御免こうむります 一足先に、ごちそうさまでした 俺は一人で、もう大分まっくらになってしまった空の下を鼻をふんふんさせながら歩いていた。 鼻をふんふんさせているといっても、今の俺は人間なので、猫の時のようにこまかく鼻は動かない。 けれど、これは俺の癖のようなもので、俺は人間になっても知らずに鼻をふんふんさせていた。 ふんふんさせながら、先程まで食べていたますたーの幸せなごはんや、アカやみんなとのおしゃべりを思いだして体がフワフワするような楽しい気持ちになっていた。 俺はふわふわの中、目を閉じて「ふふふ」と空に向かって笑った。 ----------- ------- ---- やっぱり、ますたーの作ったごはんはおいしかった。 今度のごはんは「びーふしちゅー」というもので、色は全体的に茶色で、上に白い色をしたものがさーっとかかった食べ物だった。 食べてみると、これはとても不思議でアツアツのごろごろだった。 俺はアツアツなのが苦手なのだが、俺は余りのおいしさに、熱いのに「はふはふ」なりながら一気に食べてしまった。 そして、何がごろごろかというと、中にはたくさんの食べ物が大きなままごろごろ入っているのだ。 その中でも何が一番嬉しかったかというと、ごろごろの中にはお肉も大きなままごろごろしていたのだ。 お肉はあまり食べられないけどおいしいから大好きだ。 びーふしちゅーの中のお肉は口の中に入れると、じゅわっとして中からびーふしちゅーの味とお肉の味が出てきて、そして次の瞬間にはサッと口の中からなくなってしまうのだ。 アツアツのとろとろですぐになくなってしまうけれど、お肉を口に入れた時は思わず「あぁぁああ」と叫んでしまった。 猫でいうと「にゃぁぁぁぁぁぁ」と言ったところだろうか。 おいしくて、しあわせで、人間の姿なのに俺は思わず無意味に鳴いてしまったのだ。 「にゃぁぁぁぁぁぁ」ではなく「あぁぁああ」だったけれど。 ますたーは俺の声にびっくりしていたけど、すぐに俺が「おいしくてしあわせー」と言ったら、最初みたいな怖い顔じゃなくなったから、少しだけうれしかった。 隣で同じ「びーふしちゅー」を食べていたうさみさんも俺の言葉にうんうん頷きながら「幸せねぇ」と言っていた。 そしたら、ますたーは俺が言った時よりもっと嬉しそうな顔をしていた。 ますたーはごはんを食べていないのに、ますたーも「おいしくてしあわせー」な顔だったのが俺にはおかしくてにこにこになってしまった。 アカはというと、最初は金ピカやべちゃべちゃの所に居たのだが、いつの間にか俺の隣の席に座っていた。 そして何故か俺のごはんを食べているのをずっと見ていた。 じぃぃぃぃっと見てくるアカの目が怖くて、けれど、アカがこうやって俺のことをじぃぃぃっと見てくるときと言うのは、決まって俺にかまって欲しい時だ。 けど、子猫の頃は違った。 いつもいつも「あにき、あにき」と俺の周りをころころ転がっていた。俺の尻尾を追いかけ、俺の背中に飛び乗り、俺の腹にぐりぐりする。 子供の頃は全身全霊で「かまって、あそんで」の嵐だった。 けれど、アカが大人になってからはさすがにそんな事はしなくなった。 ただ、甘えたい時はじーっとじーっと俺の方を見る。 俺が知らないフリをしていても、俺が反応するまでじーっと俺を見るのだ。 だから俺が途中で折れて「おいで」というと嬉しそうに俺に飛びかかるのだ。 子供の時の気持ちのままじゃれつかれるのは、本当に大変だった。 そんな大人の猫になってからの行動と、今のアカのソレはそのままそっくりだった。 最初は俺も食べるのに夢中で無視していたが、余りにも俺の方を見て来るので、俺も昔のように折れた。 「ほしいの?」 「いらねぇよ!?テメェの食いかけなんか!?ふざけんな!殺すぞ!」 せっかく話しかけたのに、アカはカッと目を見開くと俺を怒った。 どうして俺が怒られないといけないのだろう。 どうしてアカは俺が人間の姿の時はこんなに怒るのだろう。 俺は隣で何やらゴチャゴチャと言い始めたアカをほっといて、ますたーのおいしいごはんをガツガツ食べた。 そして、ぜんぶ綺麗に食べた後、俺は猫の時のようにお皿にくっついているびーふしちゅーに向かってぺろりと舌を出した。 最後まで食べないともったいない。 ぺろぺろして全部食べないと、そう思って俺が本格的にお皿に舌を伸ばした時だった。 「やーめーろっ!」 「った!」 俺は突然頭の上に走った激痛にお皿をガランと机の上に落としてしまった。 痛みの原因と、声の主はもちろん隣に座っているアカだ。 どうしてだ、どうしてアカはこんなに俺を怒るんだ。 「どうして、どうして舐めたらダメなんだ。最後まで食べたいのに」 アカは俺にいじわるをしているんだ。 そう思った俺はアカの言葉を無視して、またしてもお皿に向かって舌を伸ばした。 けれど、今度は更に強い力で首根っこを引っ張られた。 俺は子猫のような扱いに更に気持ちがむっとした。 「もうっ!じゃまするな!」 「だーかーら!見苦しいっつってんだろうが!」 「見なきゃいい!」 「はぁ!?つーか、ガキや犬や猫じゃねぇんだ!恥ずかしいと思わねぇのか!?」 