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つまりは、明日からまた1週間が始まるということ。
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世界の中心たる聖都バイパス。
サモトラケは王政による統治国家であり、聖都バイパスは世界を統治する王家の膝元にある大都市である。

そこに彼は居た。

“彼”

すなわち、和真をあの狭い社員寮から呼び出した男。
彼は名をアソシエ=アベニといい、年齢は和真同様24歳。
王家直属のお抱え召喚師団の第4師団員の一人である。

王家直属の軍に配属されるというのは、サモトラケでは最も名誉のある事であり、そしてエリートの代名詞である。
その中でも特に魔力を有した者だけで構成される召喚師団は別格で、一人の召喚師の持つ力は他の軍の隊長と同等の権力が与えられる。
誰もが羨む肩書、誰もが望む未来。
アソシエはそれら全てを手にした。
しかし、同時に全てを失った。

アソシエは大陸の北方にある貧しい農家の長男として生まれた。
両親、祖父母、妹、弟。
合わせて12人の大家族。
長男であるアソシエは一家を支えていく稼ぎ頭として、幼い頃から当たり前のように朝から晩まで労働に勤しんでいた。
それは北方のその地方一帯では特段珍しい事ではなく、子供はどこの家庭でも貴重な労働力として扱われるのが当たり前だった。
故に大陸の北へ行けば行く程子供の就学率、識字率は下がっていく。
アソシエの住む村には、そもそも学校と呼ばれるものすら存在しない程であった。
それ故、アソシエとて例に洩れず、彼は15の誕生日を迎えるまで自分の住む世界の文字すら知らずに生きてきた。
しかし、アソシエはそんな毎日を不満に思ったことはなかった。
それが彼の“日常”であり、貧しくも賑やかな家族の存在はアソシエの生きがいでもあった。

しかし、そんな彼の小さく貧しい故郷は、10年前にその姿を消した。


内戦だった。
よくある、貴族同士の領土拡大の為の小競り合い。
彼の村は不幸にもその小競り合いの直撃を受け、多くの村人が死んだ。
アソシエの家族も皆死んだ。
否、殺された。

しかし、幸か不幸か、村が戦場になったその日、アソシエは一人隣村まで収穫した農作物を市に出しに出ていたのだ。
故に助かった。
故に、彼は一人になってしまった。
14歳の彼は変わり果てた村の姿を前に、どうする事もできなかった。

立ちつくすアソシエの前に現れたのが、内戦平定の名目を掲げやってきた王家直属の召喚師団であった。
生き残った村人達を保護する王家の軍人達は立ちつくすアソシエも保護しようとした。
ある一人の召喚師がアソシエの体に触れた途端、その召喚師の手はバチリと音を立てて弾かれた。
しかも、弾かれた手は酷い火傷を負ったように爛れていたのだ。

そこで初めて発覚した。

アソシエは先天的に魔力を持つ子供。
つまりは、召喚師であるという事が。

魔力を上手くコントロールする事ができない者は、他者の魔力を無作為に弾く。
それは、力の制御を知らないが故に常に体から魔力が垂れ流しの状態にある為だ。
魔力は、生命力とは異なる力故、垂れ流しにされた状態でも日常生活の中ではさして問題がない。
ただし、それはこのように周りに魔力を持つ人間が居ない場合に限る。
力の制御を知らぬ者同士が、何も知らずに近くに居れば、垂れ流しになった互いの魔力が混じり合い、最悪魔力同士で大爆発を起こす危険性もあるのだ。
その事例は過去何百という数を数え、大爆発を起こした場合町や村は簡単に消し飛んでしまったというのが殆どだ。

アソシエの場合、村や関わってきた近隣住民に他に魔力を持つものが居なかったので、何も知らず、何も起こさず生きてこれた。
そして、幸いにもアソシエの手を取ったのが訓練に訓練を重ねた王家の召喚師団であった事が一つの悲劇をふせいだのだ。

アソシエの手を取り酷い火傷を負った召喚師一人の痛みで全ての事故は防がれた。

ただ、魔力を持つ人間の希少さと、その危険性から魔力を持つ人間は有無を言わさず身柄を拘束される。

全てを失ったアソシエは、変わり果てた故郷に背を向け、そのままその召喚師団に連れていかれた。
抵抗も、何もしなかった。
ただ、アソシエは静かに、静かに涙を流す事しかできなかった。














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「カズマ、これから……一生、よろしくな」


そう言って心底嬉しそうに笑うアソシエに、隣に立っていたもう一人の召喚師は眉間に寄っていた皺を更に深めた。
そして、右手だけに装備された真っ黒い手袋に覆われた手にきつく拳を作る。

彼の名をリスフラン=ショパールという。
年齢は、和真やアソシエよりも4つ上の28歳。

アソシエを保護しようとして魔力の反発現象に合い、その手に大やけどを負った第4召喚師団4班のリーダーであり、アソシエの先輩でもあった。
リスフランは和真とアソシエの左手薬指に微かに光る、無色透明な誓いの指輪を見てどうしても解せぬ思いをその旨に渦巻かせていた。


(色のない指輪、だと。ふざけるのも大概にしろ……)


