[携帯モード] [URL送信]

┣╋CENTURIA╋┫
滅び行く心
―――――――――
――――――





「――…ぃ…様……、憂様っ」



これで、何度目だろう。

彼女に名前を呼ばれて、我に返ったのは。


「だ、大丈夫ですかぁ…!?」

「ええ…、平気よ…」

「っ、全然平気そうじゃないですよぅ!お顔が真っ青じゃないですかぁ!!」


雪菜が懸命に呼び掛けるが、憂の意識はぼんやりとしたままだった。


それもそうだ。

この収穫祭というイベントでは、憂も教会の外で仕事をしなければならない。

豊作の祈願や、それに纏わる説話。
それに何より…『祝福の乙女』に救いを求める者達への対処。

不治の病や怪我を負った人々が挙って教会に押し寄せた為、祝福の力を酷使したのだ。


結果、日暮れ時ともなれば、憂の体力は限界だった。

少しでも休ませる為に、雪菜は半ば無理矢理にでも憂を教会の中へ押し込んだ。

けれど、彼女は平気だと言い張る。


「憂様ぁ…今日はもう引き上げましょう」

「…でも、まだ実り流しの挨拶が…」

「こんなお身体じゃ無茶ですってばッ」


それでも尚、憂は雪菜を振り切って立ち上がった。

よろよろとした足取りで歩けば、道行く人々が『祝福の乙女』に跪く。


「あぁ…乙女様!お探していたのです…!」

「どうか、お願いします。
妻の目を治してやって下さい…っ」


盲目の女性を支えた男が、憂に向かって懸命に頭を下げる。

その光景を見た雪菜は、即座に止めさせようと走り出した。


…けれど、もう遅い。



「幸多き…貴女の生涯に、祝福を」


切れ切れと紡がれた言葉の後、憂の手が女性の瞼に触れた。

淡い光が満ち溢れ、女性の目元を照らす。



「目を、開けて下さい」


恐る恐る、女性が瞼を持ち上げる。


「あ…あぁ…、見える…見えるわ…っ」

「ほ、本当か!?」

「えぇ…貴方の顔も、ハッキリと…っ」


歓喜に泣き叫ぶ女性の肩を抱きながら、男性は何度も礼を述べた。


「ありがとうございます…っ、乙女様…、本当にありがとうございます!!」

「奥様を…大切にしてあげて下さいね…」


ふっと、憂は儚く微笑む。

まるで天使のように慈悲深い表情だ。

けれどその額には、じわりと汗が滲んでいた。



「憂、様…」


雪菜は、落胆した。

次第に体が小刻みに震えてくる。

これは正しく、恐怖からくるものだ。



病や怪我をいとも簡単に癒す、祝福の力。

しかしそれは、人の不幸を一身に受け止める、脅威の力。


今までの憂なら、こんな風に無闇やたらに祝福の力を使ったりしない。

ちゃんと患者の様子を見て、全てを完治させるのではなく、治療のきっかけを与えるだけだったのに。


それが、今はどうだ。

来る者拒まずとでも言うように、治療を懇願する全ての人々に力を振る舞っている。


このままでは本当に、死んでしまう。


「憂様…っ」


雪菜は必死に憂の腕を掴み、教会の庭まで引っ張った。

もう彼女には、抵抗する力すら残っていないのだろう。

ぐったりとしたまま息を荒げ、その場に座り込んでしまった。



「っ…何考えてるんですかっ!!
憂様、このままじゃ本当に死んじゃいますよぅ!!」


弱りきった憂を大木の淵に座らせてから、雪菜は声を荒げた。

既に日が落ちかけた茜色の空の下でさえ、彼女の顔は青白い。



「…いいのよ、死んだって」


掠れた声で言った憂の言葉に、雪菜は目を見開いた。


「人を幸せにする為に、私は祝福の力を授かったのだから…。
これで死んだとしても、構わないのよ」

「それ…本気で言ってるんですか」

「良いの、もう…良いのよ」


そして、雪菜は気付いた。

憂の身体が小刻みに震えている。

やがて彼女の頬を、一筋の雫が伝った。



「もう…疲れたの…、雪菜」

「憂、様…」



『祝福の乙女』となってから、人々の幸せだけを願い続けてきた。

神に全てを捧げ、神と人を結び付ける役割を重んじてきた。

これまで、数え切れない程の人の不幸を背負ってきた。






…ねぇ、もう良いでしょう?

