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御免こうむります
一足先に、おいしいごはんを目指して
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「あぁぁぁ!」

俺は目をぱっちりと開いて、ある建物を見つめていた。
隣では俺の突然の大声に驚くキンキンのメス。
もとい、うさみさん。
このメスの名前は“うさみさん”という事が先程わかった。
何故、今更名前が分かったのかというと、メスが別のメスにそう呼ばれていたからだ。

うさみさんはあの後、味坂銭湯を“ばいとのアンちゃん”というこれまた違う若い人間のメスにお願いして、銭湯を後にした。
ばいとのアンちゃんは毛がメスなのに短くて、とても背の高いメスだった。
でも、俺を見た瞬間「は、は、ははろー!」と顔を真っ赤にしながら言ってきたので、ばいとのアンちゃんは面白い子だ。

ははははろー、とは何だったのだろう。
未だによく分からないが俺も同じように「ははははろー」と返しておいた。
けれど、うさみさんが「日本語通じるから」と言った瞬間、ホッとした顔をしていた。
俺は未だに言葉が通じない人間同士というものが、いまいちピンとこないがばいとのアンちゃんの様子からすると、言葉が通じないのは顔が真っ赤になってしまう事なのだろう。

そんな感じで俺とうさみさんはばいとのアンちゃんに銭湯の店番を任せると、美味しいご飯を求めて歩いたのだ。
歩いたのは俺もよく知る味坂商店街。
最初、俺は自分がここに入ったらまたぼす達に追いかけられるんじゃないかとドキドキしたが、その心配はすぐになくなった。

すぐに忘れてしまうが、俺は今は人間のキジトラだった。
猫ではない、人間だ。
だから、心配ないのだ。

そうやって、俺は初めての人間で初めての味坂商店街をうさみさんと一緒にブラブラと歩いた。
いつもの風景なのに人間の目で見ると、全てが一味違って見える。
目線が高いせいだろうか。

そんな新鮮な味坂商店街をどんどん進んで、あれ、ここは昨日も見た事ある場所だぞ、と思った時には俺は叫んでいた。

「俺!ここ知ってる!」

「あら?そうだったの?おいしいわよねぇ、ここのごはん」

ここは昨日アカと来たますたーのお店だった。
店の周りには昨日同様たくさんのツタがまきついている。
昨日はこの外観に本当においしいものなんかあるのだろうか、なんて不安になったものだけど俺はもうますたーのごはんがおいしい事を知っているから安心だ。

うさみさんが店の扉に手をかけ、あのカランカランを響かせて店の中に入る。
俺もうさみさんに続いて店へと入った。
入る時にチラリと見えたが、店の脇には昨日アカが乗ってたみたいなばいくがたくさん並んでいた。

「こんにちはー、マスター」

「あ、宇佐美さん。どうも、いらっしゃい」

昨日同様ますたーは、あの狭いところでくるくる動いていた。
けれど、うさみさんを見た瞬間その動きをピタリと止め、昨日は一回も見る事がなかったにこにこをこれでもかというくらい浮かべていた。
ますたーは何か良い事でもあったのだろうか。
にこにこだ。

「マスター、この子にとびっきり美味しいもの作ってあげて」

「……この子?」

そう、ますたーは一瞬眉を寄せると、うさみさんの後できょろきょろしていた俺に目をやった。
俺はというと昨日は目線が低くて気付かなかった、店の奥の方にある変な置物に目を奪われていた。
なんだろう、あれは。

「宇佐美さん、ソイツは?」

「あー、この子!この子はねぇ!ニート君!三国ケ丘大学の交換留学生よ。ほら、ニート君!マスターに何が食べたいか言って!」

俺は奥の変な置物に目を奪われていた俺は、突然バンッと背中に走った衝撃に目をパチリとさせた。
隣にはにこにこ顔のうさみさん、前には少しむっとしたますたー。
えっと。

「ますたー、おいしいのください」

「あいにく、俺の作る料理は全て美味しいので」

何が食べたいかなんて聞かれても、俺には人間の“りょうり”の名前は良く知らない。
だから、昨日みたいに「おいしいのください」って言ってみたけれど、ますたーは何故か俺に対して冷たい目を向けてくる。

