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御免こうむります
一足先に、あさごはん(2)



『俺、これきらいだ。もう乗らん』

「うえええ。そんなに嫌でしたか!?」

『顔にブワブワ風が当たって息がしにくいし、耳に風がブワブワ当たってうるさい。それに、それが動いてるときの音はもっとうるさい。だからきらいだ』

そんな俺の言葉にアカは「俺は兄貴と一緒にツーリングできて楽しかったのに」と、これまた大袈裟に落ち込む。
そんなに落ち込んだって俺はもうコレには乗らん。
決めた。

俺は未だアカの腹の中でピンピンとする鼻の毛をフンッと落ち着かせた。
コレの名前はばいくというらしく、車と似たような人間の移動するためのものらしい。
人間は自分の足だけでは移動が遅いからといっていろんなものを作るから凄いと思う。
が、俺はばいくは嫌いだ。
確かに速いけど、それなら俺だって走れば人間よりたくさん速いのだから問題ない。

『おなかすいたー』

「そうっすね。まず飯を食いましょうか。兄貴何がいいっすか?何でもありますよ、ココ」

そう言ってアカがばいくを止めた所にあったのは、何やら古い石で出来た建物だった。建物の周りには緑のツタが張り巡っている。
ここに美味いものがあるようには全然見えない。けど、アカは嘘をついたりしないだろうから、きっと大丈夫だろう。

『味坂商店街にこんな店があるって知らなかった』

「まぁ、一番端っこですからね。それに、商店街の中っつーより奥まって見えないからもう商店街とは別モンっすよ」

言いながらアカは美味いもののある店の扉に手をかけた。
俺はというと、まだアカの腹の中だ。
ばいくは気に入らなかったが、アカの腹の中は好きだ。
目線がいつもより高くなるのが面白いし、人間の高さでモノを見ると、まるで人間になれたような気持ちになれて毛がブワブワする。
少し窮屈なのはモゾモゾしてれば我慢できる。
あったかいのもいいと思う。

カランカラン

そんな俺の思考の外では、アカが店の扉を開いていた。それと同時に、何かの音が聞こえる。からんからんというその音は、どこか味坂神社の紐を揺らした時に聞こえるソレと似ている気がした。

「マスター飯―」

「おいっ、まだ開店前だぞ」

「この店に開店時間閉店時間なんてあんのかよ。とにかく飯―」

「ったく、このクソガキ共が」

そう言って「ちっ」と舌打ちしたのは、人間の若い、けれどアカ達より年を取った大人だった。毛は黒で、短い。俺にサバの味噌煮をくれる“ミソノサン”がよくしてるような白い前掛けのようなものをしている。
名前は多分ますたー。さっきアカがそう呼んでいたから、きっとそう。

『ますたー。美味しいのください』

そう、俺が人間にはきっと「ニャー」としか聞こえていない言葉でお願いすると、それまで気だるそうに頭を掻いていたますたーが俺を見てギョッとした。

「っはぁ!?安武お前腹に何入れてんだ!?おいっ、お前ら!ちょっと来て見ろ!お前らのリーダーの頭がとうとう沸いたぞ!」

ますたーはぎょっとしたかと思うとすぐに「ぶはっ!」と笑い出し、同じく店の中に居たアカと同じような黒い服を着た人間達を手招きした。
“やすたけ”というのは確かアカの人間の名前だ。
そうすると、アカの腹に入っているものというのは俺という事になる。

「はー、なになにー。安武来たのー?ぶっは!ナニソレ!もしかして昨日のネコ!?」

「安武テメェ!昨日はよくもいきなりふけやがったな!?あのあと俺らがどんだけ苦労したと……くっは!なんだソレ!マジか昨日の猫かよ!?」

そう言って俺とアカの前にワラワラと寄って来る人間達。
どれもまだ子供だ。多分、アカと同じくらい。

何人も居るが一番目立つのはやはり最初に俺達のところにやって来た二人だろう。
最初のヤツの毛はキンピカだった。
ピカピカ光ってる。目がチカチカする。
そして次のヤツの毛は茶色、ちょうど渡瀬神社に雨が降ってべちゃべちゃになった時の土の色と似ている。

「テメェら!ソレソレソレソレ言って指さしてんじゃねぇ!兄貴に失礼だろうが!」

『こんにちは。いつもうちのこがおせわになっております』

俺は今まで聞いて来た人間の挨拶で一番長いやつを使ってみた。使い方は合っているだろうか。
まぁ、どうせ人間には「にゅああああ」って感じにしか聞こえていないだろうけど。
すると、俺を抱えていたアカが突然俺の耳の後ろに鼻をスリスリしてきた。

