よろずや東海道本舗(香×志摩)
志摩の答え
香があの放火事件に関わっていた

俺から両親を奪った放火事件に

信じたくなかった



俺が発作を起こした時、香が側で“大丈夫”と言ってくれる、その事が俺にとってどれほど支えになったかーー





キョウが事件に関わっていると分かってから、俺は香に会うことを避けていた

俺の家が放火された日、偶然あの場所に居合わせ犯人を見てしまった香

香を殺させない為にキョウは放火犯と共犯″になることを選んだ

そうしなければ香は間違いなくその場で殺されていた

ーー守る為には仕方が無いーー

頭では理解しているつもりでも、どうしても心がついていけなかった





そんなある日、APPからの呼び出しで、俺は近くの喫茶店でAPPと会うことになった

「志摩くん、香くんの事どう思ってるの?やっぱり許せない?」

APPの質問に俺は答えることが出来なかった

「君の気持ちも分からなくはない。仕方の無い状況だったとはいえ、キョウは君の大切なものを奪った放火犯を見逃した。いくら2人が別々の意識だとはいえ、香くんも関係無いとは言えないしね」

そこで、APPは俺の頭に手を置いて顔を覗き込んだ

「香くんもその事で自分をずっと責めている。毎日朝から夜まで仕事を入れて、食事や睡眠もろくに取ってないらしい。あれじゃ身体がもたない」

「・・・」

「君は、また“大切なもの”を無くしても良いのかい?君にとって香くんはその程度の存在だったの?」

ドキッとした

“大切なもの”

そう、俺にとって香はかけがえのない大切なパートナーなんだ

「昨日、街で香くんを見かけたよ。声をかけようと近くまで行ったんだけど僕には全然気付いてない様子でね、そのまま車道を横切ろうとしたんだ。トラックがすぐ近くまで来てるっていうのに・・・もし僕が慌てて手を掴んで引っ張らなかったらトラックに跳ねられてた。ボーッとしながら歩いてたのか、それとも、」

「そんな・・・!」

APPの言葉に背筋がゾクリとした

前に俺が放火した犯人を殺してやりたいって言ったら香はこう言ったんだ



無理だよ、俺が殺すからーー



もしかしたら香は・・・


ーー「君はまた、大切なものを失っても良いのかい?」

先程のAPPの言葉が頭をよぎる

「君も辛いだろうけど、香くんも君とキョウの間で苦しんでる。このままだといつか本当に香くんを失うことになるよ?」



後はどうしたいか自分で少し考えてみてーー



そう言ってAPPは店を出て行ったけど、俺はしばらくその場を動けずにいたーー

すると突然、志摩の携帯電話が震えた

ディスプレイには“駿河香”の文字

志摩は深呼吸を一つして、電話に出た

「志摩さん・・・良かった。電話出てくれないかと思った」

久しぶりに聞く香の声

どこか違和感を感じながらも、つい口調は素っ気なくなる

「何の用だよ?」

もう少し違う言い方があったんじゃないかと咄嗟に思ったがもう遅い

「ごめん、志摩さん」

辛そうな香の声に胸が苦しくなった

「そういう台詞は会って直接言えよな」

おそらく会うことを躊躇っているだろう香になるべく軽い口調で言う

「そうだね・・・、本当は顔見て言うべきなんだろうけど、ちょっと無理そうだから」

息をつく香の声色がどこか苦しそうだ

「香ちゃん?どうかしたのか?」

少し間を開けて香の声が聞こえる

「・・・何でも無いよ」

なんでもない、そう答えた香の腹は血で真っ赤に染まっていたーー





その日の仕事が終わりスタジオを出た香だったが、気付くと志摩と初めて会った公園に自然と足が向いていた

(ここで志摩さんと最初に会ったんだっけ・・・あの時はこんな事になるなんて思いもしなかったな)

つい、この間まで当たり前だった日常

2人で事件を解決したり、ご飯を食べたり、他愛もない話で笑いあった時間

出来ることならもう一度、

何も知らずに隣で笑えてたあの日々に戻れたらどんなにいいか


俯いたまま歩いていた香は前から来る人物に気付くのが遅れた




グサッーーー



「・・・っ」

一瞬何が起きたのかよく分からなかった

少ししてからお腹に引き裂かれる様な痛みが走り“刺されたのだ”と分かった

「お前のせいで俺の人生はメチャクチャだ!!お前さえいなければ・・・」

「アンタ、確か・・・」

香を刺したのは、以前オーディションで一緒だった男だ

男は香の腹からナイフを抜き、そのまま走り去って行った

「くっ・・・はぁはぁ」

走っていく男の後ろ姿を見つめながら、香は傷口を手で押さえ近くのベンチに座る

そしてポケットから携帯電話を取り出した

「志摩さん・・・」

ただ、声が聞きたかったーー

傷口から流れ出る血がベンチの下に血だまりをつくっている

香は気付かれない様になるべく平静を装って返事をした

(でも、志摩さんああ見えて意外と鋭いからな・・・)

