PEACE MAKER 鐵(土方×沖田)
秘めた思い(原作沿い 油小路後)

ーー新撰組に深い爪痕を残した油小路の変から丸3日が過ぎようとしていた





「歳、ちょっといいか?」

夜も更けた頃、近藤が土方の部屋を訪ねてきた

「今しがた総司のところに行ってきたが、あれから顔を出しとらんそうだな?総司が心配しとったぞ。自分のが辛いだろうに、俺達や新撰組の事ばかり気にしていたよ・・・」

「・・・」

土方は黙って拳を握りしめる

「なぁ、歳」

近藤が土方の肩に優しくそっと手を置いた

「・・・怖ぇんだよ」

土方がポツリと呟いた

「あいつの顔を見るのが・・・怖ぇんだ・・・」

辛そうな土方の表情に近藤は何も言えなかった

「もっと早く気付けてたはずだ・・・夏風邪があんなに長引くわけがねぇ。知ってたはずなのに、俺は無意識に考えることを避けてたんだ・・・」

土方はそう言って遠い過去を思い返した

「母も姉も最初は風邪だと言っていた。だが日に日に体調が悪くなってって、俺が気付いた頃には血を吐くようになってた。身体も段々と痩せ細り、そのうち食事も受け付けなくなっていった。そして病に苦しみながら最期は一人きりで死んでいったんだ・・・」



あの病はまた、俺から大切なものを奪っていくのかーー・・



「総司の病にもっと早く気付けてたら、空気の良いところに移して安静にして・・・そうすりゃ病の進行を遅らせることも出来たはずだ」

今となっては過去を悔やむことしか出来ない

「お前の気持ちはよく分かる。俺だって悔しいさ・・・けど、あいつが本当にそんなこと望むと思うか?」

「ああ、分かっちゃいるんだ。だが気持ちがついていかねぇ・・・」

「なぁに、今からでも遅くはないさ。これからやってやれるはずだ。俺達の大事な弟に。な?そうだろ、歳」

その言葉に励まされた土方は幾分か晴れやかな気分で近藤を見た

「ああ、そうだな近藤さん」





次の日土方は総司の部屋を訪ねた

「総司、入るぞ?」

土方の姿に驚いたように目を見瞠る総司だったが、少しして嬉しそうに微笑んだ

その笑顔に土方は胸が締め付けられる思いがした

「具合はどうだ。起きてて平気なのか?」

「大丈夫ですよ。今日は気分もいいですし。それに、ずっと横になったままというのも結構疲れるんですよ」

確かに今日は体調も落ち着いているようだ

傍らに腰を下ろすとそのまま総司の顔をじっと見つめる

「どうしたんですか?そんな怖い顔をして」

「いつから病に気付いていた?」

土方の問いかけに少し間を空けてから総司が口を開いた

「・・・池田屋の時に血を吐きました」

「やっぱりあの時の血は・・・」

池田屋に俺が駆けつけたとき、総司は返り血が喉に入ってむせただけと言って笑った

こいつが心配させまいとしてついた嘘を俺は信じた

もしも、あの時に病に気付いていれば何かが変わっただろうか・・・

「松本先生と山崎くんは知っていたんだろう?」

本来なら報告すべきであった病状を伏せていた二人に何か処罰が下るのではないかと総司は慌てた

「二人に黙っていてくれるよう頼んだのは私です!どうか二人を責めないで下さいっ・・・!」

「分かってる。別にあの二人をどうこうするわけじゃねぇよ」

その言葉に総司は安堵の表情を浮かべる

「どうして黙ってた?」

「出来るだけ長くみんなと一緒にいたかった・・・新撰組として、刀を振るい、近藤さんや土方さんの役に立ちたかった。それに・・・あなたにそんな顔をさせたくなかったんです」

そう言われてしまえば土方に返す言葉は無い

(俺は今よっぽどひでぇ面してんだろうな・・・)

