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┣╋CENTURIA╋┫
栞に寄せた想い
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――――――
―――






――ゴーン、ゴーン…



時刻は朝の8時。

今日も定刻通りに教会の鐘が鳴り響く。

小さな港街にお似合いの、それはそれは小さな教会。

そこにはいつものように沢山の参拝客が押し寄せていた。




「皆様、お早うございます。今日も一日の始まりがやって来ました。
全ての始まりである朝に感謝し、実りある一日を迎えられますように…」



皺が深く刻まれた年老いた老司祭が、柔らかい口調で話した。

朝早くにも関わらず、小さな教会には大勢の参拝客が訪れ、長椅子に身を寄せて窮屈そうに座っている。

だが人々の表情は期待に満ち溢れ、目当ての人物を今か今かと待ち望んでいた。




「では、私の話はここまでにしましょう。
『祝福の乙女』様が皆にお言葉を授けて下さいます」



言い終わると、礼拝堂の奥から一人の女性が姿を現した。

透き通るような金色の髪に、深い蒼の瞳。
白い肌とは対照的な黒い衣服を身に纏い、ゆっくりと参拝客の前に立つ。

誰が見ても、美しいと感じる女性だった。




「お早うございます。
皆様、朝早くからお集まり頂き有難うございます。
きっと神も、この瞬間をお喜びになられるでしょう」



そう言って女性は美しい笑顔を見せる。

整い過ぎたその姿は実に神々しく、人々は溜息をつき、見惚れていた。


するとその時、参拝客の中から一人の小さな少女が怖ず怖ずと歩み出た。



「しゅくふくのおとめさま……おねがいします。
このこをなおしてあげて」



そう言って差し出された少女の小さな掌の上には、一羽の小鳥がいた。

どうやら羽根を怪我しているらしく、飛びたくても飛べない状況に怯えているようだった。




「まぁ…可哀相に」



女性は両手で大事そうに小鳥を抱え、瞳を閉じた。









「幸多き貴方の生涯に、祝福を――…」



そう呟くと、小鳥の体が金色の光に包まれる。

その光景に、人々は目を見張った。






「わぁっ!!」



少女の歓声と共に、怪我をしていた小鳥の羽根は見る見るうちに治っていく。

傷が全て消えた途端、小鳥は元気よく天へ羽ばたいていった。




「ありがとうっ!おとめさま!!」

「いいえ。彼を救ったのは、神の祝福です。
祈りさえすれば、神は全ての不幸を救って下さいます」




奇跡の力と呼ばれる祝福を目の当たりにした参拝客は、拍手と歓声を女性に贈った。

それに応えるように、女性は嬉しそうに微笑む。





だが周囲が祝福に包まれた、そんな中。

唯一、面白くなさそうにその光景を見つめている人物がいた。

参拝客らがわざわざスペースを詰めて座り、立ち見客さえいるこの窮屈な教会。

その中で、礼拝堂の最前列の長椅子を一人でキープする少年だ。

そこは充分にスペースが余っているのだが、少年の柄の悪い雰囲気に圧倒され、誰も近寄れずにいる。

更に、決してこの場にそぐわない少年は、今日だけではなく毎朝の礼拝に参加していた。

従って、最前列の長椅子は彼専用だと参拝客の間で暗黙の了解となっている。






歓声の止まぬ中、少年は行儀悪く片足だけ胡座をかいて椅子に座り、折り曲げた自らの足に肩肘を乗せて頬杖をついている。

そしてただ、じっと。

切れ長の鋭い瞳で、奇跡を起こした女性を見つめていた。


その視線に気付き、女性は少年により一層優しく微笑み掛ける。




「それではこれにて、朝の礼拝を終了します。
続いて参拝なさる方はこちらに――」



司祭の解散を促す言葉と同時に、女性は奥の扉へと姿を消す。

それを見計らって、少年も重い腰を上げて教会から出ていった。









――――――






教会の奥へ戻った女性は、とある一室に入る。

そこは彼女専用の図書室だった。

