[携帯モード] [URL送信]

┣╋CENTURIA╋┫
神よ、乙女はこの腕に
―――――――――
――――――
―――




「あら…、雨?」



聞こえてきた雨音に反応し、ふと憂は顔を上げて窓の外に目をやった。


今、彼女は教会の奥にある書斎で本を読み耽っている。

真夜中、他のシスター達も寝静まっている為、儚い蝋燭の灯りだけが頼りだ。



憂は眠れぬ夜があると書斎へ籠もり、本を読み漁る傾向があった。

この部屋の本は全て古くから教会にあるもので、彼女にとって宝のような存在。

たった一冊を繰り返し繰り返し辿るものだから、時間がいくらあっても足りなかった。



「…駄目、だわ」



窓を流れる雫を見つめながら、ふと独り言のように呟く。

パタンと本を閉じ、憂は表紙をそっと撫でた。



「眠らなきゃ、明日も…朝礼があるのに」



最近は、書斎に籠もる夜が立て続けにあった。

その理由は、彼女自身がよく知っている。



「だけど…」



憂の長い睫毛が伏せられ、辛そうに瞳を細める。

ジジッと蝋燭の火が音を立てて揺れた。





「――眠りたく、ない」



明日が来るのが、怖い。

朝が、とても怖い。


『祝福の乙女』と称されてからの長い年月、教会の朝礼は生活の一部だった。

辛いと思った事など、一度も無かった。



けれど、何故だろう。

朝礼の度に最前列に座る、あの少年の姿が見えない。

それを思うだけで、怖くて怖くて、堪らない。




「私…どうしよう。
どうしてしまったの…?」


心臓が、苦しい。

痣は日に日に酷くなり、最近は倒れる事も頻繁にあった。


人に祝福を与え続ける彼女の身体には、確実に不幸の烙印が刻まれ続けている。


昼間、主治医である棗に診断された。

この心臓は、いつ停止してもおかしくないと。



怯えながら夜を過ごし、残酷な朝を迎える。

まるで此処は、監獄。

いつから、そう思うようになってしまったのか――。




「――…っ」



――…神様…。

何故、私にこの力を授けたのですか?


貴方は私に、何を運命付けたのですか?




「たす、けて…っ」



独りで泣くこの瞬間が、一番怖い。

涙は、不幸の象徴。

それを独りで背負うのが、堪らなく辛い。





「……伊織……」




憂の薔薇のような唇が、その名を紡いだ瞬間。







――コンッ




聞こえてきたのは、扉を叩くノックの音。


憂は、胸を高鳴らせた。


恐る恐る顔を上げて、重たい扉を見つめる。

こんな夜更けに、一体誰が訪ねて来たというのか。

思案していた、その時。



――……コンッ


「…っ!!」



控えめに叩かれる扉。

一度きりのノック。


憂はその扉の向こうの人物を、悟った。



「…どう、ぞ」



震える声で、返事をする。

すると静まり返った部屋の中にドアノブを回す音が響いた。




――ギィィィ…




扉が開かれ、真夜中の訪問者が姿を現す。


薄暗い蝋燭の灯りが、その人物を照らした。





最初に目に入ったのは、無数の“赤”。

それが血の色だと理解するのに、そう時間は掛からなかった。




「―――……!!!!」



憂の表情は、驚愕に染まった。


ポタポタと落ちる雫。

雨と血に濡れた人物が、ゆっくりと書斎に足を踏み入れた。

その足取りは、酷く朦朧としたもの。



けれどその人物は、

憂を見つめ、微笑んだ。






「伊織くん…っ!!」

「…憂…」



変わり果てた伊織の姿に、憂は動くことが出来なかった。

ただ口元を抑え、カタカタと身体を震わせる。

そんな彼女の様子に瞳を細めながら、伊織は小脇に抱えていた物を差し出した。


それは、黒い革表紙の本。



「…借りてた…本。
返しに、来たんだ…」

「ど、し…て…」

「ちょっと…汚れた、かも……ごめ……っ」



突然、膝に力が入らなくなった伊織はガクリと倒れ込んだ。



「伊織くん!!!」



漸く金縛りが解け、憂は伊織を支えるように抱き締める。

彼の身体は冷えきっており、沢山の傷が出来ていた。



「何でこんな…っ!?
す、すぐ…治すから…っ」



祝福の力で傷を癒そうと、憂は手をかざす。

けれどその行動は、伊織の大きな手によって遮られてしまった。



「…いい。こんなの…すぐ治るから…」

「そんな訳ないでしょ!?
死んじゃったらどうするの!!?」

「人間ってのは…そんな、簡単には…死なねェよ」



憂の瞳から流れた涙が、伊織の頬に落ちる。

なんて暖かくて優しいのだと感じた。



「泣いてンのか…」

「泣くわよ!!泣くに決まってるでしょ!?
伊織くんは馬鹿だわ!!」

「ははっ…、ホント、だな…」


彼女の泣き顔は、とても綺麗だった。

悲しい想いをさせた事は申し訳ない思う。

けれどそれ以上に、彼女が自分の為に泣いてくれる事が嬉しかった。





「…落とし前、つけてきたんだ」



息を切らしながら、伊織が呟いた。



「もう…俺には、何も残ってねェ。
家も、仲間も、何もかも無くした」

「喋っちゃ駄目…!!
今…棗先生呼んで――…」




音が――…消える。


憂の必死の言葉は、伊織の唇によって遮られた。


彼の力強い腕に抱き寄せられ、憂は瞳を見開く。


痛いくらい強く肩を掴まれ、全てを忘れてしまいそうなくらい、激しく唇を求められた。



「――…っ」




酷く驚いていたけれど、

彼女は抵抗しなかった。





「っ…俺にはもう、憂しか、いない…」




――憂は、いつだってそうだった。


彼女が自分から伊織に近付く事は、決してない。


けれど伊織の強引な行動を、拒む事さえしない。



ならばもう、迷わないと決めた。






「憂が、好きだ」






『祝福の乙女』は、神のもの。


他の誰のものにもならない、崇高な存在。






ならばいっそ、

彼女を神から奪うまでだ。





「好き、だ」

「っ…いお――…」




更に強く、唇を押し当てられた。


まるで乙女の純潔を、汚すかのように。

彼女の白い羽根をもぎ取り、地へ堕落させるように。




心配ない。

共に堕ちる覚悟は、とっくに出来ている。




「こんなの、絶対に許されない…っ」

「俺が、許す」

「馬鹿よ…伊織くん」



彼女の声ならば例え罵りでさえ、気分を良くさせる。





「ああ…俺は、馬鹿だ」





そう自嘲しながら、彼女の身体を愛おしそうに抱き締めた。





――神が決めた運命なんて、俺がねじ伏せてやる。



憂の肩越しに掲げられた十字架を、伊織は鋭く睨んだ。






.

[*前へ][次へ#]

12/23ページ

[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!