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心苦しくも私もゆとり世代でございます。
・・・・・

若いというのは素晴らしい事だ。
未知なるものが多いというのは素敵な事だ。
わからぬが故に恐れを知らず、ずんずんと前へ進んでゆける。
経験を重ね、慎重にそして確実に前へと進んでいく先輩方にしてみれば、青臭くて向こう見ずで、とびきりバカに見えるに違いない。
けれど、やっぱり、そんなとびきりバカな時代というのは誰にでも必要で。

『あははっ、もうヤメて下さいよ!何すかその見苦しい生活は!』

でも、でも、でも。
“若い”からと言って許されるべき事と、そうでない事がこの世にはある。
自分の生きてきた視界と世界を全てと思ってしまうのも当然。
そこに己の常識が生まれるのも当然。けれど、そうでない事は、誰に教わらなくたって、小さな子供だって、知っていなければならない。
そんな子供でも知っている“当たり前”を今から隣に座る後輩に教授せねばならない。

なんて嘘っぱち。

というか、そう言った込み入った理屈など春は全く頭の中になかった。
ただ、現在の彼にあるのは非常に大きな衝動だけである。

「っはあ」

だから。
春は静かに酒の入ったグラスをカウンターに置くと顔を上げた。
自分が今一体どこに視点を合せているのかよくわからなかったが、視界の端で己の元上司が変な顔でこちらを見ているのはおぼろげながらも認識できた。
認識しただけで特に何も思わなかった。

そして。

春は吠えた。

「見苦しくねぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

春はカウンターにその両手を叩きつけると、ひたすら据わった目で隣に居る後輩を見下ろした。



      ○


「大宰府さんのせいでこんな時間になったじゃないですか」

甘木はムスリとした様子を隠すことなく隣を歩く先輩に言った。
隣を歩く“大宰府さん”と言うのは言わずもがな大宰府互譲、その人である。
大宰府は2年前とはうって変って堂々とモノを言うようになった後輩に、時間と言うものの凄まじさを、まざまざと見せつけられた気がした。
そして“若者”の2年の大きさを改めて思い知る。
2年とはそれ程の時間なのだ。

「あぁ、申し訳ない」

大宰府は力なく答えると、振り返りたくもない今日1日を溜息と共に振り返った。
今日、大宰府は外回りから帰社後、こまごまとしたミスばかりを連発した。
そりゃあもう周りを戸惑わせる程のそのポカっぷりに、上司は「早退するか?」と声をかけ、同僚達は「熱でもあるんじゃないか」とその体を労わった。
そして、女性社員達からはセクハラとも呼べるべきボディタッチを受けつつ、お茶だのお菓子だの薬だのと至れりつくせりな状態を生み出させていた。
その姿はさながらハーレム。
ただ、どんなに早退を勧められても大宰府は頑として首を縦には振らなかった。
その姿に周りからは「さすが仕事の鬼」なんて囁かれ、ミス連発後にも関わらず大宰府の評価を更に上げた。

「大宰府さん。ミスしてちやほやなんて、ズルいですよ」
「……返す言葉もないが、あれに関しては俺のせいじゃない」
「大宰府さんの日頃の仕事の行いが良すぎるせいですよ」
「それは……俺は褒められているのか」

しかし、甘木だけは早退しなかった真の理由を知っていた。
甘木はこの2年、あの出来事を機に大宰府の仕事とプライベートの狭間を幾度となく見てきたのである。
今日の大宰府は周りの言う“仕事の鬼”でもなんでもない。
ただ早く帰りたくて気持ちがはやってしまい起きた、なんとも自己中心的なミスなのである。

「いくら帰りに宮野さんの店に寄りたいからって、無理やり仕事終わらせるのに俺を付き合せないでくださいよ。そんなに早く帰りたいなら皆が言うように早退すればよかったじゃないですか」
「バカ。早退でもして、帰りに会社の連中に会ったら面倒だろうが。まだ8時は回ってないし、そんなに遅くない」