大きな本棚には夥しい数の本が収納されており、その種類は歴史、文学、小説、絵本と様々。

壁には十字架が一つ飾られており、唯一教会だということを思い出させる。


女性は机の上に積まれた数ある本の中から一冊の分厚い本を選び、開こうとした。





――コンッ


だが一回だけのノック音に反応し、女性は手を止めた。

そして小さな声で応える。




「…どうぞ、開いています」


――ガチャッ

扉を開ける音がしても、女性はそちらに視線を向けなかった。

入室者の正体を、彼女は知っていたからだ。

朝の礼拝を終えてすぐここに来る人物など、一人しか思い当たらない。


つかつかと、足音が迫ってくる。

女性は気にせず分厚い本を開き、栞の挟まっていたページをめくる。

その間に足音の主は、女性のすぐ背後に来ていた。






――バッ!!


突然後ろから伸びてきた手に、持っていた本を奪われる。




「こっち向け――…憂(ウレイ)」


低く機嫌の悪そうな声で名前を呼ばれ、女性は仕方なく溜息をつきながら振り返る。



「お早う、伊織(イオリ)くん」


女性・憂の背後に立っていたのは、先程礼拝堂の最前列に座っていた少年・伊織だった。

だが彼は挨拶を返す様子もなく、機嫌が悪そうに彼女を見つめる。

その理由を、憂はすぐに察した。



「…また、怒ってるの?」

「当たり前だ。俺があの力嫌いなの知ってんだろ」

「仕方ないでしょう、私は『祝福の乙女』なんだから」

「…んなの知るか」



伊織は眉間に皺を寄せて、顔を逸らす。

拗ねたようなその仕種に、憂は小さく笑った。

思わず成長期である彼の背の高さに合わせ、踵を上げる。

そして子供を宥めるように、彼の茶髪の頭を撫でた。




「よしよし、良い子だからあんな事で拗ねないの」

「…ガキ扱いすんな」

「だって、私の方が二歳もお姉さんだものね」



悪戯っ子のように笑う憂に、伊織はどこと無く苛立ちを覚えた。

そして何を思いついたのか、目の前の彼女を素早く抱き寄せる。

細い腰に力強く腕を回し、互いの身体を密着させた。






「…なら、俺もオトナだって証明してやろうか?」



耳元で囁きながらニヤリと笑う伊織は、17歳の少年とは思えぬほど妖艶だった。

そして油断している憂の頬に手添え、その端正な顔を近付けようとする。



唇が触れる、その瞬間。



「そこまで」

「ぶっ!!」



彼女の軽快な声と共に、伊織は短い悲鳴を上げた。

いつの間に取り返したのか、先程の分厚い本が二人の間に遮られ、触れる筈だった唇の代わりに堅い革の表紙がぶつかる。



「痛ってェ…」

「『乙女』に手を出そうとした鉄槌よ。
因みにその本ね…」



そう言い掛けて、床に座り込む彼の前に憂は本と栞を優しく置いた。



「伊織くんのせいで続きのページが分からなくなっちゃったから、責任持って栞を挟んでおいてね。
第七章の所よ」

「はぁ!?」


うずくまって痛みに耐える伊織を余所に、憂は楽しそうに部屋の扉を開けた。


「用事を終えたらまた来るから、それまでにお願いします」



そう言い残し、彼女は図書室を出ていった。
















「いってェな……畜生」



誰もいなくなった部屋で、顔を押さえながら伊織は呟いた。


そして傍らに置かれた栞に視線を向ける。




四つ葉のクローバーが押し花として描かれている、

彼女の栞。





「…『乙女』とか、そんなの興味ねェよ」




伊織は愛しそうに栞を手に取り、




そっと、口付けた。







「…憂――…」





















 神に愛されし聖女

 『祝福の乙女』






 けれど少年・伊織は

 憂という名の女性に
 想いを寄せていました












 『乙女』に恋をする



 それがどんなに

 愚かしい事かも
 知らずに―――……











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