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風を切って歩け
同日
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「ははっ」という軽快な笑い声を見送る伊中のポケットで、携帯が震えた。
彼はポケットから携帯を取り出すと、画面に映し出された相手の名前に目を細めた。

【山戸 伊中】

携帯の画面に映し出されたのは、確かに彼が庄司に名乗った名前そのものだった。

「どした?」

庄司は携帯を耳に当て短く尋ねる。
すると、携帯の向こうからは騒がしい程賑やかな声が響いている。
聞きなれた、彼にとってはいつもの喧騒で、そして離れたたかった日常でもあった。

『宮古ぉ、そっこーで俺お前の仲間にバレたんだけどー』

そう、どこか疲れたような声で発せられる声に彼は溜息を吐いた。

「バカ、もっと気張れよ。伊中」

いなか。
彼の口から発せられる名。
山戸伊中。
それは庄司に名乗った彼の名、ではなく、本当は彼の双子の弟の名であった。
そして彼自身の名は山戸宮古という。

『で?宮古の方はどう?俺の格好で喧嘩とかしてないよね?問題起こすのだけは勘弁してな?俺、これでも稀代の秀才で通ってんだから』
「絡まれたけど、喧嘩はしてねぇ。お前こそ俺の格好で喧嘩売られたりしてねぇか?売られたら逃げずに戦えよ。そして勝て」
『無茶言うな。まぁ、早速絡まれてたところを、お前のチームのみなさんに保護してもらっとるわ』

山戸伊中。
山戸宮古。

二人は双子であり、それぞれ違う高校に通う、全く異なる地位を築く者であった。

山戸伊中。弟。
秀才達の集まる紀伊国屋高校、生徒会長にして創立以来の秀才と呼ばれる天才高校生。

山戸宮古。兄。
全国の不良達の集まる私立蔦谷学園、生徒会長と言う名の数百の不良高校生のトップに立つ男。

二人はそれぞれ全く異なる道を歩みながらも、共に似たような閉塞感を覚える日々を送っていた。
伊中は秀才天才と持て囃され期待される日々に。
宮古は兄貴リーダーと慕われ拳を振るう日々に。

故に二人は入れ替わる事にした。
伊中は真っ黒だった髪を宮古のように真っ赤に染め上げ。
宮古は真っ赤だった髪を伊中のように真っ黒に染め直し。
双子故、髪型をなんとかすれば後は特に労することなく入れ替わる事ができた。

伊中も……いや、宮古も庄司同様、なんとも言えぬ不満の中、煮詰まった想いを抱えて生きてきた。それが、ぷしゅうと空気の入りすぎたボールから空気が抜けるような勢いで萎んでいったのだ。

宮古もまた庄司同様自分ではない別人になりたかったのだ。

「伊中、お前、意外と楽しんでるだろ」
『わかった?お前の仲間、みんなおもしれーんだもん。いいなぁ』
「なぁ、伊中」
『ん?』
「今日だけじゃなくて、もうしばらく入れ替わるか?」
『……宮古も、なんか楽しい事あった?』

電話の向こうでクスクスと笑いながら問いかけてくる弟に、宮古は去り際の庄司の背中を思い出して「あぁ」と頷いた。
庄司が「また明日」と言った。
それならば、また明日も【山戸伊中】で居たいと思ったのだ。

『いいよ。俺ももう少しお前の友達と遊んでいたいし』

そう言う伊中の声は本当に楽しそうで、宮古もこれで心おきなく明日も伊中で居れる事を確信した。
そうして電話を切った宮古はふとファストフード店の扉にうっすらと映る自分の姿を見た。
いつもの自分ではない、弟に借りた伊中の姿。

変装した姿。
しかし、何故だろう。
変装したら、本当の自分に出会えたような気がした。

真面目に授業を受け、拳を振るわず、そしてただ笑いながら話をするだけの放課後。

宮古は思わず「ははっ」と軽く笑い、しかもその笑い方が今日出会ったばかりの変に抜けた後輩の笑い方とソックリでなんとも愉快な気持になってしまった。
「また、明日」そう言って別れる明日がなんとも楽しみで、宮古は機嫌よく夜の街を歩いて行った。






10月25日
ハロウィンまであと6日。

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あきゅろす。
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