「何言ってんすか!兄貴!俺がこいつらの世話してやってんすよ!でも俺は兄貴んちの子っすよぉぉ!」

「っははははは!なにこれ!典型的なムツゴロウさんになってる。安武キモい!」

「ぶはははは!お前どうしたの!?どうしちゃったの!?何か寂しいの!?」

なんだかよく分からない状況になってきた。
でも、どうやら俺の挨拶の仕方は間違ってはいないようだ。
けれど、後ろからはアカにスリスリされ、前からはうるさいくらいの声でたくさんの人間が笑い声をあげている。

俺はおいしいご飯を食べに来たのに。
うるさいばかりで何もごはんはないじゃないか。

『ごはんー!ごはんくださいー!』

そう言って俺はアカの腹の中でモゾモゾと暴れると、アカの腹からボトンと落ちた。
上でアカや金ピカやベチャベチャや、それにいろんな人間が騒いでいるが、俺は知らん。
俺はここに遊びにきたのではない。
美味しいご飯を貰いに来たのだ。

「にゃあ、にゃあ、にゃあ、にゃあ」

俺はこれでもかという位『ごはん、ごはん、ごはん、ごはん』と叫びながら一人の男の足元へ向かった。
俺だって知っているんだ。
あの白い前掛けをしている人は美味しいごはんを作る人の目印だ。
ミソノサンも茶色の美味しい肉を作る親父もみんなアレと似たのをしている。

だから、ここではますたーがごはんをくれる人だ。

『おいしいごはんをください』

「おいおいおい。ここは飲食店だぞ。野良ネコなんか連れてきてんじゃねぇよ。汚ねぇだろうが!」

『汚くない!毎日舐めてる!』

俺は“汚い”という言葉に腹の毛がブワッと逆立つのを感じると、ますたーの足を前足で叩いた。

『ごはん!ごはん!くれるってアカは言ったぞ!』

「うおっ、なんか怒った?」

「おい!マスター!兄貴に失礼な事言ってんじゃねぇ!金なら俺が払うから美味いもん作れよ!兄貴は客だぞ!」

「はぁ?お前マジで言ってんのかぁ?ここはペットフードは扱ってねぇよ!」

『俺はちゃんと人間の食べ物を食べれる!もう一回毛づくろいするから早くごはん!!』

俺はそう言って、人間が気になるらしい俺の体の汚れを落とすべく、その場に座って体中の毛づくろいを始めた。
これでも俺は綺麗好きだ。人間に食べ物を貰う上で、汚いのは一番だめな事だと知っているからだ。汚い体だと人間は近寄る事だって許してはくれない。

「マスターが汚いって言ったからネコちゃん体綺麗にし始めたよー!作ってあげなよぉ。金は安武が払うって言ってんだしぷぷ」

「そうだぜ!マスター!この猫様は安武の兄貴様だからな。丁重に飯を作ってやれよ」

「あぁぁぁ、お前らほんっとめんどくせぇな!おい!そこの猫!お前勝手に店の中暴れ回んじゃねぇぞ!暴れたら店の外に放りだす!」

『俺は大人の猫だ!暴れたりしない!』

俺は「にゃあああ」と長めにますたーに向かって鳴いてやると、ますたーは椅子と机の奥でガチャガチャと何かし始めた。
どうやら、ごはんを作ってくれるようだ。
まったく、毛づくろいなんて昨日の夜もしたのだから、したって汚いところはない。

「兄貴、座りましょう」

『アカ、俺は汚くない』

「知ってますよ。兄貴が綺麗好きな事は。昔からよく」

そう言って笑うアカに俺は人間のようにコクンと頷いた。
どちらかと言えばアカの方が汚い。
いや、今の人間のアカではなく、猫の時の話しだが。
アカはすぐに土や泥でべちゃべちゃに体を汚す癖に、いつもほったらかしだった。

だから、いつも俺がアカの体を舐めて綺麗にしてやっていた。
子供の時だけではない。大人になってからもだ。

だから俺はアカより綺麗なんだ。

そう、俺は一人そんな事を考えながらアカの後をついて店の中を歩いていると、アカはますたーがガチャガチャと何かしている前の席に腰かけた。
その席は他の席と違って四角い机に向かいあって座るような席ではなかった。
一列に並んで座るその席は、ますたーの動きが良く分かるカタチになっているようだった。

俺はなんだかワクワクして髭がヒクヒクなるのを抑えられないまま、アカの隣の椅子に飛び乗った。

「なんか凄いおりこうさんな猫だねぇ」

「安武ん家の猫か?だから昨日コイツが来て途端、喧嘩からフケやがったのか?」

「ちげーよ!兄貴は俺に飼われるような猫じゃねぇ!兄貴は人間に縛られたりしねぇんだ!覚えとけ馬鹿共が!」

なにやら隣でアカ達がごちゃごちゃと騒いでいる。
しかし、その時の俺にはそんな喧騒、まったく耳に届いていなかった。

俺はますたーの動きに夢中だったのだ。


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