どうしてだろう、昨日はこう言ったらすぐに作ってくれたのに。

「あはっ、言うねぇ。マスター。確かに、マスターの料理はどれも最高よ!」

言いながらうさみさんは俺の腕を引っ張って、昨日座ったまっすぐの席に座った。
俺は昨日と全く同じ席に、昨日は猫、今日は人間で座っている。
どうしよう、なんて言おうかと俺が考えていると、うさみさんが助けてくれた。

「ビーフシチューにしたら?ビーフシチュー!私マスターの料理で一番好きなの、ビーフシチューなのよー!ね?そうしなさい!」

「は、はい!」

俺はお仕事をしている気分になって思わず「はい」と返事をすると、うさみさんは笑いながら向かい合わせに立っているマスターに「ビーフシチュー2つね」と言っている。
ますたーはうさみさんと話して居る時はにこにこなのに、俺にはにこにこじゃない。
なぜだろう。

「あっ、宇佐美さんじゃーん!なにー、隣の外国人、宇佐美さんの彼氏―?やるぅ!」

「若いの捕まえてすげぇな。三十路パワー」

突然、店の奥から響いてきた声に、隣のうさみさんの顔がヒクリと動いた。
うさみさんのこういう顔はこわいと思う。
「はい」って言わないといけない気持になる。

「うっさいわ、中島、津古。あんたらまた学校サボってんの?出席日数とか大丈夫なわけ?」

「だいじょぶ、だいじょーぶ!安武と違って俺らはちゃんと計算してっから!」

「安武が一番留年に近い男だからな」

そう言って俺達に近づいてきたのは昨日の金ピカとべちゃべちゃだった。
アカの仲間。
だとすると、アカも此処に居るのだろうか。

「高宮?あの子、去年も留年だ何だって騒いでたのに、成長しないやつねぇ。というか、当の高宮は居ないの?」

「アイツ、昨日からまぁた連絡つかなくなっててさぁ」

「どうせ、兄貴でも探してんじゃねぇの?」

“あにき”
そう、べちゃべちゃが言った時、俺は毛がブワッとなるのを感じた。
そうだ、アカは今朝渡瀬神社で俺を探していた。
けど、俺は人間になっていたから、アカは俺だって気付かなかった。
今も、アカは俺を探しているのだろうか。

昨日、俺はアカから無視されたけど。
アカは俺の事をまだ“あにき”と呼んでいた。

「兄貴?高宮にお兄ちゃんなんていたかしら?」

「いやいや、ちがくて!“兄貴”は安武の飼いネコだよ」

「っつか、昨日の猫の喧嘩ヤバかったな。俺あんなん初めて見たんだけど。なんか、引くレベルの喧嘩だったわ」

「思わず桜台の奴らが居るの忘れて見入っちゃったもんねぇ」

金ピカやべちゃべちゃがそう言って昨日の俺とぼすとの喧嘩を思い出しながらウンウン頷いていた。
そうか、昨日の俺とぼすの喧嘩は皆、見てたのか。
ひくくらいすごかったって、どのくらいすごいんだろう。

俺がそんな事を思いながら視線を前に戻すと、その瞬間俺の肩がびくりと撥ねた。
睨まれている、ますたーから。
物凄い目で俺を見ている。
同時に俺を睨みつつも、昨日みたいにくるくる動き回って手や足を動かすますたーの手元からは良い匂いが漂ってきていた。

けど、ますたーの目は俺から離れない。

「…………」

「お前、宇佐美さんの彼氏っつーのはマジか」

「かれし?」

「マジかって聞いてんだよ。答えろガキが」

ますたーが俺を睨みながらぼそぼそ聞いてくる。
よく意味がわからない。
かれしってなんだ。
うさみさんのかれしってどういう意味だ。

「うさみさん」

「ん?なぁに、ニート君」

俺は金ピカやべちゃべちゃと笑いながら喋っていたうさみさんを呼んだ。
俺は猫だからよく分からないが、うさみさんならますたーの言ってる意味がわかるだろう。
うさみさんは俺に“はたらく”を教えてくれるから、きっと何でも知っている筈だ。

「俺はうさみさんのかれし?」

「ぶっ、っは!」

俺がうさみさんに直接聞いてみたら、今までくるくる動いていたますたーの動きがピタリと止まった。
そして、何故か変な声を出して咳き込んでいる。
もしかしたら、俺は変な事を言ったのかもしれない。

どうしよう。


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