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御免こうむります
一足先に、観察結果報告


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「ぶーちゃん、今日も綺麗に食べましたねー」

「にゃあ」

俺は今もまだ“変な猫”のままだ。

あの日、あの朝、あの子供が俺の頭を撫でてからどれだけ時間が経ったか知らないが、最早普通の猫が生きていられる寿命をとうに超えてしまった事だけは確かだ。

何故なら俺の後に生まれた子猫どもが俺より先に死んでいったからだ。
事故とかそういうのではなく、ちゃんと爺さん婆さんになるまで生きて死んだのだ。

それも1回や2回の話ではない。5回くらいは、そういうのを繰り返した。

だから、もう俺は自分で自分を“変な猫”だと言うようにした。
まぁ、この呼び方も人間の言葉を理解できるようになってから自分で考えてつけた呼び名だ。
それまでは、俺は自分が“猫”という存在である事も知らなかったのだから。

「にゃあ。にゃあ」

「あらあら、本当にぶーちゃんはお利口さんだこと」

俺は婆さんに向かって『ありがとう』と頭を下げた。

人間は他人に何かをしてもらった時に『ありがとう』という音の羅列を必ずと言っていいほど言う。
そうして、頭を下げる。

俺が変な猫になって人間の言葉がわかるようになってから、俺はそれがおもしろくて、昔よりよく人間達の中に紛れ込むようになった。
そうしたら、自然とそういう事が分かるようになったのだ。

それがまた、俺にとっては面白かった。

『ありがとう』は何かしてもらった時に言う言葉。
けれど、頭を下げるのは人間、色々な場面でする。
例えば。

「あら、ミソノさん、こんにちはー」
「堀田さん、こんにちはー。今日はあったかいですねぇ」

こんにちは、と言う時。
今、婆さんに話しかけてきたのは此処からちょっと行った先の四つ角の右側にある家の“ほりたさん”だ。ほりたさんは婆さんに頭を下げると、俺達の居る所までやってきた。

婆さんとほりたさんこうなると話が長い。
俺はニコニコと婆さんを見て喋り始めたほりたさんを見上げて、この光景は何度見てもおもしろいと内心頷くのだ。

人間は他の人間に会うと必ず“こんにちは”とか“おはよう”とか言う。
少し長いやつだと“いつもお世話になっています”という時もある。

最初、俺はその言葉を長話をする前の言葉だと思っていたが、実はどうやら違うらしい。

他の人間を見ていると特にそれ以上話す事なく、すれ違いざまに互いの顔を見て「こんにちは」と言って頭を下げるだけでそのまま別れる事も多い。

俺はそんな人間の動きが面白くてたまらないのだ。

猫は人間のように他の猫にあっても目を見て声をかけたりしない。
まず、野良ネコというやつは互いに目を見る事自体しないのだ。目を真正面からジッと見るというのは喧嘩売る時くらいなもの。
誰彼となく目を見るのは無礼者だ。

俺達猫の挨拶は互いの距離感を測りながら匂いを嗅ぐ事で行われる。
けれど、人間は他の匂いを嗅いだりしない。俺が見た事がないだけかもしれないが。

俺が見て来た人間の挨拶は、あぁやって目を見て「こんにちは、いつもお世話になっています」とかなんとか言って頭を下げるのだ。
それが俺には珍しくて仕方ない。

俺はペチャペチャと俺のわからない事を話し始めた婆さんと、ほりたさんに背をむけるとゆったりと道路の脇を歩いた。
途中、人間の家の塀に飛び乗って家の中の人間を観察しながら歩く。

掃除をしたり、しかくい箱を見て笑ったり、寝ていたり。

とにかく人間のやる事は多種多様でおもしろい。

だから、俺もあぁやって人間に混じって人間の真似をしている。
けれど、そのせいでたまにやっかいな事になったりする。



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