彼は今まで幾度となく同じような誓いの召喚の儀を見てきたが、そのような指輪の色は見たことがなかった。
この、誓いの召喚の儀は、魔力を有する召喚師と言えど、基本的に一生に一度しか行う事ができない。
他の世界から、自分の持つ魔力に共鳴した召喚獣を呼び出すその儀式は、大量の魔力と生命力を消費する。
故に、多くの召喚師はこの儀式を経て得た己の召喚獣を一生の傍使いとし、共に任務をこなしていく相棒となるのだ。
ごく稀に、その召喚の儀を何度も行う事ができる特殊な人間も居るようだが、そのような人間はアソシエ達が居るような一介の師団員として存在する事はない。
もっと、王家に近い位置で、国の切り札の一部として王宮の中にその身を置く。

そんな召喚の儀だ。
召喚師として教育を受けた者は、この召喚の儀を持ってやっと一人前の召喚師として認められる。
先輩の後をずっとついて回る事しかできなかったアソシエも、これでやっと一人で一つの任務の遂行者として師団に貢献できるようになったわけだが。


「お前、呼び出されたばっかの分際で、どうして自分で名を持つ」

「………はぁ?」

無色透明な誓いの指輪。
そして、もうひとつリスフランの中で和真の存在が解せぬ理由がそれだった。

「召喚獣ってやつは自らの世界の中の名はこちらに呼び出された瞬間に消滅するのが習わしだ。なのに、どうしてお前はサモトラケに呼び出されても尚、自分の世界の名を口にできるんだ?」

「……あんたの言いたい事が、俺には全くわからない。つーか、だいたい……なんなんだよ、ここは」

そう言って、先程まで極度の混乱から口を開く事すらままならなかった和真がやっとの事で事態の異常さに反応を取り始めた。
その姿が、更にリスフランの中のモヤモヤを膨れ上がらせる。
召喚獣の分際で己の名を持ち、更には全く現状を理解できていない。
そして、一番最悪なのが……

(コイツ……魔力がねぇ)

魔力がない。
つまりは魔法が使えないという事だ。

リスフランは隣で無邪気に己の召喚の儀の成功と、和真というやっとできた己の召喚獣に喜びを見せる後輩が哀れに思えて仕方がなかった。
これは明らかに失敗作だ。
きっと、今後どんな任務に就こうとも、これは役に立たないに違いない。

ただでさえ、このエリート集団の中で北の大陸からの成り上がり者としてやってきたアソシエは厳しい目ばかり向けられてきた。そんな後輩がやっと召喚の儀を行えるだけの魔力を有する事ができたというのに。

一生に一度で、たった一人だけの己の契約者。
相棒となるか、家族となるか、仲間となるか、下僕となるか。

……それともすぐに別れるか。

それは契った後の二人の関係の形成に係ってくるが、役立たずの召喚獣程、今後のアソシエにとって手枷足枷になるものはないだろう。
成り上がり者として、そして極度に魔力が少なく初級魔法しか未だに使えない後輩の、更に恥と成りうるこの召喚獣。

(そんなもん居ねぇ方がいいだろ)

必死に努力して、己の魔力の少なさを剣術や体術で補うアソシエだ。
召喚獣等いなくても今後も師団の中では上手くやっていくだろう。
こんな訳のわからない役立たずを使役して好奇の目に晒されるくらいなら、いっその事、早く契約を破棄してしまえばいいのだ。

そう、リスフランがアソシエに向かって口を開こうとした時だった。


「先輩。俺、カズマに俺の制服を着せてあげてきます。きっとこの格好じゃ風邪をひいてしまう」

「…………アソシエ、お前」

「……カズマは俺の呼びだした契約者です。俺みたいなやつのとこに……せっかく来てくれた契約者なんです」


そう、どこか堅い決意に染められたアソシエの目に、リスフランは何も言えなかった。
アソシエはこの召喚の儀を誰よりも心待ちにしていた。

学もなく、家柄も後ろ盾もない。
そして召喚師として連れてこられたにも関わらずアソシエの魔力は最底辺のEランク。
本来ならば召喚師として3年の義務教育を受ければ皆召喚の儀に移る。
しかし、アソシエはその魔力の少なさからこの師団に入隊し、召喚術を学び始めて10年かけてやっとこの召喚の儀にこぎつけたのだ。

そして、現れた自分の契約者。
リスフランにとってはどこの馬の骨とも知れぬ、魔力のない役立たずに違いないが、アソシエにとってはそうではないのだと、わかっていた筈なのに今更になってリスフランは思い知らされた気がした。

リスフランは己の左手薬指にはめられた濃い黄色に染められた誓いの指輪を撫でると、20年来の付き合いになる己の契約者を想い、決意した。


「30分後、師団室の東側入口に集合しろ」

「…………っはい!」

「さすがに真っ裸じゃ、報告にも行けねぇしな。その見るに耐えないサイズモノを早くしまってこい」

「っっっ!!!」

その、リスフランのなんとも言えぬ物言いに、素っ裸でアソシエの上着だけ羽織る和真は声にならぬ叫び声を上げた。
屈辱に屈辱を塗り重ねたような気分に支配される和真を余所に、アソシエは少しだけ困ったような表情で自分の先輩と契約者を見た。

ずっと後ばかり付いていく事しかできなかった先輩の目で、何を彼が思っているのか容易に想像がついてしまったのだ。

(これからも、俺は先輩に心配をかけてしまう。けれど……)

ギリギリとリスフランを真っ赤な顔で睨みつける和真の左手薬指にはめられた無色透明の指輪。
そして己の手に同じように在る指輪。
その存在に、アソシエは背筋が伸びるような感覚に陥った。

(カズマは俺の契約者だ)

その事実が、アソシエにはたまらなくうれしかった。

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