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心苦しくも私もゆとり世代でございます。
・・・・・


春日は隣に乗り込んできた肩で息をするイケメンを横目でチラリと見た。
そして、春日自身も走り込んできたばかりで同じように息を切らしたいのだが、どうにも男二人で既に手狭感を覚えるこのエレベーターの中で、果たして自分のような老け顔の平凡男がハァハァ息を切らせてしまって、相手に不快な思いをさせないだろうかと、妙な気を使って呼吸の乱れを静かに我慢していた。

お陰でなんとも息苦しい気分のまま、春日はイケメン男と妙に距離の近いこのエレベーターが一刻も早く目的地である7階に到着するのを願った。

動き出す空間で、春日はただ階数を知らせる数字だけに目を向けていた。

2階

「っはぁ。本当に、ありがとうございました」

隣に居るイケメンが春日に再度礼を述べてくる。
その礼儀正しさに、思わず春日はまたしても隣のイケメンに目を向け、笑顔を浮かべた。
こんなに格好良ければ会社ではさぞモテる事だろう、なんて春日は隣のイケメンにそんな下世話な事を考えていた。

3階

「丁度俺も乗ったばかりだったので」

4階

「いえ、本当に急いでいたので。本当に助かりました」

そう言ってこの狭い空間で互いに顔を見合った時だった。
次は5階という数字が電光掲示板に映し出されるという瞬間。

ガコン。

その狭い箱は一度だけ激しい音を立てて揺れた。
狭い空間の中、揺れの衝動で中に居た春日と太宰府は互いに勢いよくぶつかった。
かと思うと、そのまま薄暗くも微かに灯されていたエレベーター内の明かりがプツリと音を立てて消えた。
そして、そのままエレベーターはうんともすんとも言わなくなり、一切の動きが停止してしまったようだった。

「っちょっ!止まりましたよね!?これ!?」

春日の隣で息を切らしていた太宰府がこの異様な状況に気付いて、すぐさま声を上げた。
その隣で春日も同じように止まってしまったエレベーターに混乱したが、太宰府と違ってそれを言葉に出すことはなかった。
ただ「(うそぉ……)」と、職場で痺れを切らして待っている課長の宮野を思い出して呆然とするしかなかった。

「まったく、こっちは急いでるのに。……あの、そっちのボタンの所に緊急用の通信ボタンとかないですか?」

「えっと、ちょっと待って下さい」

春日は太宰府に言われ「確かにエレベーターにはそんなボタンあったな」と思いたながらボタンを探した。

しかし。

「えっと……ないです」

「っそ、そんな筈はないでしょう……!」

春日の言葉に太宰府は慌てて春日を押しのけボタンの前に立つ。
大宰府に追いやられた春日はその後ろでポケットから携帯を取り出し、とにかくこの会社の誰かに連絡を取ろうとした。
そして、唖然とした。

「このエレベーター、古すぎる……」

「あの、すみません……」

「……は、はい?」

連絡ボタンも何も無いエレベーターに肩を落とす太宰府の後ろで春日は携帯を見ながら固まったっていた。
そして、少しでも望みがあるならばと、ひたすらイケメンな太宰府の目を見て縋るように言った。

「なんか、俺の携帯……圏外なんですけど……あなたの携帯は、繋がってたりしませんよね?」

「っ!?」

春日の問いかけに太宰府も慌てて鞄から自分の携帯を取り出した。
そして。

「……圏外です」

半分絶望したような声でそう呟くと、小さく溜息をついた。
どうやら、このエレベーターは故障が何かで止まった挙句、電波も届かない外とは孤立無援の島になってしまったようだ。

春日、太宰府共に互いにリミットのある仕事を抱え、職場では二人の帰りを待っている。
そんな状況の中、まず動き出したのは太宰府だった。

「連絡用のボタンが無いなら他に何かないかな」

「……ないですねぇ」

「どうにかして会社に連絡をつけないと」

「圏外じゃどうしようも……」

春日の隣でブツブツと何か思案しては行動を試みる大宰府の横で、春日は早々に現場での現状打開を諦めていた。
見たところ古すぎるこのエレベーターに連絡用のボタンはないし、出口になるようなものもない、再度開いた携帯もやはり圏外。

こうなればこちらからのアクションは不可能だ。
だからと言って別に慌てる程の事でもない。
春日は閉じ込められたエレベーターの中で、彼特有ののんびりした性格を遺憾なく発揮し始めた。

