[携帯モード] [URL送信]

┣╋CENTURIA╋┫
憎悪と哀愁の夜





――パァン!!

激しく硝子が割れる音により、騒がしかったその空間に静寂が訪れた。

粉々に砕け散った破片は、先程まで中身がたっぷり入っいたウイスキーグラス。


「まっじぃ酒だなぁ…」


低い声で呟かれたその言葉は、彼の機嫌の悪さを象徴していた。


柄の悪い少年達が集うバーの中は、異様な雰囲気に包まれていた。


チームのメンバー達に遠巻きに見守られながら、リーダーの珠桜剣は浴びるように酒を口に含んでいる。

彼の足元には既に数本の空いたボトルが転がっており、その幾つかは粉々に砕け散っていた。


このまま止めなければ、まずい事になる。

少年達は恐る恐る、剣の様子を伺った。


「つ、剣さん…。ちょっと飲み過ぎじゃ…?」

「――…あぁ?」


次の瞬間。

剣は、少年の一人の髪を掴み、カウンターに思いっきり投げ付けた。


――ガッシャァァアアン!!!!


周囲のグラスが床に落ち、盛大な音を立てて割れる。

ぐったりとして動かなくなった少年を前に、剣は笑っていた。


「飲むな、って言いたいのか?この俺に」

「ち…が…っ」

「てめぇ如き雑魚に、俺の気持ちが分かんのか」


鼻と口から大量に血を流す少年から、次第に剣は周囲のメンバーに視線を向けた。

ぐるりと店内を見渡せば、仲間の少年が皆こちらを見ていた。

ざっと、五十人はいる。
ここにいない者も含めれば、メンバーは百を悠に越えるだろう。

けれど剣には、何より代え難いものを失った。

ここにいる全員よりも価値のある、たった一人を。



「おめぇらに、俺の気持ちが分かるか…?
伊織を無くした俺の気持ちが分かんのかよ?」


――奏芽伊織。
誰より強く、冷静で、頭も良い。

自分以外の何者も受け入れず、全てを拒絶しながら生きてきた少年。

剣にとって伊織は、最高の相棒だった。

自分が端正込めて広めたチームを、初めて任せようと思えた人物だった。


「…伊織」


剣の胸にぽっかりと穴が空く。

悲しくて悲しくて、涙が止まらない。

悔しさで胸が張り裂けそうだ。




昔の伊織は、孤高の獅子だった。

誰にも関与せず、自分以外を信用しない。

その信念が、伊織をより強くしていた。




だけど、あの時。

チームを抜けたあの夜の伊織は、まるで別人のようだった。





――…何が、伊織を変えたんだ?







『お前みてェなクズが、あいつに近付くんじゃねぇ!!!!』






あいつ、だ。





「祝福の乙女」






その女が、
俺から伊織を奪った。


「…そうか、」


剣は不気味に笑うと、持っていたグラスの中身を一気に煽った。

周囲の少年達は、息を殺してその様子を伺っている。


「はは…、何だ。こんなに簡単な事だったんだ」


狂ったように笑い続けた剣の胸に、復讐の炎が灯る。


どす黒い、漆黒の炎だ。







――――――――
―――――




教会に住んで、分かった事が幾つかある。


「憂様ぁ〜!いつものお客様からお花、届きましたよぅ♪」

「まぁ…またカイウス家のご子息が?
後でお礼の御手紙を書かなくちゃ」

「それからこっちはお花屋さん、青果店、図書館からも文が届いてますっ」


まず一つ。
憂には、ファンが多い。

朝の礼拝が終わると、毎日凄い量の花束や布施が届く。


まぁ、奇跡の力を持つ聖女って肩書きもあるし仕方ないと思う。

男からの差し入れに、いい気はしないが。
(カイウスって誰だよ)