そう、全ては大手を振って宮野の店へと向かう為。
否、もっと詳しく言うならば宮野の店に居るであろう春に会いに行く為だ。

「俺はもっと早く宮野さんの店に行って、お店の手伝いがしたかったんです」
「仕事の後に仕事の手伝いするのか?考えられんな」
「宮野さんは凄い人なんです。いろんな事を教えてくれます!」
「そんなにかぁ?アイツ、そんなに何か教えてくれるか?たとえば?」
「凄いんですよ、宮野さんは!」

いつの間にか仕事も覚え立派に一人立ちした後輩のキラキラした横顔に、大宰府は眉を潜めた。
2年前、涙と苦悩と苦労の末に育て上げた新人は、いつの間にか宮野にすっかりなついてしまっている。
この成長も、今となっては宮野の手柄だ。
そして確かに事実そう言う面が多いのも事実である。
今、この甘木五郎丸という男に“感謝の手紙”などという漠然としたものを書かせたら、その全ては“宮野 陣”に向けられたものになるのだろう。
解せない。

(アイツは昔から年下から好かれるからな)

大宰府は隣で延々と宮野の素晴らしさを語ってくる部下を前に、何故だか非常に鬱々とした気持ちになった。
ミス連発の後だからというのもあるが、甘木も、そして“あの”春も頼りにするのは「宮野さん」だ。
いくら仕事の鬼と言われ周りから一目置かれていても、これではやるせないではないか。
悲しいではないか。
今や大宰府のプライベートでのうっかりを知った甘木からは、若干のフォローにまで回られる始末。
この成長を喜べばいいのか、自分の不甲斐なさに涙を流せばよいのか。
今の大宰府には分からなかった。

「あ。そう言えば大宰府さん、」
「なんだよ」
「あんましそっち行くと溝にハマりますよ」
「……もっと早く言ってくれ」

いや、きっと嘆くべきなのだろう。
大宰府は宮野の店を目前にし、見事側溝にハマってしまった。
あぁ、何をやってもダメな日と言うのは誰にでもあるものだ。
今日はもうダメだ。

「つらい」
「誰にでもそう言う日はありますよ」
「つらい……」

大宰府は本気で涙を流したくなるのを堪え側溝から足を引き上げた。
最早、今日と言う日に救いなど求めない。

「さっさと行くぞ、甘木!」
「…………はは」

ともかく今日は春に会って帰って寝る。
それだけだと大宰府は汚れた足を引きずりながら前へと進んだ。
そんな上司の姿に、甘木は乾いた笑いを抑える事なく付いて行った。




   ○


「香椎花、答えろ。何がどう見苦しいんだ?お前の価値観の中では一人暮らしで猫に癒されて暮らす事の何が、どう、見苦しく映るんだ?答えろ」
「ちょっ、春センパーイ?何熱くなってんすか?いきなしそんなテンション上げて来ないでくださいよー!コワイコワイ」
「香椎花?俺の話を聞いてなかったのか?これは仕事の報告と同じように簡潔かつ分かりやすく報告しろ。それ以外の答えは受け付けん!言うまで帰れないと思え!」

突然、豹変した春の様子に香椎花は「えええ」とハッキリ戸惑っていた。
その様子を傍から間近で見ていた宮野も「ええええ」と更に戸惑っていた。
仕事においての春と宮野の関係など、ハッキリ言って1年もなかったとは言え、こんな春の姿は初めて見る。

それもそうだろう。
宮野が春と飲みに行く時、春はいつだってアルコールは控えていた。
それもこれも、いつも千鳥足にある宮野を家まできちんと送り届ける為だ。

こんなにも酔った春は初めてだし、怒った春も初めてである。
そして、こんなにも大声が出せるのかと言う程に春は声を張っていた。
故に、少なくはない店の客の視線は今、静かに春の方へと集められていた。

