蛇足
4
いつになく真剣な蛭池の言葉に、彦星は目をしばたかせながら蛭池を見た。
「んー、聞きたい事って何だよ?池ちゃん!」
「彦坊……お前、楓の事……好きか?」
「なんだよ!そんな事か!好きに決まってんじゃん!大好きだよ!」
そう言って無邪気に笑う彦星に蛭池はたたみかけるように問いかける。
「それは“友達”としてか?」
「……?何言ってんだよ池ちゃん?オレと楓は“大親友”だぞ!」
大親友。
彦星の放ったその言葉に蛭池は妙な違和感を感じざるを得なかった。
いや、考えてみれば今までもそうだった。
楓に対しての彦星の異様な執着。
そしてそこから放たれる彦星の“大親友”という言葉。
引っかかる。
妙に引っかかる。
仮定しよう。
もし彦星が今まで恋というものをした事がなかったとしたら。
今までの女性遍歴は全て自分の性欲を満たす為だけの行為の積み重ねだったとしたら。
そして、彦星自身。
そんな自分の感情に気付いていないのだとしたら。
彦星は
楓に一目惚れしていたのだとしたら。
それが
初恋だったとしたら。
わからないのではないだろうか。
気付かないのではないだろうか。
自分の気持ちに。
恋愛は“男”と“女”がするもの。
いくら常識の欠如している彦星でも、それくらいの事は固定観念として頭の中にあるのだろう。
性行為という行動において、実践的にその常識を頭の中に固めた彦星は特にその傾向が強い。
だとするとどうだろう
自分の中に突然現れた“楓”という男に対する感情に彦星は上手く対応できなかったのではないだろうか。
恋愛は男と女がするもの。
その彦星の中にある固定観念は、楓という男を友達の最上位に当たる“大親友”へと分類せざるを得なかった。
自分の中の楓に対する欲望と、彦星の中にある常識が僅かなズレを生じさせ、彦星に妙な気持ちのブレを与えている。
そう考えれば、蛭池自身、いま彦星に対して抱いている妙な違和感も上手く説明がつく。
要は彦星自身、わかっていないのだ。
楓への自分の気持ちに
「(ったく……彦坊には全く適わねぇぜ)」
蛭池は自分の目の前でニコニコと笑う幼なじみに対して内心ため息をついた。
このまま、気付かせずにいた方が彦星に対しても……そして楓に対しても良いのかもしれない。
一般常識という名の安全地帯にずっと居る事ができるのだから。
しかし、もしも
もしもこのまま放っておいて彦星がいつか自分の気持ちの歪みに耐えきれず暴走したとしたら
それは双方にとって、かなり最悪な結末になるだろう。
「(……気付かせるのが一番いいのかもしれねぇな)」
蛭池は小さく息をついた。
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