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┣╋CENTURIA╋┫
ただ硝子の花を手折るように




何も信じられなかった。

自分には何もないと思っていた。

支えを失った心は凍て付き、拠り所のない体はふらふらと彷徨う。


必然だった。
その出会いは。


『お前、すげェ目をしてんのな』


居場所を無くした似た者同士が寄り集まるのは、当然の事で。

其処が心底落ち着く場所になるのも、当たり前の結果だった。



『お前が居てくれて良かったぜ、伊織。お前なら俺は信じられる』


ーー簡単に手放すのか?俺は。

受け入れてくれた、仲間を。
一緒に馬鹿やって笑った、あいつを。





「…おい、来たぞ」


薄ら寒い夜風に当たっていた一人の少年は、岩陰の傍らに人影を見た。

徐々に近付くその陰は、明らかにこちらへ近付いてくる。

誰か、なんて分かりきっていた。

疎らに散らばっていた少年達は一斉に列を成し、その数メートル先まで来たその人に向けて、頭を垂れる。



「「「伊織さん、お疲れッス!!」」」


それは、常日頃から行っていた挨拶。

けれどこんなにも真摯に接するのは初めての事で、一度、奏芽伊織は足を止めた。

それでも今の状況は、伊織にとって怒りを増長させる要因にしかならない。

獣のように獰猛な眼差しで、その場に並ぶ少年達を見据える。


「お前ら…自分達が何をしているか分かってんのか?」

「剣さん、奥で伊織さんを待ってます」

「分かってんのか?人攫いなんて汚ェやり方しやがって…、チームの名に傷を付けてンだぞ!!」


伊織の叱咤が夜の岩場に響く。

街のざわめきが微かに遠くで聞こえたようなきがした。
冷たい夜風がは肌を吹き付けるが、それでも誰一人動じたりはしない。


「分かってます。剣さんも、それを分かっていてやったんです」


少年達は冷静だった。
いつもとは違うチームの空気を感じ、伊織は微かに息を飲む。

けれど、伊織はやはりチームの要だった男だ。
少年達の気丈さに向けて、更なる言葉を放つ。


「もうすぐ警察がここに来る。街の重要人物を誘拐、監禁…。お前らだってタダじゃ済まねぇぜ」


伊織は足早に洞穴へと進んでいく。
少年達は、何も言わなかった。
全て覚悟の上で、リーダーの最後の命令を全うするのだ。


奏芽伊織をただ出迎える事。

前へと進む大きな背中に向けて、少年達は頭を下げるのだった。






街から数キロ離れた、西の廃坑道。

昔はこの辺りでも鉱石を採掘していたが、貿易が盛んになった今となっては廃れた洞窟の一つだった。

世間から捨て去られ、人目につきにくいこの場所は、少年達にとって絶好の隠れ家でもあったのだ。



洞穴の中は、薄暗い。

岩の窪みに点々と置かれた松明の灯りだけが頼りだ。
ドーム型に広がる洞穴は、奥行きこそ広くはないが天井が高く、外に比べると温かい。


伊織は知っていた。
この空間の薄暗さも、広さも、温度も。
ここは、初めて珠桜剣と出会った場所。

そしてチームと…仲間と出会ったのだ。



やがて、伊織は足を止めた。

洞穴の1番奥、岩に腰を下ろす人物を目に止めたのだ。

そういえば、あそこはアイツの定位置でもあった。



「来たな、伊織…」


薄ら笑うその表情は、数日前に見た時より少しやつれたか。

けれど伊織の頭には、そんな事を考える余裕は微塵もない。


「憂は何処だ」

「そういや今日は、めでてぇ収穫祭だったな。
くくくっ…、お前は毎年この日だけはチームの揉め事に一切顔出さなかったよな」


ゆらめく松明の灯りの中、剣はいおりを真っ直ぐに見据えていた。

遠い過去を懐かしむように、口元に笑みを浮かべながら。


「覚えてっか?俺が喧嘩でヘマした時、お前が仲間連れて此処まで逃げ切ってくれたよな。
あん時のお前の判断力と行動力、やっぱ凄ェわって今でも思うぜ」

「憂は何処にいる!?答えろ…剣ッ!!」


けれど、そんな剣の態度も伊織には響いてはいない。
彼の頭は、ただ一人の事で一杯なのだから。


その事実もまた、剣の口元に笑みを刻む要因にしかならない。







「どこがいいんだ、“コレ”の」


伊織は、そこで気付いた。


「声も出さねェで、咳き込んで。タチの悪ぃ病気としか思えねェ」


座っている剣の足元の、岩陰から微かに見える。


「おまけに全身黒い痣だらけ。『祝福の乙女』なんて名前で、どんなイイ女かと思えば」



破かれた修道着を頼りなく纏って横たわる、


長い、金髪ーーーー。







「うれい」


一言名を呼んで、伊織は一気に駆け出した。

目の前で薄ら笑う男を。

かつて仲間だと信じた男を。



殺さなければと、本気で思ってしまった。




















「やめ、て、いおり、くん…」



どれだけ、
そうしていただろうか。



気付けば、伊織の拳は真っ赤な血に染まっていた。

今や剣の顔に、あの薄ら笑いは見当たらない。
殴られて変形した頭、鼻、口から血を流していながらも、短い呼吸を繰り返していた。

指と、腕と、肋骨も折れているだろうか。

ここまで殺意を持って人を殴ったのは初めてで、伊織の手は恐怖に震えていた。

当の伊織は、自らの拳を殴打しただけで、外傷は一つもない。

剣は、反撃すらしなかったのだ。




我を忘れるほど怒り狂った頭を溶かしたのは、

ずっと焦がれていた優しい声。




「うれい」


ゆっくりと伊織は立ち上がり、静かに岩陰へと歩み寄った。

足が、震える。
その震えが全身へ回らぬよう、伊織は懸命に自我を保った。

岩陰の隙間に横たわった白い身体は、その場から動かぬまま、僅かに浅い呼吸を繰り返していた。



「憂…」


自分の上着を被せ、その細い身体をゆっくりと抱き起こした。

春の陽だまりのような笑顔は、もうここには無い。
まるで粉々に手折られた硝子のように、虚ろで。

けれど、間違いなく彼女は伊織にとって唯一つの花だった。


「俺の、せい、で…」


顔についた汚れを、掌で優しく拭ってやる。

泥と、血と、汗と、涙が入り混じったそれを、
震えた手で、頼りなく拭う。







「っ…、ごめ……」


声と共に、大粒の涙が、
伊織の頬を伝った。







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あきゅろす。
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