風を切って歩け
11月1日
【エピローグ】
11月1日 山戸 伊中
「さて、終わった終わった」
「引継ぎも滞りなかったな」
伊中は放課後の校舎を坂田と並んで歩いた。正直、1週間ぶりの紀伊国屋高校という事で、朝は緊張したりもしたのだが、その緊張はハッキリ言って無駄だった。
誰も彼もが、あの1週間の伊中の事を気にした様子はなく、本当に気付いていたのは隣を歩く坂田くらいのものだった。
「ちぇー、ほんとに誰も俺と宮古が入れ替わった事に気付いてないなんてショック過ぎるでしょ」
「まぁ、宮古は殆ど学校には来てなかったし、気付く気付かない以前の問題だがな」
坂田の言葉に伊中は「まぁ、それもそうか」と夕日の差すグラウンドに目をやった。
今日から11月。まだ5時にも関わらず、日の傾き方が本当に早くなった。気付けばすぐに夜になってしまう。
「生徒会は無事に引き継いだし、クラウドファンディング方もどうにか上手くいきそう」
「あぁ、そうだな」
「あとは、まぁ……受験かぁ」
「そっちが本番と言えば本番だけどな」
受験。
そうだ、残る高校最大イベントは大学受験だ。決して成績の悪くない伊中と言えど、やはり受験に関して最後まで手を抜く事は出来ない。
人生とはどこでどう思いも寄らぬ事が起きるのか分からない。
『伊中、預言する。お前はこれから俺と同じ失敗をするだろうし、お前が30歳になった時、多分俺と同じ事をするだろうさ。何故かって?俺と似ーてーるからだーよ!』
そう、昨日出会った卒業生に懇切丁寧に教わったばかりだ。正直、腹の立つ教えだったが、伊中は朝の占いをきちんと見て学校に来るタイプだ。そして、地味にラッキーアイテムは意識して持ったりするタイプでもある。
その為、忘れたくともその優秀な頭が許してはくれず、無視したくともその性格が許してくれなかった。
「くっそう、橘庄司のヤツ」
伊中が昨日の金平亭での出来事を思い出して、なんとも言えない気分に浸っている時だ。
ピロン
伊中の携帯がメッセージを告げる軽い音が響かせた。普段なら校舎内で携帯を取り出したりはしないのだが、その時は妙に急かされるような気分で、携帯をポケットから取り出した。
「橘庄司のやつぅぅぅ!」
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伊中、受験勉強頑張ってる?
俺は今日は半休取って宮古と遊んでます。志望校受かるといいね! オウエンシテル!
あと、クラウドファンディングの件、あれ全校生徒に周知する時の資料、俺まとめて作ってあげてもいいよ!多分俺のが上手いから!いつでも後輩の応援するからね!じゃ!
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文面と言い、メッセージに添付された兄とのツーショットと言い、それら全てが伊中の神経を逆撫でするものだった。多分、背景からすると金平亭だろう。
「宮古のやつ……こんなオッサンににデレデレして!恥ずかしくないのか!?」
「ほほぉ、二人は今金平亭か」
隣からメッセージを覗き込んでくる坂田も、1日の疲労と空腹で若干の羨望を画面の二人へと向けている。伊中とて二人が並んで食べているクラブハウスサンドが食べたい。
「よし、今日やる事は終わったよな?坂田」
「終わったな」
「俺の言いたい事、お前なら分かるよな」
「もちろんだ」
「よし、じゃあ俺達も――」
ピロン
またしてもメッセージを告げる音。また橘庄司か。今度は何だ。
そう、伊中が眉を顰めて画面を覗き込むと橘庄司のメッセージルームに追加メッセージはない。
まさか、そう伊中が思って新着メッセージへと飛ぶと、そこには予想通りの相手からの最短メッセージ。
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来んな
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「宮古……」
「宮古だな」
二人はメッセージの送信相手に共に呆れたような声を上げると、同時に顔を見合わせてニヤリと笑ってやった。
「坂田、俺の言う事はもう分かってるね」
「もちろんだ」
「よし、じゃあ」
「金平亭に行こう!」
二人は空かせた腹の勢いに任せ、一気に校舎を駆けだした。
さて、今日は何を橘庄司に奢ってもらおうか。社会人で大人で先輩だと何かにつけて口にしてくる死ぬほど大人気ない大人なのだから、受験勉強で疲れた後輩に何か奢るのは当然だろう。
「さぁて、宮古がどんな顔するか楽しみだなー!」
橘 伊中は残り少ない高校生活の中、また一つ楽しみを見出して共と友に駆け出したのであった。
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