御免こうむります
一足先に、野生での弊害報告
『テメェ、また俺の縄張りをうろつきやがって』
『やぁ、ぼす。こんにちは』
『変な呼び名で俺を呼ぶんじゃねぇ!この化け物が!』
そう、塀を歩いていた俺の前に立ちはだかったのは、現在のこの辺りを仕切る猫だ。
彼は右目に大きな傷のある猫で、体もとてつもなく大きい。
鳴く声も猫のものとは思えない程低い。
そんな彼を俺は「ぼす」と呼んでいる。
近所の人間の子供らが彼の事を「ぼす」と呼んでいたので、俺もそう呼ぶ事にした。「
ぼす」という音の響きがとても彼に似合っているようで、俺は気に入っている。彼がどう思っているかはわからないが。
不思議な事に、人間の言葉を理解するまでは名前や呼び名など意識した事もなかったのに、今では名前がないと不便と感じる。
呼び名がなければ相手を認識する手段がなくなってしまうのではないかという程、あやふやな気持になるのだ。
だから、俺は今一番俺に接触のある彼の名前を「ぼす」にした。ぼすはそう呼ぶと怒るのだけれでども。
『やんのか!あ゛ぁ!?』
シャーと俺に対して威嚇を行ってくるぼすに俺は「またやってしまった」と視線を地面に落した。
俺はぼんやりと考え事をしたまま、自然とぼすの目を見つめてしまっていたようなのだ。
これが、人間を知り、深く関わるようになった代償。
猫である俺の行動が、人間の真似をするうちに人間のソレが移ってきてしまった。それが、猫の世界のタブーだろうがなんだろうが。
無意識とは恐ろしい。
だって、人間は他人と話す時目を見て話すから。
だから俺も自然と見る癖がついた。
喧嘩なんて売ってるつもりは少しもない。
『すまない。そういうつもりじゃないんだ。ただ、あいさつをしたかっただけなんだ』
『あぁ?あいさつだぁ?どこがだ!テメェは俺にたった今喧嘩をふっかけやがった!俺の縄張りで、だ!それがどういう事かテメェも化け物だろうが同族ならわかる筈だ!』
『いや、だから。ちがう!』
俺は興奮気味に俺に食ってかかるボスの目から自分の視線が合わないように低くする。
睨み合いが続けば必ず喧嘩に発展する。
そうなる前に、こちらに敵意がない事をもっと明確にぼすに示さなければならない。
俺はその場に蹲るように座り込み尻尾を足の間に巻きこむと、ぼすに降参の意を示した。
『テメェ……化け物が、俺を馬鹿にしやがって!クソが!』
『ちがうったら!』
なのに、ぼすは更に俺に食ってかかる。
その拍子に俺はまたしてもやってしまった。
敵意が無い事を示すため蹲って視線を逸らしたのにも関わらず、俺は思わずぼすの目を見てしまったのだ。しっかりと重なるぼすと俺の視線。
その瞬間、ぼすが俺に向かって飛びかかって来た。
俺はそれを塀の上からひょいと道路に飛び出して避ける。
『今日こそテメェをここから追い出してやる!』
『俺はこの縄張りにはもう興味はない!ただ通ってるだけだ!ほんとうだ!』
『その首根っこ噛みちぎってやる!!』
聞いちゃいない。
地面に着地した瞬間、俺はちぎれんばかりに足を動かした。障害物を避けながら周りに隠れられる場所がないか探す。
ここは元、俺の縄張りだ。俺の把握できていない場所などない。
しかし、それは今俺を追いかけ回すぼすとて同じ事。過去の縄張りの主と現在の縄張りの主。
分があるのはぼすだ。
このままでは俺はボスのあのカギヅメで引っかかれてしまう。
それは嫌だ。
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