蛇足
2
「…大丈夫なんて……そんな無責任な事……言うな」
楓のただ優しさのみを含んだ笑顔に、よしきは眉を寄せながら小さく呟いた。
そんなよしきに楓は困ったように笑うと、ゆっくりとよしきの頭に手を伸ばした。
次の瞬間、頭上へと降り注いだ優しく頭を撫でられる感覚に、よしきはピクリと肩をゆらす。
「きっと、よしき君の良い所は……素直に人の話を聞けるところだね」
「…は、なにそれ?」
突然楓の口から放たれた言葉に、よしきは怪訝そうな目で楓を見た。
「あんた、一体この短時間でどこに俺を素直だって言える要素があったわけ?」
“素直”など生まれてこのかた言われた事がない。
よしきは頭を撫でる楓の手を払いのけたかったが、その手は存外心地よく、払いのける事ができずにいた。
「キミは昨日家庭教師に言ってたね。“あんたじゃ俺に何も教えられない”って」
「…………」
「確かに、言葉は悪いし態度も悪かったけど………あの言葉は、相手の教え方をキチンと聞いて吟味しないと出てこない言葉なんだよ」
「……俺は…別に」
「ただの嫌がらせであんな事を言うにしては、よしき君の目は必死だった」
「………っ」
顔はよしきの頭を撫でながらそう言うと、昨日のよしきの目を思い出していた。
見下したような態度
嘲笑うような目
だが、その目にはどこか必死さがあった。
焦りがあった。
“あんたじゃ俺に何も教えられない”
その言葉の裏には、よしきの必死な隠しきれぬ想いがあった。
あんたも教えてくれないのか
なぁ、誰か教えてくれよ
お願いだから、
お願いだから
誰か俺に“教えてよ”
「他人に教えを請える人は、成長できる人だ」
“教えて”と言える素直な子は沢山の事を学べる。
「…………」
「だから……よしき君は他人の教えを素直に聞ける、成長できる子なんだよ」
だけど
「…………」
「だけど……キミには足りないものがある」
楓がそう口を開いた時、よしきは一気に目を見開いて楓を見た。
楓の言葉がグルグルと頭を巡る。
自分に足りないもの。
足りないとは何だ
勉強時間か
優秀な家庭教師か
もっとレベルの高い塾か
どれだ……?
「足りない……もの?……何だよ、それ。俺に足りないものって何だ!」
よしきの食ってかかるような問いに楓は少しだけ悲しそうな表情を浮かべると、小さく口を開いた。
「“ソレ”だよ」
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