そう、アカに怒鳴られた瞬間、俺ははたと体が止まってしまった。 あれ?人間の大人はぺろぺろしちゃダメなのか? もしかしたら、俺は人間はしない事をしてしまったのか。 俺が少しだけ冷静になって、ますたーやうさみさんに目をやると、二人共困ったような顔で俺を見ていた。 今の俺はおかしかったのか。 「ニート君ったら、お行儀が悪いわよ」 「うまいのはいいが、皿まで舐めるな気色悪い」 そう、二人してアカと同じ事を言う。 お皿をペロペロは、犬や猫や子供はするけど、人間の大人はしてはいけないのか。 俺は改めて自分の人間の手を見ると、ごくりと唾を呑んだ。 気を付けなければ、今は俺は人間だ。 “変な人間”なんて思われたら駄目だって思ったばかりだったのに。 俺は顔を上げて、まだお皿にべったりとくっついたびーふしちゅーを見下ろす。 あぁ、もったいない、もったいない。 まだまだ、おいしい味があそこにはあんなにあるのに。 人間の大人は舐めちゃだめなのだ。 理由は“お行儀が悪くて”“見苦しくて”“気職悪いから” 俺は未練を残しながらもお皿から目を離すと、先程まで俺を怒鳴っていたアカに目をやった。 アカは俺にいじわるしてたわけじゃなかったんだ。 アカは俺に“正しい事”を教えてくれていた。 どうも俺はアカは自分が育てた過去があるせいで子供のように扱ってしまう。 けれど、人間でいる時間はアカの方が遥かに長いのだから、アカの言う事の方が正しいに決まっている。 俺はもっとちゃんと人の話を聞かなければならなかった。 俺はジッと見つめる俺に戸惑うアカに対して「アカ」と思わず口が呼んでしまいそうなところを寸でのところで堪えた。 そういえば、アカは俺がつけた猫の俺が呼ぶ名前だった。 もし、ここで俺がアカを“アカ”なんて言ったらすぐに俺が変な猫の“キジトラ”だとバレてしまう。 アカの人間の名前はなんと言ったろうか。 長くて言いにくい、名前で。 うさみさんや金ピカ達はどう呼んでいただろう。 「タカミヤヤスタケ」 「っ」 俺がジッとアカを見ながら思いだした名前を口にした。 口にした瞬間、アカの目がこれでもかというほど開いて俺を見て来る。 何か文句を言われるかと思ったけど、そういう気配はない。 あぁ、やっぱり“タカミヤヤスタケ”は言いにくい。 「ありがとう、教えてくれて。俺がダメだったんだね」 俺はアカに“ありがとう”を言った。 ありがとうは何か貰ったり、してもらったり、いろんな時に言う言葉。 だけど、これを言うのにルールは余りなくて「いいたいな」と思った時に言うのが正解なんじゃないかと、今日一日で俺は思うようになった。 「ありがとう、タカミヤヤスタケ」 もう一度俺が言うと、今まで目を見開いていたアカは急に顔を真っ赤にし始めた。 「っあ、あ」 「どうした?顔があかい」 毛の色とおそろいだ。 俺がそう思ってアカを見ていると、アカは突然俺の頭を思い切り叩くと「あぁぁぁあもう!」と、俺より激しい声で叫んだ。 いたい、なんで俺は今叩かれたのだろう。 「ありがとう」には「どういたしまして」だろ。 しかし、アカは顔を真っ赤にしたままふいと俺から顔を逸らすと、席を立ってまた金ピカやべちゃべちゃの所へ戻ってしまった。 「どうしたしまして」と俺に言ってくれなかった。 俺が意味の分からないアカの行動にポカンとしていると、アカとは逆の方の隣に座っていたうさみさんが俺の肩をポンポン叩いて言った。 「ほっときなさい。難しい年頃なのよ、アイツは」 「そっかー。むずかしいとしごろかぁ」 俺はうさみさんの言う言葉を繰り返して頷いて前を向くと、丁度マスターが俺の前のまだまだおいしいびーふしちゅーがべったりとついたお皿を下げていく途中だった。 あぁ、もったいない、もったいない。 そう、俺がとてもモノ欲しそうな目をしていたのだろう。 ますたーは呆れたような顔で俺を見ると「あー、わかったよ」と、髪をガシガシ掻きながら言った。 「また作ってやるから、んな顔すんな」 「ほ、ほ、ほんとう!?」 「金さえ払えばな!」 「やったー!ますたー。ありがとう。ふふふ」 俺はますたーの言葉でにこにこが止められずに笑った。 ますたー、また作ってくれるって言った。 ますたーは優しい。 みんな、やさしい。 俺はほわほわする気持ちを体中に感じながら、ずっとにこにこをしていた。 今日は初めて人間から「ありがとう」を言ってもらったし、俺はたくさん「ありがとう」を言った。 とてもフワフワな日だ。 その後、俺は「店に戻るわね」と言ってお店を出るうさみさんと一緒にお店を後にした。 だから今日子供がしてたみたいに、ますたーにもアカや金ピカやべちゃべちゃにも手を右左にふりふりして出た。 そしたら、ますたーは変な顔をしていたし、アカはこっちを見てくれなかった。 けど、金ピカやべちゃべちゃはフリフリし返してくれた。 お店を出ると同時にうさみさんも「私は買い物があるから、ここでね」と俺に手をふりふりして、味坂商店街から出ていった。 だから俺もふりふりし返して「かえろー」と、来たように味坂商店街の中を歩きながら帰った。 [*前へ][次へ#] [戻る] |