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┣╋CENTURIA╋┫
呪われた奇跡
――――――――――
――――――







明くる日の朝。

いつものように教会の鐘が鳴り響き、朝礼が始まる。


溢れんばかりの参拝客。
司祭の長ったらしい話。


だが憂は一つだけ、大きな違和感を覚えていた。




(い…伊織くん?)



最前列の長椅子を独占し、お決まりのダルそうなポーズで座り込む伊織。

だが彼はこの上なく鋭い目付きで憂を凝視していた。

まるで見張られているようなその刺々しい視線に、流石の憂も困惑する。



(…機嫌悪いのかしら。
でも伊織くんの前で力を使ったわけじゃないし…)



憂の持つ特殊な力――“祝福”。
それは、あらゆる人の病気や怪我を癒す奇跡の力。

この力を授かったお陰で、憂は『祝福の乙女』の称号を持ち、あらゆる幸福をもたらしている。

この町の人々は皆、この力を神聖なものとして大切にしていた。






けれど唯一、伊織だけは“祝福”を毛嫌いしていた。

以前、憂が力を使う光景を目の当たりにした時は、それはもう物凄い剣幕で怒られた記憶がある。





『二度とあんな力使うな。いい事なんかねェぞ』



そんなに嫌ならば、ここに来なければいいのに。

“祝福”の持ち主である自分になど、会いに来なければいいのに。




――そう思っても、憂は絶対に口にしなかったが。






(どうして伊織くんは、いつも来るんだろう。
神を信じているようには見えないし…)


「では『祝福の乙女』様。皆様にご挨拶を――…」




突然司祭に呼ばれ、考え事をしていた頭が現実へ引き戻された。


朝礼に集中しなければ、と憂は一歩前に出る。




「お早うございます。
皆様、朝早くからお集まり頂き有難うございます。
きっと神も、この瞬間をお喜びになられるでしょう」




それは、いつものお決まりの言葉。




「神はいつでも私達を見ています。
人生において喜ばしいことも、辛く悲しいことも…
全ては神のお導きです。
どうか、その事をお忘れなきように」




だがこんな在り来たりな言葉でも、彼女の口から出たものならば、不思議と人々の心に染み渡っていく。


好奇の視線が彼女に集まる。

参拝客は皆、胸の前で手を組んで『乙女』の存在を慈しんでいる。

憂は神と繋がっていると信じて、ただ一心に崇める。

















――サァ、祝福ノ乙女。





ドウカ モット


モット モット モット








沢山ノ祝福ヲ


沢山ノ奇跡ヲ








私ニ与エヨ――…













「―――…」





その時。

理由の分からない眩暈が憂を襲った。

視界が霞み、身体に力が入らなくなる。


ぐらり、と小さな身体が波打った。










「憂ッ!!!!」



その異変にいち早く気付いたのは、最前列で彼女を見つめていた伊織だった。

憂の身体が床に倒れ込む前に、その逞しい両腕でしっかりと受け止める。





礼拝堂の中に、動揺が走った。




「お…『乙女』っ!!如何されましたか!!?」

「っ…はぁ…はぁ…っ」



慌てた様子で老司祭が呼び掛けても、憂は答えない。

苦しそうに呼吸を荒くし、自らの胸元を強く抑えていた。

そんな彼女の様子にオロオロとうろたえている老司祭に、伊織は大声で怒鳴る。




「落ち着けじーさんっ!!早く医者呼べ!!」

「き、教会奥の医務室に主治医の先生がいますっ」

「奥だな!!」



動揺する参拝客を必死に鎮める司祭の声を背に、伊織は憂を抱き上げ、急いで奥の扉へと走った。


























「はぁっ、はぁっ…」



苦しそうに胸元を押さえる憂。

額には汗が滲み、いつもは綺麗に纏められている金髪も乱れていた。



そんな彼女を抱えながら、伊織は教会の広い廊下を走り抜ける。

途中、何事かとシスター達の視線を集めるが、気にも止めずに医務室を探し続ける。


そしてようやく、廊下の奥に目当ての部屋を見付けた。

伊織は迷わずその扉を蹴りやぶる。





――バァンッ!!