「っ、だって。良い年して結婚も出来ずに寂しいからって猫と過ごすなんて寂し過ぎでしょ!そんなのイタイっしょ!」
「なぁ、香椎花?お前にまず一つ言っておかなきゃいけない事がある。俺だってこんな老けを顔してるが青臭い若い奴の一人だから偉そうに言えたもんじゃないけどなぁ……お前は子供過ぎる!ガキ過ぎだ!いい加減にしろ!」
「はぁ!?何言ってんすか!?そりゃあ春センパイに比べりゃガキっすよ!まだ19なんですから!」
「そんなこと社会に出た段階で通用しないんだよ!19歳っつー年齢に甘えんな!?確かにそれで周りは大目に見てくれるだろうし、俺も大目に見てきた!けど、今回のは若さでは大目に見れない程の事をお前は言ったんだよ!お前は年齢がガキなんじゃない!圧倒的に想像力が足りないんだ!想像力が未発達過ぎるんだ!自分の中だけの価値観で凝り固まった一方向だけの思考しか成熟してないから、お前の発言は軽率で他者を傷つけるんだ!!いい加減にしろ!」
「??ムツカシイ事ばっか言わないでください!」
「雰囲気で察しろ!わかれ!」
「ムチャクチャだ!」

いつの間にか香椎花も立ち上がり春と相対していた。
それを宮野は間近で見た。
そして、とんでもない事だと思った。

「猫を飼って云々ってのもな!?」
「うんぬんってなんすか!?うんぬんって!ヘンな事ばっか言わないでくださいよ!ハル先輩!」
「そんな事今はどうでもいいんだよ!?」
「だって!うんぬんって!!うんぬんって!ヘンでしょ!」
「ああああ!黙って聞け!このバカ!」

ぺしん。
春は香椎花の頭を軽くはたくと、そのまま頭両手で挟み自分の方へと向かせた。
それは最早飼い主が飼い犬にしつけをしている様そのものである。

あぁ、とんでもない喜劇の幕開けである。
宮野は目の前で行われる喜劇に笑いだしそうになるのを必死に堪えた。
二人共、どちらも真剣なのだ。
酔っぱらいの春も真剣、素面だが少し頭の弱い香椎花も真剣。
喜劇の中で現在二人は真剣に戦っていた。

それが、ただひたすらおもしろすぎた。

「香椎花!お前はただ俺に向けて軽口を言ったつもりなんだろ!?俺が彼女も居ない一人ぼっちの寂しいやつだから、そんな俺が猫を飼って寂しさを紛らわす生活するのが見えて見苦しいって言ったんだろ!」
「そうです!」

客の一人が吹き出した。
それにつられてあちらこちらで笑いが漏れ始める。
そんな事に当の二人は気付いていない。

「俺に向けたその言葉は俺だけが受け止めるだけじゃないんだよ!お前、考えた事あるのか!?結婚せず、猫を飼って、そんな生活をきちんと丁寧に送っている人が他にもたくさん居るって事を!結婚の有無は人に優劣を決める判断基準じゃない!するしないは本人の選択の問題でそれ以上の事じゃないんだ!お前みたいに一人で居る事=寂しい奴という認識をしているヤツはそれはそれでいいんだよ!いいけど言葉にするな!お前の踏みこんでいい領分じゃない!お前に言われる筋合いない!誰だってそうだ!」
「だって寂しいやつっすよ!そんなの!俺は絶対やだ!ムリムリー!」
「だから寂しい奴と思うのは勝手だ!お前が嫌だと思うのも勝手だ!だからってそれを他人に押し付けるな!お前、もし此処に結婚せずに猫飼ってる殺し屋の人いたらどうすんだよ!撃たれるぞ!お前はもう死んでいる!」
「そんな人いねえっすよ!春センパイ、バカじゃないっすか!」
「バカはお前だろうが!バカ!」

宮野はカウンターの中に蹲った。
蹲ってひたすら腹を抱えるしかなかった。
店内は既に大爆笑状態だが、そんな彼らよりも実情を詳しく理解できている宮野にとっては此処は笑いの地獄であった。
息もできない。

春が必死に庇っている「結婚せず猫に癒される日々を送るヤツ」というのは何を隠そう大宰府互譲だ。
けれど、大宰府がそんな庇われるような人間でもない事を、宮野は知っている。
大宰府は既に結婚に向かう道のりの酸いも甘いも苦いも辛いも全てを経験し尽くし「結婚なんかやってられっか!」と、その点に関しては大いなる匙投げ状態なのだ。
大恋愛も不倫も風俗通いも、その他諸々声高に言えない事も大宰府はやり尽くしている。
あの顔で仕事デキて金もある。
当然の事だ。