すると突然、総司が咳き込み出した

「・・・ゴホッ・・・ゴホッ、ゴホッ」

「総司!しっかりしろ!」

「ゴホッ・・・大、丈夫・・・ゴホッ、ゴホッ・・・です、から・・・ゴホッ」

しかし、そうは言うものの咳は酷くなる一方だ

まともに呼吸が出来ないのだろう、苦しそうに胸元を握りしめている

そんな総司の姿を見ながら、少しでも苦しみが和らぐようにと背中をさすることしか出来ない事がもどかしかった





ようやく咳がおさまった頃には、すでに自分では身体を支えることが出来ないほど総司の身体はぐったりとしていた

今の総司の身体では咳き込むだけでもおそらく相当の負担だろう

「大丈夫か?少し横になった方がいい」

しかし、土方の言葉に総司は小さくかぶりを振った

「もう少しだけ・・・このままでいさせて下さい」

「分かった。お前の気のすむまでこうしててやる」

土方はそう言うとあやすようにその背中をポンポンと叩いた





どのくらいそうしていただろうか、不意に総司がポツリと呟いた

「ねぇ、土方さん。一つだけ我が儘聞いてくれませんか?」

「何だ?」

そう言うと総司は土方から視線を反らし小さな声で呟いた





私を・・・



殺して下さいーーー





「総司!!!」

その言葉を聞いた瞬間、頭にカッと血が上って思わず大声で怒鳴りつけていた

だが総司はそれに動じることもなく俯いたままだ

「死ぬときは・・・闘いの中で死ぬんだとばかり思ってました。こんな日常だからいつ死んでもおかしくない。だから死ぬことは怖くないんです。でも私は戦って死ぬことすら叶わない・・・」



こんな私なんて、必要ないですよねーー?



「総司・・・」

「・・・ごめんなさい」

「お前が謝る必要なんて無いんだ」

堪えきれずに細くなった総司の身体を抱き締めた

「土方さん・・・」

総司の目から一筋の涙が零れた





「土方さん、さっきは変なこと言ってごめんなさい。あれは忘れて下さい。ちょっと土方さんを困らせてみたかっただけですから」

総司はばつが悪そうに苦笑する

だが土方には総司の気持ちは痛いほど分かっていた

「無理をするな。辛かったら辛いと言えばいい。俺が受け止めてやる」

その言葉にまた涙が出そうになった

「・・・ありがとうございます」





それからしばらく二人で多摩にいた頃の思い出話をしていた

だが、ふと土方の表情を見るとどこか思い詰めたような顔をしていることに気付いた

「土方さん、どうかしましたか?」

「あっ、いや、何でもないんだ」

「何でもないって顔じゃないですよ?」

覗き込んでくる総司の目が心配の色を浮かべてるのに気付き、土方はずっと胸の内にあったことを口にした

「前に俺が高熱で倒れたことがあっただろ?そのときのことを最近よく思い出すんだ」





まだ試衛館にいた頃、俺は一週間ものあいだ高熱を出して生死の境を彷徃ったことがあった

いよいよ本気で死ぬかもしれねぇってとき俺は願ったんだ



まだ何もしてねぇのに死にたくない、


誰を身代わりにしてもいいから生きたい、とーー・・



朦朧とする意識の中で総司が俺の手を握り祈ってくれたことだけははっきりと覚えている



『私が身代わりになりましょうーー

神様、私からもお願いです

この人を救って・・・

武士にしてあげて下さい・・・』



次の日あれだけ高かった熱は嘘のように引いていた

まるで神様が願いを聞き入れてくれたかのようにーー





今になって、あの時あんなことを言わなければ総司が病にかかることは無かったのではないかと後悔が頭をよぎる

「ああ、あのときのことですか。もしかしてあんな迷信を信じてるんですか?」

土方の言葉に総司がくすりと笑った

「いや、分かってはいるんだ。だが・・・」

「そうですね、もし今の私が本当にあの時の土方さんの身代わりになったのだとしたらーー」





私は、幸せです。





思いもよらなかった言葉に土方は耳を疑う

「もし、こうなることが分かっててあの時に戻れても私は神様に同じ事を願うでしょうね」

そう言ってあの時と同じように土方の手を握り微笑んだ

(ああ、俺はいつだってこいつに救われてる・・・)

ずっと胸の奥にあった″後悔″の念がすっと消えていくのを感じた





ねぇ、土方さん

私ね、自分が労咳だと知ったとき、これは″報い″なんだと思いました

今までたくさんの人達を殺めてきた報いーー

新撰組で剣を振るって近藤さんや土方さんのお役に立つ、それが私の存在理由そのものでした

二人が喜んでくれる、私の剣の腕を必要としてくれる、それだけでどんなことでも耐えられた

けれど、それが出来ないと分かったとき、どうしようもない恐怖に押し潰されそうになった

剣を振るえなくなったら必要としてもらえなくなる、戦えない私はただの足手まとい

また、捨てられるーー



今まで殺めてきた人達の魂が、許さない、と

もっと苦しめ、と

私を責めるのです

けれど、もしほんの少しだけ我が儘が許されるなら

病になったのはあの日、土方さんの身代わりになれたからだと

そう思ってもいいですかーー?





「おい、総司?なんだ寝ちまったのか・・・」

土方にもたれ掛かって眠る総司の顔は穏やかで、さっきまでの苦しそうな姿はどこにもない

土方は起こさないよう総司を布団にそっと寝かせた

「ゆっくり休め」

せめて眠っている間だけでも苦しみから解放されるように

そう祈りながら土方はその手をぎゅっと握りしめたのだった





fin.


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