「医者いるか!?」


室内で寛いでいた棗と雪菜は、ティーカップを持つ手を止めた。

突然の荒々しい入室者に呆然としていたが、彼が腕に抱く人物を見るなり血相を変える。


「う、憂様ぁ!!!!
ちょっとガキンチョ!!
あんた憂様に何したのよ!!?」

「何もしてねェ!!朝礼中に突然倒れたんだよ!!」


いがみ合う伊織と雪菜を余所に、棗は冷静な態度で苦しみ続けている憂を見つめた。

そして無防備な伊織の腕から、彼女を奪い取る。




「診察する。二人共出ていきなさい」

「い、居てもいーだろっ!!」

「ダメに決まってんでしょ!!出るわよホラッ!!」

「ちょっと待――…っ」



雪菜に引きずられて部屋を出ようとした瞬間。

伊織は見逃さなかった。


診察台に横たえた彼女の服に、棗が手を掛けている姿を――…





その瞬間、昨日の零の言葉を思い出した。




『憂が“男”と如何わしい行為をしている』



…まさか、この“男”が?


この“男”が憂に触れているのか?



俺以外の誰かが、
憂を――…



「…さわんな……」

「な、何よ」


伊織の小さな呟きを、雪菜は聞き逃さなかった。


だが、時既に遅し。




「っ、ガキンチョ!!待ちなさいっ!!」


自分の腕を引きずる雪菜を押し退け、伊織は再び医務室へ駆け込む。

診察台の上では、彼女の胸元を惜しげもなく広げている“男”の姿があった。

伊織の中の醜い嫉妬の炎が、一気に燃え盛る。



「憂にさわんなッ!!!」

「なっ…」


――バキッ!!!!


雪菜の制止も聞かず、棗の頬を思いっきり殴った。

頭に血が上った伊織は、倒れ込む棗の胸倉を掴む。



「気安く触ってんじゃねェよ!!憂は俺のモンだ!!」

「――…早く、退け!!」


だが意外にも棗は、鬼神のような伊織の殺気に怯む事はなかった。

そして普段、雪菜でさえ耳にした事のないくらい、大声で怒鳴り散らした。


「本当に馬鹿か君はっ!!
処置しなければ憂様は死ぬんだぞ!!?」

「え…?」


その言葉の意味が、伊織には分からなかった。



死ぬ?

誰が?

――…憂が、死ぬって?




頭が真っ白になりかけた、

その時。







「……おり、く……」


弱々しい声に反応し、伊織は恐る恐る顔をそちらに向けた。


「…伊織く……やめて…」
「う…れい」


診察台の上で横たわる憂。

彼女の開けた胸元が視界に入り、思わず目を疑った。


彼女の白い肌に不釣り合いな、――…黒い痣が心臓の辺りに広がっていたからだ。



「な…んだよ、それ…」


震えた声で、問い掛ける。



「なぁ…その痣なんだよ!!病気なのか!?」

「薬や手術で完治できるなら、病気の方がまだマシさ」


冷静な声で答えたのは棗だった。

殴られた際に口元に滲んだ血を拭いながら、棗は伊織に話し出した。


「この痣は、これまで憂様が他人から吸い取った“不幸”の代償だ。
憂様が“祝福”の力を使う度に発祥する、特殊な疾患病。
…痣が全身に広まれば、命を落とす可能性が高い」

「嘘…だろ?」

「聖水を身体に浴びる事で、なんとか悪化を防いでいる。
だけど…たまにこうして倒れる事もあるんだ」


棗は薬品棚から小瓶を取り出し、中身の数滴を憂の患部に落とした。

すると徐々に痣の色が薄くなっていく。

それと同時に彼女の呼吸も安定し、疲れた様子で眠っていた。



「きっと働き詰めだったせいもあるよ」

「女の子はすぐ体に出ちゃうからねぇ」


今度は棗に代わり、雪菜が憂の服を正し始めた。


「いきなり殴るがきんちょも悪いけど、棗も棗だよぅ!!
安易に『乙女』の服を脱がすなんて不謹慎すぎ〜〜」

「だって躊躇ってる暇なんてなかったし、いつもは憂様が自分で脱いでるからね?」




つまりあの噂は、誰かの早とちりだったという事だ。

けれど伊織は、それ以上に衝撃的な事実を知ってしまった。




「さて、憂様を部屋まで運んでくれないかな?
…奏芽伊織くん」

「っ…んで、俺の名前…」

「頼むよ?僕あんまり体力ないからさ」



そう言って棗はニッコリと笑っていた。

まるで蚊帳の外にいるような苛立ちが込み上げてきたが、伊織は一生懸命その気持ちを振り払った。




「憂…」



もどかしい思いを胸に、伊織は拳を固く握り締めた。














 『祝福の乙女』



 彼女が神から授かった

 “奇跡の力”





 それは、

 他人を幸福にする
 代償として





 汚れなき乙女の体に
 不幸を刻むという


 呪いにも似た
 奇跡だった――…






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あきゅろす。
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