蛇足
彼のバイト先
「えーと……、よしお君のバイト先って……ここ?」
「………なんか文句でもあんのかよ」
「いや……文句はないよ……ただ、意外なだけ」
楓はそう言うと目の前にある建物をジッとみつめた。
それは少しおしゃれな洋風の建物で、入り口には様々な種類の花が並べられていた。
それは店の中も同じで、色とりどりの花が所狭しと並べられているようであった。
フラワーショップ
くるるん
そう丸っこい字で書かれた木の看板は、その洋風の外観によく合っていた。
これは女の子が見たら必ず足を止めて見入ってしまうだろう。
そのくらい可愛い店だった。
「よしお君のバイト先って……花屋だったんだね?」
楓が店から視線を離す事なくよしおに尋ねると、よしおは眉を潜めた。
「ぜってー学校の奴らには言うなよ」
「………なんで?」
まぁ、なんとなく予想はつくが。
うちの学校でキレやすいと名高いよしお君が、こんな可愛らしい花屋でバイトとは……
多分友達のたける君達も知らないよしお君の最重要機密なんだろうな。
「言えるわけねぇだろーが?!花屋だぞ?!しかもくるるんって意味わかんねぇだろ?!ぜってー笑われるに決まってんじゃねぇか!!」
「確かにくるるんはよく意味がわからないね」
でも問題はそこじゃないだろ。よしお君。
「つーわけでぜってー学校では言うなよ?」
そう言ってバツの悪そうな顔を浮かべるよしおに楓は思わず笑ってしまった。
「言わない言わない」
「ぜってーだぞ?!言ったらマジでぶっとばすからな!つーかテメー何笑ってんだよ?!」
「ごめん、ごめん。あんまりにもよしお君が必死だから……。でも俺は好きだけどなぁ。花屋」
楓が威嚇してくるよしおに苦笑しながら言うと、よしおは途端に顔を真っ赤にした。
「好きとか簡単に言ってんじゃねぇよ!」
えぇ?!
そこで切れちゃう感じなの!?
沸点が低いにも程がるよ、よしお君。
いきなり怒鳴ってきたよしおに楓が困ったような表情を浮かべていると、よしおは顔を楓から逸らした。
「さっさと面接すんぞ!お前が今日じゃねぇと今週は無理っつったんだからな!」
「う、うん。ほんとこっちの都合でごめん」
だって今週は今日しか彦星バイト入ってないんだよ。
バイト決定する前に彦星にバレたらいろいろ面倒な事になるし。
はぁ。
「ほんと急でごめん。お店の人にも迷惑かけちゃったよね……」
楓の申し訳なさそうな楓に、よしおは眉を潜めた。
「謝んな、別にこっちがいつでもいーっつったんだからよ。あいつら普段はクソ暇だしな」
あいつら
その言葉に楓は首を傾げた。
バイト先の人を普通そんな風に言うだろうか。
うん、言うだろうな。
相手はよしお君だし。
TSUTAYA学園のキレプリンスだし。
つーか、よしお君にとっては多分自分以外はみんな、あの野郎この野郎って感じなんだろう。
礼儀は日本の美徳なのに。
楓は可愛らしい店に入るよしおの背中を見つめながら、日本の未来を危ぶむのであった。
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