あと何人の人を救ったら、
私は『祝福の乙女』じゃなくなるの?




「あのね、雪菜…。私…昨日、伊織くんに酷い事…言ってしまったの」


伊織くん、凄く哀しい顔をしていた。

初めて会った時のように、傷付いた表情。


「…私、多分もう伊織くんに逢う事もないから。
雪菜から…伝えてくれないかな…?」


ごめんね、伊織くん。

こんな身勝手な私を好きになったりして、本当に可哀想だわ。

本当は貴方に一番、幸せになって欲しかったのに。



「“あれは全部、嘘だよ”…って」


すると、突然。
憂は力強く肩を掴まれた。


「ッ…嫌です!!」


唸るように声を上げたのは、雪菜だ。

俯きながら、それでも憂の両肩を強く握り締める。



「私は憂様の専属シスターですけど…、そのお願いは聞きたくないです。
何故なら、私はあのがきんちょが大ッッッ嫌いだからです!!」

「せ、つ…」

「憂様、此処で待ってて下さい」


肩の圧迫感が消えたと思ったら、雪菜は勢いよく立ち上がった。

瞳に滲んだ涙をごしごしと拭った後、いつもは見せない凛とした表情で憂を見据える。


「今すぐ奏芽伊織を連れて来ます。
だから…そんな言葉は直接アイツに言って下さいっ」

「だ、駄目よ…雪菜」

「いーからっ!ぜ〜〜ったい此処を動かないで下さい!!
もし勝手に離れたら…承知しませんからねっ!!」


物凄い剣幕で念を押した後、雪菜は走って何処かへ行ってしまった。

まるで嵐が去った後のように、静寂が訪れる。

残された憂は、木の葉のざわめきを聞きながら、ゆっくりと目を閉じた。



伊織くんに…もう一度逢えるの?

でも、もう遅い。

今更私が何を言っても、信じて貰えないかもしれない。



でも、でもね。

伊織くん。

一つだけ、信じて欲しい事があるの。






「見ぃつけた」


それは、突然だった。

心地良い静けさの中で、その場にそぐわない軽快な声が聞こえ、憂はそっと目を開けた。



「こんな人気のない所に一人でいるのは、アブナイんじゃねーの?」


憂いの知らない顔が、其処にあった。

見た所、まだ十代か其処らの若者が、ざっと十数名。

外見を見れば、一般人とは程遠い身なりだ。

露出した、派手な服装。
髪の毛も染料でチカチカする色に染められている。


その中でも特に目立つ赤い髪をした青年が、憂と目線を合わすようにしゃがみこんでいた。


「初めまして、『祝福の乙女』」

「だ、誰…?」

「名乗る程のモンじゃねーよ。
ちょっとアンタに用があるんだ」


ぺろ、と舌なめずりをした青年の舌には、ピアスが埋め込まれていた。

そして周りを見れば、他の青年達も下卑た笑みを浮かべていた。



世間知らずな憂でも、分かる。

彼らは危険な部類の人だ。


「なぁ…俺らはアンタに大事な仲間を取られちまったんだ。
その落とし前、つけてもらえねーかな?」


逃げ出したい。

でも、体に力が入らない。

すると青年は、憂の手首をぐっと掴んだ。


「う…っ!!」


物凄い力で圧迫され、憂の顔が苦痛に歪む。


「つけて、くれるよな」








 頁を捲る指が、動き出す。

 ぱら、ぱら、と。
 ゆっくり音を立てて。


 物語が動き出す。


 世界が、壊れる音がする。





.

[*前へ][次へ#]

19/23ページ

[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!