――…コンコンッ


「あ、あの…隼茉先生」

「どうかしましたか?」

「これ…受け取って下さいっ」


二つ目。
教会の保険医である隼茉棗は、女に人気がある。

たまにこうしてシスターが医務室にやって来て、告白したり手紙を渡したりする事も少なくない。


「…いけません。神に遣える身で、恋文など」

「でも、私…っ」

「僕は貴女を立派なシスターだと思っています。
どうかこれからも、迷える子羊を一番に考えてあげて下さい。
そんな貴女が、僕には一番素敵に見えますから」

「っ…はい!」


おまけに、フェミニスト。

聞いてるこっちが痒くなるような、歯の浮く台詞を平気で口にするものだから、感心すらしてしまう。



「…って、この間来たシスターにも同じ事言ってたよな?」

「僕は決して嘘は言ってないよ」


シスターが去った後、身を隠しながら話を聞いていた伊織は、棗を一瞥する。

医務室の端にあるデスクで、棗は今しがた書き上げた書類をファイルに綴じてながら、フッと微笑んだ。


「此処は神聖な教会。
その医務室に務める僕も聖職者の一人だ。
シスターを邪の道から正すのも、僕の役目だからね」

「邪の道、ねぇ」


さも面倒臭そうに呟くと、伊織はごろりとソファーの上で寛いだ。

まるで其処が自分の家であるように振る舞う伊織だが、腕と脚、腹部に包帯をしている。

怪我が完治するまでの間、伊織はこの医務室に寝泊まりしているのだ。



「ほら、大人しくベッドで寝ていなさい。
誰か来る度にバタバタと隠れていたら、いずれ怪しまれるよ」

「…今日、憂遅くねェか」

「憂様は明日の収穫祭の準備でお忙しいからね。
もう今日は来れないと思うよ」


そう言いながら棗にしっしっと追い立てられ、伊織は渋々奥の個室へと入った。


少し開いた窓から入る風が肌寒く感じ、音を立てずにそっと閉める。

そして自分の寝台に横になると、ふぅ、と溜め息を一つ付いた。



――…今日はもう来れないのか。


ごろりと寝返りを打って、目を閉じる。

けれど瞼の裏に映るのは、金髪の聖女の顔ばかりだ。


憂は、毎日欠かさず伊織の見舞いに来ている。

朝礼の後は、説話を聞かせる為に。

昼食後は、伊織が痛み止めの薬を飲んでいるかを見る為に。
(あれ、苦ェから嫌いだ)
そして棗が仕事を終えて帰宅した後、暇を持て余している伊織に文字を教える為に。

多い日はそれ以上。

それなのに、今日はまだ朝しか彼女の顔を見ていないのだ。


――…来いよ、憂。


心の中で独り言を呟いた後、伊織は眠りに落ちた。






―――――――――
――――――




夢を、見た。

沢山の星がちりばめられた夜空の下、港に集まる人々。

彼らは皆、明かりの灯った小さな箱を大事そうに持っていた。


俺も、それをしっかりと手にしていた。

隣に佇む長い髪の女性と顔を合わせて頷き合うと、それらを一斉に海へ流す。


無数の灯りが、暗い海の彼方へ流されていく。

そんな光景を見つめていると、隣の女性がそっと俺の頭を撫でた。


『また来年も一緒に…』


微笑んだ彼女の顔が、俺には見えない。


暗く濁って、見えないんだ。







「――…ん」


寝苦しさを感じた伊織は、浅い眠りから覚めた。

ああ、懐かしい夢だ。
“あの人”を思い出すのは、本当に久し振りだ。

伊織は微睡みを振り払うように軽く頭を掻き、ゆっくりと寝台から起き上がった。

時刻は真夜中。
しんと静まり返った医務室には、もう伊織の姿しかない。

誰かが来た形跡も、見当たらない。


「…畜生」


伊織は灯りも持たず、静かに医務室を出た。

誰もいない夜の教会は、昼間の神聖な雰囲気とは程遠く、不気味だ。

けれど伊織には、そんな事は関係ない。
彼は勝手を知った我が家のように廊下を早足で歩き、一つの部屋の前で立ち止まった。

図書室。
目当ての人は、此処にいる筈だと確信していた。

そして躊躇う事なく、扉に手をやる。


――…コンッ

一度だけの奇妙なノック。

それは伊織と、この図書室の中にいる人物だけが知る秘密の暗号のようなものだ。


「入るぞ」


返事を待つ時間も惜しい伊織は、不躾にも扉を開けた。


薄暗い部屋の中。
ランプの儚い灯りだけが室内を照らしている。

正面の本棚を見れば、こちらに背を向けたままの金髪が目に入った。

後ろ手で扉を閉めた伊織は、真っ直ぐにその背中へ歩み寄る。



「こっち向け、憂」


華奢な肩にそっと触れ、こちらへと引き寄せた。

普段は綺麗に纏めている長い髪は今、さらさらと肩に流れている。

いつもの黒い修道着ではなく、ふわふわと軽い素材で出来たシルクのワンピースが、彼女の雰囲気をがらりと変えてしまっていた。


何より、いつも微笑んでいた彼女の表情が。



「――…伊織くん」


哀しげに、彼を見つめていた。





.

[*前へ][次へ#]

15/23ページ

[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!