そして飼っている猫も癒しでもなんでもなく、ただの春をおびき寄せる餌だ。
春の言うような「独身で猫を飼って丁寧に生活を営んでいる大人の男」像からは程遠い。
大宰府互譲というのは所詮そんな男だ。
ドジで間抜けで新人の頃は誰よりも怒鳴られてきた男なのだ。

けれど、春にとってはそうではない。
「憧れの大宰府さん」だ。
仕事も出来て、かっこよくて、自分を助けてくれる。
ヒーローなのだ。

「正直俺だって、毎晩毎晩彼女とヤりまくって一時だって一人で居たくないなんて言うお前の価値観が信じられないくらい気持ち悪いと思ってるよ!なんだソレ!一人じゃなんにもできんのかい!しっかりせんかい!くらい思ってるよ!けど思ってても今まで言わなかったよ!それがお前の価値観の中の“楽しい事”なら、俺の口を出す部分じゃないからだ!わかるか!?お前のやってる事は相手の事情も感情も無視した想像力の欠片もない赤ん坊の泣き声と一緒だ!!赤ん坊なら可愛いけど19歳でそれは……ナイ!!!耳触りだ!」
「〜〜〜〜っ!!」

春日は返す言葉もなく口をパクパクさせる香椎花の頭を未だに両手で掴みながら言いきった。きっとこれは今まで春の溜めこんできたものそのものだ。
それが全てであるかなんて春自身にも分からなかったが、不思議な事に吐き出しても吐き出しても全然スッキリしない。
春は頭をクラクラさせながら、口をへの字にしり後輩をしっかり見た。
むしろ吐き出せば吐き出す程苦しい。

(痛い事には多少慣れます。嫌われる事には余り慣れませんが、多分これには余り慣れ過ぎない方がいい)

春の脳裏に昨日の大宰府の言葉がよぎる。
そして、これか、と理解した。
これこそが慣れない方が良い“痛み”だ。

「香椎花、お願いだから……会社の中でそんな生き方するなよぉ」
「わかってますよ、俺がこんなんだから春センパイが周りから色々言われてるって事は。けど仕方ないじゃないっすか!俺わかんないっすもん!みんな笑ってんならいいじゃないっすか!意味わかんねー!春センパイは俺の事嫌いなんでしょ!」

香椎花のやっとの反撃に春は唇を噛んだ。
春は表情を歪ませて、酔っているにも関わらずその顔は真っ青だった。

「バカか!嫌いなわけあるか!俺への迷惑なんてお前が気にする事じゃないんだよ!お前が俺に迷惑をかけるのは当たり前なんだ!もうっ……わかんないよなぁ!だって香椎花、お前ほんの少し前まで高校生だもんな!わかるわけない!」
「春センパイ意味わかんないっすよ……言ってる意味ぜんぜん……ぜんぜん」
「なぁ、もっと保守的になってよ!自分を守っていいよ!事無かれ主義でいてよ!自分が周りからこう言われるだろなって分かってて、それでも笑って仕事してるお前は十分凄いからさ……“若い”ってだけで言われる批判にもっと敏感になって、もっともっと自分が楽になるように動いて。批判されて平気な部分なんか作るな!他人を攻撃するとその分自分にも帰ってくるんだ!そうだろ!?」
「…………」
「お前は凄いやつだよ。誰とでもすぐに打ち解けられる。お前が来て俺、仕事楽しくなったよ。一緒に仕事してて楽しいよ。迷惑なんて思ってない。ただ、もっと……ううう」
「なに、泣いてんすか。春センパイ!」

最早最後は支離滅裂。
顔を挟まれたままの香椎花は至近距離でボロボロと泣き出した春に、カウンターに居た宮野を顔を春へと向けたまま呼んだ。

「マスター!なんか拭くもんください!」
「あ、か、かしこまりました」

宮野は途中から笑う事もできずに見守っていた二人の問答が急に終焉を迎えた事に驚いた。なにが起こったのかさっぱりわからない。
喜劇なのか、悲劇なのか、これは何なのか。
店中の客も急な二人の掛け合いの終了に妙な雰囲気になっていた。
今では店の客全てが二人への聴衆であったのだ。

