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御免こうむります
一足先に、あさごはん(1)


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『おはよう』

俺にはある日課がある。


いつものように、ボロボロの渡瀬神社の軒下で目を覚ました俺は「くあ」と大きな欠伸を一つすると、神社の軒下から這い出た。
太陽はまだ地面に近いところにある。
昨日、なんだか疲れて早く寝たせいでいつもより早く目を覚ましてしまった。
よく寝た。

俺はひとしきり体に日を当てながら体をくぅぅっと伸ばすと、いつものように神社の大きな紐の奥にある四角い箱に、小さな小石を投げいれた。
そして、昔見た人間達がよくしていたみたいに目を閉じてぶつぶつ言う。

これが俺の起きた時の日課である。

人間が何をぶつぶつ言っているのかはわからないので、とりあえず人間が言う挨拶の一つである「おはよう」を言うようにしている。

これは俺の予想だが起きた時に言う言葉だ。
しろの家に行くとよく寝起きのしろが俺に「おはよう」と言ってくるから多分合ってると思う。

そうやって俺が自分の決めた日課を終えると、今日はどうしようかと考えた。
今日はしろが俺にふれんちとーすとを作ってくれると言っていたから、しろの家に行くつもりなのだが多分まだこの太陽の高さだと起きていない。

しろはあんまり早く家に行っても相手をしてくれないからだめだ。

それにあまり考えたくないのだが、昨日のぼすの様子を考えると、ぼすは本気で俺を縄張りから追い出そうとしているようだ。
共有地も力で奪い取って、群れを従える程のぼすだ。
俺は今後、以前のように自由にぼすの縄張り内をうろつけなくなるかもしれない。

それにしても、共有地の味坂商店街までぼすが縄張りにされてしまったのは痛い。
俺はやっぱりあそこにある沢山の美味しい食べ物達を諦めきれない。

「にぃぃぃ」

俺は無意味に鳴いてみた。
なんだか昨日1日で俺はとてつもなく生きずらくなってしまったようだ。
そう考えると鳴かずにはいられない。

しかし、まぁ。

今は考えても仕方のないことを考えるのはよそう。
きっと、その時の自分がなんとかしてくれる。昨日のようにどうにかなる筈だ。
そうやって俺は今までも生きてきたのだから。

そんな風に結論付けると、俺は渡瀬神社に居るというかみさまに『いってきます』と尻尾を振った。
俺は神様を見た事はないが、きっと俺の居る時はどこかに隠れているに違いない。

俺を“変な猫”にしてくれたのは神様のようだから、一度会えたら『ありがとう』を言おうと思っている。
『ありがとう』は何かを貰った時に言う言葉だけれど、この言葉を言うのは間違ってないと思う。

そう、俺がもう一度尻尾を振った時。
俺の耳が何かの音を拾った。

ざっ、ざっ、ざっという聞き馴染みのある音。
これは、たぶん人間の走る音だ。

俺は聞きなれたその音にピンと耳を立てると少しだけ体を強張らせた。
相手が人間ならばいいのだが、もし万が一この足音がぼすの足音だったら俺はすぐさま逃げなければならない。

用心に越した事はないのだ。

しかし、そう思った俺の心配は杞憂に終わった。

「っはぁ、っはぁ、っはぁあ、あにきっ!」

『アカだ。おはよう』

俺は体に入れていた無駄な力を一気に抜くと、渡瀬神社までの階段を一気に駆け上って来たと思われるアカの足元へ向かった。
昔一緒に渡瀬神社に寝泊まりしていたアカが、人間の姿で俺とここに居るというのが、俺にとってなんともおもしろい。

さすがにこの姿では、もう一緒に軒下では眠れないだろう。
そう考えると少しばかり残念である。

けれど、アカはゼェゼェと息を激しく吐くと足元に居る俺に向かって崩れ落ちて来た。
どうしたのだろう。アカは死ぬのだろうか。

『アカ、どうした。苦しいのか、死ぬのか』

「あああ、あにきぃ。よかった……居たぁぁぁ」

『俺はここに居る。どうした』

俺が崩れ落ちたアカの周りをグルグル回ってどうしようか考えていると、アカは崩れ落ちた体制のまま俺の顔に向かってフンフンと鼻をくっつけてきた。
やはり人間の姿でそれをやられるとどうしたって滑稽に見えてしまうのだが、もしかしたら俺が知らないだけで人間同士も鼻をくっつけて挨拶をする習慣があるのかもしれない。

