[携帯モード] [URL送信]

心苦しくも私もゆとり世代でございます。
・・・・・


       ○


基本的に、教育係は教育を任された後輩と常に行動を共にする。
デスクは隣、外回りも一緒、すると必然的に昼食も一緒、会議も一緒。
春は会社で過ごす殆どの時間をキャラの濃いド新人、香椎花と過ごす事となったのだ。

お陰で春日の会社での日常は一変した。
それはもう、見事愉快に一変したのだ。



休憩室での会話である。
『え!?春さんって26歳なんですか!?なんでそんなに老けてんすか!?』
『え、ええ。いや、わかんないけど』
『びっくりしたー!最初俺の親父と同い年くらいかなぁって思いましたもんね!』
『そこまでかな?』
『んー、何がそんなに春さんを老けさせてんのかなー。あ!そうだ!髪が真っ黒だからじゃないですか!重いんすよ!春さん明るく染めてみないっすか!』
『髪を?俺が?』
『あ、こんな色とかどっすかね!うーん!それかコッチ!』

ぺかーっ。そう笑いながら香椎花の見せてくる髪色のサンプルに、春はいつの間にか「うんうん」と真剣に7歳も年下のアドバイスを聞いていた。
一見失礼なようで、実際失礼な彼だったが、徹底した悪気の無さというのは春にとって怒る対象になりえなかった。
そうでなくとも春日は怒るのは苦手で、余り怒った経験もない。
もちろんビジネスの上での礼儀やマナーに関しては教えていかねばならないが、自分に対する底抜けの友達感覚は目を瞑る事にした。
自分以外にはきちんとしてくれればいい、春日はそう思った。


移動中の電車での会話である。
『それでっすねー、昨日俺が俊に電話して教えてやったんすけどー、そしたら洋一が』
『ん?えっと、待って』
『どうしたんすか?』
『純さん?洋一さん?』
『俊ー、純は俺の中学の時からの大親友で、洋一は上辺だけの友達っす』
『あ、友達なんだ。いきなり固有名詞出て来るから何かと思った』
『洋一のヤツ、他人の女ばっか取るんすよ。マジしんじらんねー!』

面白い事にこの香椎花という男は、春日をまるで旧知の仲のように扱う。先輩扱いしないという事を突出して言いたいわけではなく(もちろんそれもあるのだが)自分のプライベートな友達の名前を自然に会話に織り交ぜて気にせず会話を進めてくるのである。
まるで、知っていて当然のように。
初めは戸惑った春日だったが、話していくうちに慣れ、今では香椎花の友達はあらかた名前と特徴が一致している。
そんな鼻から人間関係の垣根をとっぱらった交流方法に、春日は戸惑いつつも感心するより他なかった。自分に出来るかは置いておいて、こういった他人との距離の詰め方もあるのだ。
そして確かにこれは一定年齢以上の層には有効なようで「面白くて可愛いやつ」なんて言って、今では気難しい部長からも可愛がられている。



デスクでの会話である。
『春日さーん!』
『なーにー?』
『呼んだだけっすー!』
『え?』
『総務部行ってきまーす!』

『……本気で用なかったんだ』

こんな春と香椎花のやり取りを、最早周りも自分のデスクでクスクス笑いながら聞いている。
そう、香椎花が来てからというもの、春の居る部署の雰囲気がガラリと変わった。
元々、暗いと言われていたわけではないが、何の特徴もない色の薄い部署ではあった。
加えて、自分の気分次第で機嫌の上下の激しい部長や、務め上げて25年目という誰も逆らえないお局様など上の面々の目もあり、部署内は最低限の会話しかない
しかし、香椎花が来てからは全体的に雰囲気が明るくなり、他部署の同期からも「お前の所、明るくなったよなー」という評価をたびたび受けるようになったのだ。
香椎花自体の明るさもあるのだろうが、それよりも彼の言動により個々の言動の許容範囲が大きく広がったというのが、部署が明るくなった原因だろうと春日は考えている。
部長にもお局様にも、香椎花はハッキリとものを言う。
一番遅く入った彼が、一番先陣を切って言葉を発する。

そう、香椎花が来て部署は明るくなったし、春日も毎日楽しく愉快だ。
香椎花を迎えて初めて春は会社に経験のない新人を採用する事の意義を見た気がした。
能力では変えられない壁や慣例というものが、やはり社会にはある。
それを良くも悪くも新人は変えていくのだ。

それに、若い為か飲み込みも早い。スポンジのように何でも吸収していく様は、見ていていっそすがすがしかった。

ここまでであれば、19歳のド新人が会社の雰囲気を明るく変えたという良い話に落ち着く。

けれども、物事はそう簡単ではない。
会社とは、社会とは、それはもう様々な人々がるつぼのように生きる場所だ。
プラスになる事象だけが起こる事など、物事のバランス的にはあり得ないのである。


[*前へ][次へ#]
[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!