「春センパイ、マジで意味わかんねー」
「うう、うう」

香椎花はスルリと己の顔の両脇から消えた春からの拘束に、首をコキコキと動かしながら眉を潜めた。
そして、宮野から手渡されたおしぼりで「うえ、うえ」と泣き喘ぐ春の顔を丁寧に拭いてやる。

「んー、俺頭わりーんで春センパイの言いたい事あんまよくわかんなかったっすけど」
「……うう」
「ふいんきで、さっするとー、春センパイは俺の事が好きって事っすよね!いえーい!」

にこー!
春の涙をゴシゴシと拭いながらカラカラと笑いだした香椎花に、宮野はドッと疲れが押し寄せてくるのを感じた。
こんな化けモノ宇宙人みたいな新人と付き合っている春の日々を思って、心底同情した。
最初に己の見立てたこの香椎花という青年への考察など、一切合切が的を外しているようにすら感じて来る。
ゆとり世代で宇宙人だったのだ。
もっと若い世代など、最早なんと称してよいのか宮野にはわからない。
いや、そもそも世代の問題ではないのだ。
きっとこの香椎花という青年が“特別”なのだ。
そう思わなければ、これからの世間の荒波を越えてゆける気がしない。

こんな奴らが、世の中ゴロゴロ社会でのさばってくる未来なんて、怖くて愉快で恐ろしくて、考えたくもない。

「ねー、春センパーイ!そっすよねー?俺の事スキって事っすよねー?」
「うん」

そして、そんな相手に酔っぱらいとは言え平然とした顔でコクコク頷く春もやはり、宮野にとっては宇宙人だった。
あの掛け合いで二人の何かが解決したのかどうかはわからないが、最早それを理解する立場には宮野はないのだった。

そして、それはきっと。

「…………」

店の入り口で、二人の掛け合いの最初から立ちつくしていた大宰府も同じであろう。
その隣の甘木は、どうであろうか。
甘木五郎丸も春と同じ世代で生きてきた若者だ。
きっと、きっと甘木も宇宙人なのだろう。

「宮野さん、何か手伝いましょうか?」

この状況でスタスタやってきてそんな事を言うのだから。

「あれ、バイトの人っすか?じゃあこれもういらないんで、おねがいしまーす」
「バイトじゃねぇよ。春ちゃん泣かしてんじゃねーし。年上への口の利き方覚えろよ」
「……ごろうまるくん?」
「ごろうまる!?あなたさまは、武士の家系の人っすか!」
「…………宮野さん、エプロンください」

最早最後は香椎花の事は無視である。
春は突然の甘木の出現に擦られて赤くなった目を少しずつ見開くと、キョロキョロと顔を動かした。
そしてお目当ての人を視界に映した時、春は先程までの涙などうって変った笑顔で叫んだ。

「大宰府さん!大宰府さん!」
「え?」

春は入り口で立ちつくす大宰府の元へと駆けつけると、そのまま大宰府の手を取り矢継ぎ早に声を上げた。
大宰府は何も言えないままただ春を見つめる事しかできないでいた。

「大宰府さん!俺やっぱり怒るの下手クソでした!全然分かってもらえませんでした!あははっ!大宰府さんは見苦しくなんかありません!かっこいいです!一番尊敬してます!憧れです!俺は大宰府さんみたいになりたいです!」

春はそれだけ言い終わると、大宰府に向かって倒れた。
唐突に春は眠ったのだ。
人生初の大仕事を果たし、疲れ果てて眠ってしまった。
己の尊敬するヒーローとのたまう相手の腕の中で。

(大宰府さんの言う通り、相手は案外けろっとしてました)

春は夢の中でそう報告すると、意識を深い深いところまで落としていった。
そして、当の大宰府はと言うと。

「はは……最高」

春日の体を支えながら、呆然とそう呟いた。
そこにはミスを連発した情けない顔も、側溝に落ちて不貞腐れた顔も。

一切なくなっていた。


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あきゅろす。
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