蛇足
6
「ごめんなさい」
そう言って必死に謝る楓を、よしおは顔を真っ赤にさせながら見つめていた。
楓は先程から何かを必死に訴えているようだったが、よしおはそれを全く聞いていなかった。
よしおには今楓が自分を見ているという事だけが、ただひたすら事実だった。
そして、その事実は今まで胸のうちに巣くっていた理解し難い程の苛立ちをもきれいに消し去ってしまっていた。
「………よしおくん?」
何も反応を返さないよしおに、楓は不安そうな顔でよしおを見上げた。
「〜〜〜っ!」
その瞬間、よしおの心臓は破裂するかという程一際大きな鼓動音を響かせた。
体中が脈打って熱くて熱くて仕方ない。
「(…やっ…ヤバい)」
よしおは自分の中で何かがキレてしまいそうになるのを必死でこらえ、こちらを見つめてくる楓から目をそらした。
このままでは
このままの状態では
そう自らの告げる己の中の警報によしおは次の瞬間叫んでいた。
「近寄るなよ!気持ちわりぃ!」
「っ!」
よしおの声は自分自身の鼓膜に響いた。
しかしそれにも増して小さく飲み込まれた楓の悲鳴は、更によしおの耳に響き渡っていた。
やってしまった…
よしおは自分の叫んだ言葉に呆然となりながら、自分の体の温度が急激に冷えていくのを感じた。
楓も楓で一瞬目を見開いた後、一気に血の気の引いたような真っ青な顔色へと変化していた。
「ご……ごめん」
そう小さく呟くと楓は一歩、また一歩とよしおから後退りをした。
少しずつ生まれていく自分と楓との空間に、よしおはどうする事もできなかった。
その空間は、今まさに自分と楓との気持ちの距離をも如実に表しているようで、よしおには耐え難かった。
だがここで自分から楓との距離をまた縮める事はよしおには出来なかった。
近付けばまた自分はおかしくなる。
体が熱くなる。
言う事を聞かなくなる。
どうする事もできなくなる。
だからよしおはただ傷付いたような表情で自分から離れる楓を
ただ見つめる事しかできなかった。
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