「(本当にこういう事ってあるんだなぁ)」

外と連絡が取れないならそれはそれで仕方が無い。
それならば、きっと時間が経てばこのビルの社員の誰かが異常に気付くだろうし、そうでなくても急ぎの案件を抱えた春日の帰社が遅くなれば上司である宮野が必ず、春日に連絡をしてくる。そして電話が繋がらない事が分かれば、今度は必ずこの会社にも連絡が行く筈だ。

「(まぁ、なんとかなるだろう)」

そうすれば、このエレベーターの異常はすぐに発見されるだろうし、仕事の方は宮野が何らかの対策をとってくれるに違いない。

春日は「ふう」と静かに息を吐くとエレベーターのその場にゆっくりと座り込んだ。
実は先程まで走りっぱなしで足が疲れていたのだ。
そんな春日の隣では、やはり大宰府がイラついたように携帯とエレベーターのボタンに目を向けている。
春日が「イケメンは焦っていても絵になるなぁ」などと考えていると、大宰府の手に握られていた携帯が取りこぼされたように、春日の目の前に音を立てて落ちて来た。
どうやら、目の前のイケメンは相当焦っているらしい。

春日は目の前に落ちて来た携帯を拾うと、のんびりとその最新機種の携帯を大宰府へと手渡した。


「大丈夫ですよ、きっとすぐに会社の方が気付いてくれます」

大宰府は目の間に差し出された携帯と穏やかに笑う春日を見て一瞬肩に入っていた力が抜けるのを感じた。
しかし、携帯に映る圏外の文字が彼を現実へと引き戻す。

「って、でも…仕事で急ぎがありまして……こんな所で時間を食っている場合じゃ……」

「俺も同じです。きっと会社では上司がカンカンで待ってます。今日までが納期のものをギリギリで取りに来てるので」

春日は言いながら、確かに今はそんな状況だったなぁと改めて思い知った。
本当に帰ったらまた宮野に怒鳴り散らされるであろう。
けれど、今は妙に心が静かだ。

「でも、もう俺がここで何か出来る事はない見たいなので。何かあったら会社に残った皆が的確に動いてくれると思います。あなたの会社もきっとそうだと思いますよ」

まぁ、怒られる未来は変わらないだろうけど。
春日は言いながら、焦燥に駆られた表情の大宰府を見て少しだけ自分の心が落ち着いている理由が分かった気がした。
それは多分。

「(目の前に自分より焦っている人が居ると、なんか平気な気持になるなぁ)」

そう、春日はやはりどこかのんびりした気持ちで大宰府を見上げていると、大宰府もつり上がっていた眉をヘタリと落とし、小さく息を吐いた。

「そう、ですね……。すみません。慌てて騒がしくしてしまって」

「いえいえ。一人だったら俺もきっと凄くビビってたと思うので、貴方が居てくれて良かったです。ありがとうございます」

そう言って笑う春日に、イケメンである大宰府は目をパチリとさせた。
そして、それまで焦っていた気持ちが少しずつ治まるのを感じると、その場に腰を下ろす春日同様、大宰府も腰を下ろした。


「どちらから来られてるんですか?」

大宰府が座り込んだ瞬間、何気なく隣から聞こえてきたその言葉に、太宰府は一瞬その言葉が自分に問いかけられているものだと言う事に気づかなかった。しかし、ここに居るのは太宰府と隣の男だけ。
太宰府は隣でニコニコと穏やかな笑みを浮かべる相手を横目に見ながら、太宰府の中の感覚が次第に自宅にいるような気分になっている事に気付いていなかった。

「えっと、私の会社は中央区です」

「あ、俺の職場も中央区なんですよ。だったら、こっちの駅前のイルミネーションは見られました?」

「あ、見ましたよ。凄かったですね。思わず見とれてしまいました」

そう言って自然と笑みを浮かべる大宰府は仕事の最中に起きたイレギュラーの真っ最中の筈だった。
だが、今は確かに仕事中ではあったが、この自分ではどうしようもない閉鎖空間の中、見知らぬ男と二人きりという異様な状態は太宰府の調子を静かに崩していったのだ。