猫も互いの鼻同士をくっつけて匂いを嗅ぎ合うのは仲良しの猫同士の挨拶だ。

変な猫の俺には仲良しの猫など居る筈もないので、こういった仲間内の挨拶をするのは久々だ。まぁ、アカには昨日もされたのだが。

俺は鼻をくっつけてくるアカに同じように鼻をくっつけてフンフンしてやった。

どうやら苦しいわけでも死ぬわけでもないようなので安心した。

「さっき起きたら兄貴がいねぇから……俺、夢なのかと思って。だから、だから」

こいつめ。朝からまた水を出すつもりか。
俺はまったくもうという気持ちを込めてアカの体に自分の体をこれでもかと言う程こすりつけてやった。

すりすりすりすりすりすり。
いやという程すりすりしてやる。
そして俺はアカにひとしきりすりすりしてやるとアカの目をジッと見てやった。

『アカに俺の匂いをつけた。アカは俺の縄張り』

そう、猫のは自分の物には自分の匂いをこすりつける。これは俺のものだぞという意味を込めて行うソレは自分の縄張りを他の猫に示す時に重要だ。
俺はあまり人間にソレをしたりしない。飼いネコならまだしも、野良の俺が人間に『俺の物』なんて言う相手は居ないから。

けれど、アカがすぐに水を出して乳吸いばかりするから、アカにはこうしてやった方がいいだろう。
世話の焼ける子供である。

「あぁぁにぃぃきいぃ」

アカは感激したとでも言うように俺に向かって飛びついてくると、そのまま俺を抱きかかえた。視界が急に高くなる。
高い視界。びっくりしたけど、高い所はなんだかわくわくする。

「兄貴、お腹空かないっすか?朝飯食いませんか」

『おいしい?』

「うまいっすよ。俺も気に入ってる飯屋っすから。久しぶりに一緒に食いましょう」

『おっけー』

「兄貴、英語まで話せるんすね。すげぇ」

“おっけー”は人間の言葉でわかったよという意味。前、シロの家のしかくい箱を見ていたら箱の中の人間がそう言っていた。俺も使うのは初めてだが、どうやら間違った使い方ではないらしい。

おっけーは英語。
英語とは何だろう。

『えいごってなんだ?』

「英語っすか……えーっと。なんつーんすかね、今俺達が喋ってるのとはまた違う言葉で……外国の言葉っすよ」

『がいこくってなんだ?』

「外国っつーのは、日本じゃない国の事で……」

『にほんってなんだ?』

俺はアカの口から次々と出て来るわからない言葉の数々に、グルグルと喉を鳴らした。
人間の世界の事はわからない事ばかりだ。
それまで俺は人間を観察しながらなんとなくそれがどんな意味か考えてきたが、今はこうして話の通じる人間のアカが居る。
これから分からない事があったらアカに聞けばいい。

俺がワクワクした気持ちでフンフンと鼻を鳴らしていると、少しだけ動きの固まったアカが気まずそうに俺から目を逸らした。

「ごめん……。兄貴、俺バカだから上手く説明できねぇ」

『難しい事なのか?』

アカが余りにも苦しそうな顔をしてそんな事を言うもんだから俺は首を傾げた。人間の世界なのに、人間にも理解できない事があるなんて。
人間と言うのは本当に難しい生き物なのだろう。

「難しい事じゃないんすよ……俺の勉強不足っす。ちょっと時間ください、兄貴。俺兄貴にきちんと説明できるようになってくるんで」

『わかった、頼む』

俺は難しい顔で固まったアカの頬をペロペロ舐めてやると、アカは少しだけ固まった顔を緩めた。
俺も自分で考える事は止めないでおこう。
自分でこうじゃないかと考えてから、それが合っているのかアカに聞けばいい。

何でもかんでも聞いてばかりでは、俺は子供のようではないか。

俺はそのままアカの腕に抱っこされながら神社の階段を下りて行った。
下りた先に、よく道路で走っている車とはまた違った何かが止めてある。
あれはなんだろう。

俺がさっそく考えていると、アカは俺を抱っこしたまま何故か俺の体をアカの着ている黒い布の中に入れた。
そのせいで、俺はアカの顔の下から顔だけ外に出ている状態だ。
せまくてきゅうくつだ。

『ううううう。せまい。せまいぞ』

「兄貴、すみません。今から朝飯食うとこまで、これに乗って行くんで兄貴は俺の中でジッとしてて下さい」

『これに乗るのか?乗れるのか?』

「乗れますよ。あんましスピードは出さないようにしますけど、怖かったら言ってください」

そんな風にアカが言うから俺は少しだけ体の毛がぶわっとなった。
これはあの道路を走っている車と同じく道路を走っているものだ。
ちゃんと、アカの言うとおりにしよう。

俺はアカの着ている布の中でモゾモゾと動くと、自分の体が丁度はまる位置を探しあてた。
その間、アカは変なソレにまたがると、モゾモゾ動く俺を頭の上から見ていた。

「じゃあ、行きますよ。兄貴」

『おっけー』

俺はピンピンと髭を伸ばしながらアカに向かってえいごを話した。
その瞬間、俺の顔を風が切ったのだった。


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