そろそろ目も霞んで視界が暗くなってきた

「志摩さん・・・本当に、ごめんね」

謝る香に志摩は俯いて拳を握る

「香は悪くない。キョウだってお前を助ける為には他に方法が無かった。そんな事分かってた。でも気持ちの整理がつかなくて、、、香にも辛い思いさせて、俺の方こそごめん。これからもさ、ずっと俺の側にいてくれよな?」

「あり、がと・・・志摩さん」

本当に、ありがとーー

携帯を持つ手に力が入らなくなりベンチに降ろす

そろそろ意識を保っているのも限界だった

「香ちゃん・・・?」

急に黙ってしまった香に声を掛けるが、返事が無い

「おい、どうした?香?香!返事しろ、香!!」

志摩は電話の向こうで時間を知らせる音楽が小さく鳴ったのを耳にした

「これって、俺と香が最初に会った公園の・・・」

志摩は走り出した



公園に着いて辺りを見回すと少し離れたベンチに香らしき後ろ姿が見えた

「香!!」

近くまで来て愕然とした

お腹から血を流してぐったりしている香に駆け寄る

「香!?しっかりしろ!香!なあ、香!!目開けろって!香!!」

呼びかけても目を覚まさない香に志摩は血の気が引くのを感じた

このまま香が死んでしまうのでは無いかと、怖くて堪らなかった

「し・・・志摩・・・さ、ん」

うっすらと目を開けた香が小さな声で志摩を呼ぶ

「香!!」

「志摩さん・・・どうして、ここに・・・?」

「そんな事よりお前の方こそ何があった!?」

「前に・・・一緒にオーディション受けた奴が、俺のせいで人生がめちゃくちゃになったって・・・」

「そんなっ・・・!ただの逆恨みじゃねーか!!」

香をこんな目に合わせるなんて許せないと思った

「そうだ!香、救急車は!?呼んだんだろ?」

香と電話で話してから結構な時間が経つ

そろそろ救急車が来てもいい頃だ

しかし香は小さく首を振る

「何ですぐに呼ばないんだよ!!」

「それよりも・・・志摩さんの声、聞きたかったんだ」

「馬鹿野郎!!待ってろ、すぐ救急車呼ぶから」

119番への電話を切った後、香がゆっくりと話し出す

「さっき、電話で言ってくれたこと・・・すごく嬉しかった・・・俺、まだよろずやに・・・志摩さんの側に・・・居ても良いのかな?」

「当たり前だろ、俺たち二人で“よろずや”なんだ。それに俺にとって香ちゃんは、かけがえのない大切な存在だから」

「ありがと、」

久しぶりに見る香の心からの笑顔だった

「志摩さん・・・」

ふいにぐらりと傾いた香の身体を慌てて志摩が抱きとめる

気付くと香の呼吸が徐々に弱まっている

「香!?しっかりしろ!死ぬな!香!!頼むから・・・俺を一人にしないでくれ・・・」

俯き涙を流す志摩の頬に香の手がそっと触れる

「志摩、さん・・・笑って?」

その言葉に志摩は涙を袖で拭って出来る限りの笑顔を浮かべた

その顔を見た香が微笑む

「俺、志摩さんの・・・笑った顔、・・・好きーー」

頬に添えられた手が力無く落ちる

「香・・・?」

目を閉じて眠っている様な香の肩を揺するが!反応は無い

「おい、香!目開けてくれよ・・・!また2人でよろずややるんだろ?なぁ、香!!」

到着した救急隊が香を救急車に運ぶのを志摩はただ見ていることしか出来なかった

(肝心な時に俺はいつも無力だ・・・)

両親が死んだ時も、今この時も、何も出来ない自分がどうしようもなくもどかしかった



医者の話では香の傷は内臓にまで達していて、正直助かる可能性は低いと告げられた

それでもなんとか無事手術は終わり、集中治療室で傷の回復を待つことになった

3日経っても目を覚まさない香を見ていると、もしかしたらずっとこのままなのでは無いかという不安に押し潰されそうになる

志摩はそんな考えを振り払うかの様に香の手をしっかりと握った





目覚めた香が最初に見たのは、自分の手を握りながらすやすやと寝息をたてる志摩の顔だった

握られたままの手は、とても温かくて心地良くて、自然と笑みがこぼれる

「志摩さん、ありがとう」





fin.

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