御免こうむります 一足先に、猫の子育て記録(1) 懐かしい声がする。 懐かしい匂いがする。 「あにき」 あぁ、懐かしい。 俺は薄れゆく意識の中、またしても“あの”感覚に陥った。 あの冬の夜、死を覚悟した夜。 俺の頭の中を色鮮やかに駆け巡っていく過去の記憶。 あの時は俺の一生分の記憶が一瞬で流れては消えて行った。 しかし、今は違う。 ゆっくりと、そして鮮明に、ある部分の記憶だけが開けていく。 あにき。 なんて懐かしい響きだ。 今や誰も俺になんて近寄らないけれど、あの日、あの時、あの猫は確かに俺にすり寄って来た。 キラキラと輝くあの瞳。 小さな温もり。 忘れる筈が無い。 アレは、確かに俺の“我が子”だった。 ------------ --------- ------ [*前へ][次へ#] [戻る] |