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心苦しくも私もゆとり世代でございます。
・・・・・



春日 春はひたすら飲んでいた。
ひたすら飲みながら、ここ最近の事、とりわけ仕事の事を振り返っていた。
最近では夜ぼんやりしていると、自然と仕事の事を考えてしまうようになった。
以前はそんな事はなかったのに、最近は妙に仕事終わりの切り替えが上手くいかない。

「ふう」

一息つき、天井を見上げる。少しだけ心が落ち着いてきた気がする。
照明が薄暗いせいだろうか。気持ちを無理に明るくしなくてもいいような気がして気が楽だ。

春が飲んでいる場所は自宅ではない。
薄暗く、店の奥からはどこかムーディな音楽が聞こえてくるそこは、どこか80年代を思わせるバーであった。まぁ、80年代を知らない春からすれば、そこはそういったテイストのお洒落なお店でしかなない。春が居るのはそんなバーのカウンター。
目の前には様々な装飾の施された酒の瓶がズラリと並んでいる。しかし、それと調和するように珈琲豆の入った樽も無造作に置かれ、スンと鼻を鳴らすと、酒の匂いと共に芳醇な珈琲の香りも共に漂ってくる。

それもその筈、春は洒落たバーカウンターで、一人ブラックコーヒーをすすっていた。
現在、花金の仕事終わりにも関わらず、だ。
周りの客達が楽しげに酒を呑み交わしている中で、春だけはブレイクタイムを楽しむサラリーマン。
スーツは着崩さず、酒の入ったほろ酔いのテンションでもない。
夜の飲み屋で春の周りだけは、完璧に昼間だった。

「はぁ、おいしいなぁ」

春が一人昼間の顔でそう呟くと、カウンターの奥に立っていた一人の男が呆れたような顔をした。

「お前なぁ」
「宮野さんのコーヒーは、いつ飲んでも癒されますね」

呆れた顔の元上司の姿に春は穏やかに笑ってみせた。
ここは春の元上司である宮野 陣の営む喫茶店である。しかし、経営が上手く軌道に乗り始めた1年程前から、ここは昼は喫茶店、夜はバーと二つの顔を持つようになった。
居酒屋のように食べ物のメニューが豊富なわけではなかったが、喫茶店という元のスペックを十分に生かした店の佇まいは、静かな酒を好む常連客の格好の憩いの場となった。
かくいう春もその一人であり、こうして週末になるとふらりと訪れる事が多かった。
もちろん、一杯目は必ず珈琲である。

「お前さ、酒飲んでていいんだぞ?」
「いえ、もうすぐつくと連絡があったので、待ちますよ」
「いやいや、お前ただでさえエンジンかかんの遅いんだから。今日くらい飲んでろっての」
「俺、宮野さんの珈琲好きです」
「……そりゃどうも」

昼間の色を決して濁さない元部下の返答に、宮野も諦めたように肩をすくめた。
そして空いたカップをカウンター越しに掴むと、コポコポと静かに珈琲のおかわりを注いてやった。
褒められて悪い気はしない。というか、嬉しい。

「奢りだ」
「……幸せだなぁ」
「やっすい幸せだな、お前ってやつは」

春日は目を閉じて湯気の立つ珈琲の香りを吸い込むと、宮野の気付かれぬように小さく息を吐いた。所以、溜息というやつである。
今この瞬間、確かに春日は幸せであった。
しかし、ここ最近、少しだけ悩んでいた。

「春日」
「なんですが、宮野さん」

気付かれぬようについた筈の溜息であったが、この元上司の目はそう簡単には欺けないようであった。
カウンター越しに見た宮野は、2年前、春日がひよ子のようについて回った頼りになる上司の顔をしていた。

「今日はたくさん愚痴を聞いてもらえ」
「愚痴なんて、そんな」
「愚痴でも、クソでもなんでもいい。吐き出せ」
「……はい」

春日は静かに頷くと、ポケットの中で携帯が震えるのを感じた。
見て見れば、もうすぐ着くとの事。
送り主は【大宰府さん】とある。

春日 春。現在、26歳。


カラン。
店の入り口が開く音が店内に響いた。

春はその音に静かに息を吸い込む。
そう、春は小さな悩みを抱えていた。


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あきゅろす。
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