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つまりは、明日からまた1週間が始まるということ。
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「おーい!飯塚!大丈夫かー?」


ばしん。
突如としてパソコンに向かう和真の背中に衝撃が走ったのは、時計が正午を指す5分程前の事だった。
その衝撃と声に、今まで何かを忘れるかの如く必死にパソコンに向き合っていた和真の眉がくしゃりと頼りなく寄る。


「……て、手代木さぁん。すみません、俺のせいで……朝から」

「気にすんな。あれはお前が悪いじゃないだろ!」

そう言って笑顔で、パンパンと軽く肩を叩いてくる手代木に、和真の涙腺は更に緩む。
しかし、隣のデスクには初めて出来たデカい後輩も居るため、泣くなんてとんでもない事だ。

『来週から、俺はお前の教育係じゃない。だから、これからはお前の面倒ばっかりはみれなくなるんだからな。しっかりやれよ』

先週末、手代木から誘われた飲みの帰りにそう告げられた。
その言葉に和真は悲しさと心細い気持ちがグルグルと渦巻いて仕方がなかったのだが、結局、新年度早々こうして手代木は和真の面倒をみにきた。
フォローもしっかり忘れない。
それが、和真には情けなくもあり、うれしくもあった。

まだ、手代木を頼ってもいいのだと心の中で安堵できる。

和真が毎週日曜日、必死に出社拒否と闘い、そしてそれに全勝できているのは、この手代木の存在が大きかった。
どんなに上司にいわれのない事でぶち切れられようと、ミスの連発で回りに迷惑をかけようと、情けない自分に涙を流そうと、こうして必死に頑張ってこられたのは一重に、今まで面倒を見てくれた手代木の助けを少しでもできたらと思っているからだ。


「よし!飯塚!それに熊丸!お前らまとめて昼飯おごってやるから、社食行くぞ!」

「っ手代木さぁん!」

「っへ、俺もいいすか?」


思わず野球部口調が出るほどに驚く熊丸の腕を、和真は無理やり引っ張ると「立て!社食混む前に行くぞ!」と眉を歪めながら、手代木の前に立った。
そんな和真に、手代木は「頑張れ先輩!」と和真の背中を叩いた。

その背中に広がる衝撃に、和真は少しだけ、もう少しだけ頑張ろうと前を向くのだった。





















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そう、前を向いたのも束の間。
和真は一人、げっそりとした表情で社員寮の自分の部屋の戸を潜った。
時刻は既に午後11時を回っている。

キィィ。
そう、どこか苦しむような音を上げて開くドアに和真のゲッソリ具合は増す。
年季の入ったその部屋は夏になれば西日で死にそうな程熱に冒され、冬には隙間風で寒さに支配される、なんとも生きるのに厳しい作りになっていた。
そんな、生きにくい憎っき会社の社員寮に愛着など沸くはずもなく、和真は未だにこの部屋に入る事を、決して“帰る”とは口に出さなかった。
せいぜい、家に“戻る”程度の気持しか、この部屋にはわかない。
寝に戻ってるだけのようなものだ。

そういえば、今朝は朝ばたつき過ぎて布団を敷きっぱなしだった。

和真は力の入らない手でネクタイを外すと、そのまま丸2日、敷きっぱなしの布団へダイブした。

急きょ、明日自分とあのクソ上司との出張が決まった。
出張と言っても泊まりではないためまだマシだが、新幹線で約3時間。往復6時間の道のりをあのクソ上司と過ごして一日を過ごさなければならないかと思うと気が滅入る。
いや、滅入るなんて言葉では到底今の和真の消沈を表せるようなものではない。

明日は昼も……下手すると夜まで一緒に食わねばならぬかもしれない。
かつ、飲みにまで連れて行かれるかもしれない。

和真はムクムクと広がる嫌な予感という名の可能性の高い未来に、今度こそ翻弄に枕を涙で濡らし始めた。
(行きたくない、行きたくない、仕事行きたくない出張行きたくない)
今日、手代木や熊丸と食べた楽しい昼食の時間が遠い夢の世界の出来事のようだ。

最近はいつもこうだ。
毎日、毎日。
子供のように仕事に行きたくないと一人枕をぬらす。
もはや日課と言ってよかった。

新年度早々、多くの新入社員や同僚、先輩の前で納得のいかない怒りをぶつけられ、かつ明日からは同じ空気を吸うのも嫌な上司と1日出張で時間を共にせねばならない。

帰り際、手代木からいつものように背中を叩かれた。

『頑張れ、飯塚!』

(がんばります、がんばりますよ。手代木さん、がんばり……やっぱ俺がんばれませぇぇん)

ぐるぐるぐるぐる。
急きょ出張の決まった和真の代わりに、熊丸の面倒は泣く泣く他の同僚に頼んだ。
やること、おぼえるべきこと、心得ておくべきこと。
去年、手代木から教わったようにと熊丸の教育計画を夜なべで作ったスケジュールにさっそく穴が空く。
しかもあの上司のせいで。


枕が次々に溢れ出てくる涙でぬれまくる。
ついでに、鼻水まで出てきてそうしようもない。

(がんばれ、俺。がんばるんだ。明日、乗り切ればいいんだ。頑張れ、俺)

そう、呪文のように心の中で呟く和真は傍から見たらちょっとした危ない人かもしれない。
が、このむさっくるしい愛着もクソもない部屋には自分一人だけ。
その日、和真は布団の上で、少しだけ声を上げて泣いてやった。

そして、いつものようにいつの間にか泣き疲れて眠っていた。
そして、いつものようにうるさい目覚まし音で目を覚まし、嫌だと思う間もなく会社に向かって家を飛び出す。

そんな和真の火曜日が幕を開ける

筈だった。


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あきゅろす。
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