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つまりは、明日からまた1週間が始まるということ。
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「だれの指示かと聞いているんだ!」

そう、怒声と共にドンという鈍い殴打音が和真の鼓膜に響き渡る。
背中には数え切れない程の視線と、目の前には苛立ちを全面に押し出した上司。
かつ、和真の隣には心配そうな目でちらりと視線を寄越してくる、先週まで和真の教育係だった男が立っていた。

彼の名前を手代木 透(てしろぎ とおる)という。
年は今年で25.
先週まで、入社1年目である和真の教育係として奮闘し、今年度から若いながらもチームリーダーを任せられている和真が現在最も尊敬する男であった。
加えて和真が今世紀最大に迷惑をかけまくった男でもある。
現在進行形で。

「い、いえ……だから、誰の指示とかではなく、いつもの資料をと指示を受けたので…」

「なんだね?手代木くんの指示だというならはっきりと言いなさい!それならば、私は今から彼に話を聞かなければならない」

上司のギリギリとした視線が和真の隣に立つ手代木にまで向けられた瞬間、和真は思わず「いえ!」と必死に声を上げた。


「そうではなく、それは」

「もういい!質問に答えないのなら出て行きたまえ!」

「……っ」


上司の有無を言わさぬその口調に、和真はどうしようもない悔しさと焦燥感に襲われた。
出社して早々、いわれのないミスで呼び出され怒鳴られまくった挙句、出ていけときた。もう、月曜日からなんと頭の痛い事だろうか。

(ぶん殴りたい。死ぬほどコイツをぶん殴りたい……!)

和真はメラメラと燃える怒り炎に拳はしっかりと握りしめられ、どうにもならない想いの連鎖に唇を噛みしめる。
そんな和真の憤りが上司に見咎められようとした瞬間、和真の背中を隣に立っていた手代木がドンと叩いた。

「飯塚、ほら。もう行くんだ」

「っ手代木さん……」

少しだけ優しさを含んだ手代木の声に、和真は彼の声の裏の言葉を聞いた気がした。
(お前が悪くないのは、わかっている)
そう、手代木の目はしっかりと和真の目を見て伝えていた。
その瞬間、怒りと憤りに塗れていた和真の思考が一気に萎んでいった。

そして、残るのは膨れ上がる悲しみとやるせなさのみ。
こうして、また手代木に迷惑をかけ、庇われる。

(なんで、俺はいつも……)

情けない。
その事実がなんとも和真の涙腺を緩ませたが、こんなところで泣くわけにもいかない。
泣いても、何も解決しない。

和真は深く息を吸い込むと「失礼しました」と一礼し、上司に背を向けデスクから離れた。
その瞬間、和真に視線を投げていた多くのスタッフ達が一斉に視線を逸らし、各々の仕事へ戻っていく。
和真の勤める会社は、部署間の隔たりを無くそうという試みのため、フロアに間仕切りが一切ない。
それは上司と部下の間でも同じ事で、壁のないその会社では何か問題が起こればすぐに社員全員の目に触れる。
故に、和真が上司に怒鳴り散らされるのも、いつも全社員の目に触れるわけだ。
いつも、いつも。

かつかつと歩く和真の靴音だけが、鮮明に響き渡る。

泣くな、泣くな、泣くな。
これしき、いつもの事ではないか。

和真は口を無一文字に結び、自らのデスクへ戻る。
上司のデスクの前には、未だに手代木が立っており、明らかに和真の事について上司がグチグチと何か文句を言っているのがわかる。
というか、聞こえる。
その事実に、萎んでいた和真の怒りがまたしても膨れ上ってしまう。
それと同時に「申し訳ございません」という手代木の声にやるせなさもこみ上げる。

(なんで……俺は、こんなに……だめなんだ)

何が、きっかけかはわからない。
が、和真はいつの間にか、あの上司に目を付けられていた。
まぁ、去年1年間、和真は多くの失敗をしてきた。
が、それは他の新人達から突出してなにかしでかしたわけではない筈だ。

なのに、なぜか和真は怒声の的だった。
懸命に頑張れば頑張るほどに、和真はいつも空回る。
上司の怒声に怯えながらも、必死に頑張るのだが、それは一向に報われなかった。

「あの、飯塚さん。大丈夫、ですか……?」

ドサリと自分のデスクに戻った和真に、今度は隣から心配そうな声をかけてくる、一見して和真よりも大幅にガタイのでかい男が居た。
男の名を、熊丸 大河(くままる たいが)という。
年は22。
まさに、名が体を表す彼こそ、今日から和真の指導下に入った新入社員だった。
大学時代は野球部のキャプテンだったという事もあり、頭は見事坊主だ。


「あ、あぁ。いつもの事だよ!気にすんな!お前は俺みたいになんなよ!」

そう、必死に笑ってみせるがきちんと笑顔はできているだろうか。
新人に、余計な不安を与えてはいないだろうか。

和真は先程、手代木からされたように熊丸の背中をたたくと熊丸のパソコンを覗き込んだ。
熊丸のパソコンには、先週新人のみで行われた新人教育合宿の報告書がうつし出されている。
これこそが、新人の最初の仕事だ。

「んー、けっこう上手く書けてるじゃん。できたら印刷して俺んとこ持ってきてな」

「は、はい!お願いします!」

去年、和真も手代木から同じように報告書の査収を受けた。
見事、訂正箇所のオンパレードだったが、手代木はいつも根気よく査収してくれた。
そして、今も。


「まったく!1年間どういう教育をしてきたんだね!手代木くん!」

「申し訳ございません」


和真のせいで上司からいわれのない叱責を受けている。
遠くに聞こえるその怒声に、和真は幾度となく心の中で上司をぶん殴ってやった。
それは、いつもの和真の小さなストレス発散法だった。
結果、残るのは虚しさだけなのだが。


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