蛇足
思わぬ誘い
彦星がジトリとした視線を楓に送ってくる中、突然彦星のポケットからケータイの着信音が流れ始めた。
「もしもーし!あテンチョー?えー!オレ今日バイト無しだったじゃん!」
お前……曲がりなりにも電話の相手は“店長”なんだろ?!
敬語使え敬語!
それとも何か?!
今電話している相手は“てんちょう”という名前のお友達か?!
楓が内心彦星の社会常識のなさにツッコミまくっていると、彦星はふてくされたようにケータイを切った。
「ちぇー、今日は楓とゆっくり帰ろーと思ってたのになー!」
「彦星、バイト?」
「うん、なんかさー他のバイトのヤツが急に来れなくなったんだってー。てかテンチョーいっつもそんな時オレに電話してくんだよなー!なんでだよ、もー!」
それはな、彦星。
お前が一番暇だと思われてる証拠だぞ?
「じゃあ彦星急がなきゃね?バイト遅刻しちゃうよ?」
よっし、今日は一人でゆっくり帰れる!と喜びを内に秘めながら彦星に帰宅を促すと、突然彦星が俺にガバリと抱き付いてきた。
「ひ……彦星。くるし……」
しかもかなりの力で。
「うー、行きたくないー!今日は楓と一緒に帰るんだー!」
だったら断れよ!と俺は内心思ったが、それを口に出すことはなかった。
そんな事を言って彦星が断りの連絡など入れだしたら面倒だ。
今日は俺は一人で帰りたい気分なのだ。
彦星には是非ともこのままバイトにお出になって頂きたい。
楓は自分より頭一つ分程背が高い彦星に抱きつかれていろいろ苦しかったが、ポンポンと彦星の背中を叩いてやる。
「彦星、バイト頑張ったら夜ご飯俺が彦星の好きなハンバーグ作ってやるよ。」
「ほんとか?!」
彦星は抱きついていた力を緩め、俺の顔を見下ろしてきた。
うん、何回経験しても彦星より小さいっていうのはムカつくな。
「あぁ。だからバイト頑張って来い、な?彦星」
俺がそう言うと彦星は顔をパァァァと輝かせた。
「わかった!オレバイト頑張ってくる!」
そう言うと彦星はあっさりと楓を抱き締めていた手を離した。
「じゃ!楓、俺今からバイト行ってくる!」
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