「ですね。市内じゃ中央駅が一番豪華かと思ってましたけど、こっちも負けてませんでした。俺、この駅で降りた事がないので、少し得した気分です」

「確かに、そうかもしれませんね」

しかし、最も太宰府の調子を崩したのは、このエレベーターに閉じ込められるという状態にも関わらず、出会頭と何ら変わらぬ穏やかな表情を浮かべる春日の存在だった。
そして、大宰府は出会っばかりの目の前の男に、妙な好感を抱き始めるのを止められずに居た。


「(……なんか、この人落ち着くなぁ)」

そんな風に目の前の初対面の男に対して好意的な感想を抱ける程に、大宰府には気持ちに余裕が出来ていた。

「もし、今日も仕事で会社の中に缶詰だったら、きっと俺、今日がクリスマスなんて気付かずに終わってたかもしれません。駅前でイルミネーションの綺麗さとカップルの数の多さを見て、そう言えばクリスマスだったなぁなんて思い出しました」

「確かに。いくらクリスマスなんて言っても所詮はただの平日ですから。この年になるとクリスマスだからと言って何かはしゃぐような年でもありませんしね。私なんか急いでたもんで、ここに来る途中何人もカップルとぶつかってしまいました」

大宰府はここへ来るまでの道中を思い出して、なんとも言えない気分になった。
世の中はこんなにも煌めいているというのに、自分は部下のミスと思わぬアクシデントで、一体何をやっているのだろうと、ふと我に返ってしまったのだ。

「はぁ……」

そう、予期せず漏れてしまった溜息に大宰府は思わず隣に座る男の方へと目を向けた。

「っ」

そこには、先程までと変わらぬ穏やかな表情を浮かべているものの、何やらジッと大宰府の方を見つめる男の丸い目があった。
何故だろうか。
その何とも言えない表情に、大宰府は自分と同い年程であろう男に何やら妙に“幼さ”を感じてしまっていた。

「あ、あの……何か?」

「っあ、す、すみません!なんか、本当にかっこいい方なのに、イルミネーションを見るカップルに対して……なんというか、第三者目線なのがちょっと意外で。俺からしてみれば、貴方みたいな人もイルミネーションを見ている人達の中に居てもおかしくないように思えるので」

そう言って、どこか照れたように笑みを浮かべる男に、大宰府は「っふふ」とつられるように笑った。
もう40も近くなった自分が、あぁして若者に交じってイルミネーションを女と見るなんて、それこそ自分では考えられない。
3年前に約5年付き合った彼女と別れてから、それこそ大宰府は仕事一筋で生きて来たのだから。

「ありがとうございます。そこまで面と向かって褒めて頂けたのは初めてです」

「うそだぁ。どうせ言われ慣れてる癖に」

「そんな事ありませんよ。そちらこそ、今日は早く帰って家族サービスの一つでもしないといけないんじゃないですか?」

「っ、俺はまだ独身です!今日も特に何の予定もないので帰ったら一人寂しくケーキでも食べながらテレビでも見ます。あなたの方こそ、早く仕事を切り上げて彼女と予定でもあるんじゃないですか?」

「残念ながら、俺も花の独身貴族ですよ。彼女も居ません。何時までだって残業してやりますよ」

そこまで言うと、二人は互いに顔を見合わせて声を上げて笑った。

「ははっ!私達、こんなところで本当に何をやってるんでしょうね」

「狭くて暗くて寒くて、本当に何やってるんでしょう。しかも、全然気付いてくれる気配ないですし!」

クリスマスの今日、互いに独身で彼女も居らず、仕事で来たはずなのにこうして狭いエレベーターに閉じ込められて身動きが取れずにいる。
しかも仕事は急を要しているときた。
それが、なんとも滑稽でおかしい。

いつの間にか気分良く話が弾み始めた二人の会話は、昨日見たテレビの話から、よく行く店の話、休日の過ごし方。
そんな他愛のない話を太宰府は、会ったばかりの男に向かって饒舌に話した。
そんな太宰府に、相手も穏やかな表情のまましっかりと耳を傾けて聞いてくれる。

社会人になってから初めてと言える、仕事以外での新しい出会い。
殊更、仕事を抜きにした同性との出会いは皆無に等しかった。

故に、太宰府はこのどこかのんびりとした男の心安らぐ空気感と、学生以来の胸の高鳴りに酷く気分を高揚させていた。
こんな、新しい“出会い”にワクワクするなんていつ振りだろう。

太宰府は狭くて薄暗くて寒い、閉ざされてエレベーターの中で思った。

「(この人、年上っぽいのに。なんかかわいいなぁ)」

なんて。



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