだよ…」

「黙れッ!!」



理由の分からぬ焦りを感じ、思わず伊織は一歩ずつ後退する。

だが逆に『乙女』はしっかりとした足取りで彼に歩み寄った。




二人の距離が近付き、彼女の細い指が伊織の胸元に触れた。






「ごめんね」



――…何で、謝る?



「身体の傷は治してあげられるけど、心の傷は癒してあげられないの」



――…お前には、関係ねェだろ。




伊織の胸元――心臓の上に両手を重ねると、『乙女』は縋るように身を寄せて、瞳を閉じた。





治りますように。

癒せますように。

この少年の心の傷が、塞がりますように。



そう呟いて、清き礼拝堂の前で『乙女』は神に祈った。











――その瞬間、

俺は今まで生きてきた中で、感じた事のない不思議な気持ちを覚えた。



言うなれば雷に撃たれたような、衝撃。

何かに取り憑かれたような、感覚。





会ったばかりのこの女に『運命』のようなものを感じた。











「…伊織」

「え?」



『乙女』は不思議そうに目の前の少年を見上げる。


すると次の瞬間、『乙女』は伊織の腕の中に閉じ込められていた。




「奏芽伊織。俺の名前だ」

「伊織…くん?」



耳元で、低い声を響かせる。

これは伊織が女性を口説く時にする仕草。




「なぁ『乙女』。あんたの名前は?」




そう言いながら『乙女』の頬に触れ、顔を近づけようとした、



――…その時。











「くらえ変質者ッ!!!!神の鉄槌!!!!!!」


バコーーーーン!!!!


「いってぇぇぇえええッ!!!」



痛々しい音と共に、伊織の後頭部に激痛が走った。


背後には、凶器と思われるモップを握り締め、こちらを睨み付ける一人の幼いシスターがいた。

そんな険悪な雰囲気の中でも『乙女』は温和な声を上げる。




「あら雪菜、早かったわね」

「『あら』なんて呑気にしてる場合じゃありませんよぅ!!
あと数秒遅かったら『乙女』の貞操のピンチだったんですからねっ!?」



雪菜と呼ばれたシスターは、急いで伊織から女性を引き離し、自分の背中へと匿う。

伊織は叩かれた頭を労わりながら、機嫌が悪そうに邪魔者を睨み付けた。




「…何だ、このガキ」

「がきんちょはアンタでしょーが!!
やっぱりこんな見るからに怪しい不良少年、放っておくべきだったんですよぅ!!
絶ッ対暴力団関係者じゃないですかぁ!!」

「だぁーッ!!いちいちうっせェ女だな!!」



甲高い声でぎゃあぎゃあと喚く雪菜に、伊織は苛々しながら地団駄を踏む。

今にも喧嘩しそうな二人の間に入り込み、『乙女』は仲裁した。



「まぁまぁ落ち着いて。
それに…伊織、くん?
雪菜はこう見えて24歳…私よりも年上よ?」

「げ、若作りババアか」

「はァ!?もいっぺん言ってみろ!!」



その可愛らしい外見とは裏腹にドスのきいた声になりつつある雪菜を、『乙女』は「まぁまぁ」と宥めた。


そこで伊織は、ある事が気になった。




「…ってか、あんた幾つ?」

「私?19よ」



ニッコリと眩しいくらいに微笑む『祝福の乙女』。


――…年上か。

そう言えば前に相手した女も確か…――



自らの恋愛遍歴を遡りながらブツブツと独り言を唱えだした伊織。

そんな彼を余所に、『乙女』は雪菜から受け取ったモップで血痕を綺麗に拭っていた。




「さ、掃除は終わり。
朝礼の準備しなくちゃ」

「へ?」



伊織が我に返った時、既に『乙女』は掃除用具を片付け、礼拝堂の奥へ姿を消そうとしていた。

慌てて引き止めようとするが、雪菜が彼の服を掴み、無理やり外へ出そうど引っ張り出す。



「おい待てよ!まだ話が…」

「ダーメ!もうすぐお客さん入ってきちゃうから!!」




遠くなる、『乙女』の背中。


伊織は思わず声を張り上げた。






「まだ…名前聞いてねェだろッ!!!!」




その叫びが耳に届いたのか、

『乙女』はゆっくりと振り返った。





「…名前…?」




振り返った彼女の表情は、とても複雑だった。

まるで、何かを躊躇うような眼差し。




「教えろよ…っ」



その言葉が、最後の一押しだった。









「私…ッ私の名前は――…」





















 ――どうですか?




 その本は、
 お気に召されましたか?







 『乙女』と少年は

 その後どのような
 展開になるのか。






 続きが、
 気になりますか?









 ですが、焦らずに。



 まだお帰りには
 早い時間でしょう。









 ――さぁ、

 時間は沢山あります。






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