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つまりは、明日からまた1週間が始まるということ。
つまりは、明日から新年度だということ。



時間は元には戻らない。
先にしか進まない。
その事実が、どうしても辛くなる時がある。


「死にてぇ……」


そう呟いた男の目には微かに涙がにじんでいた。
青年と呼ばれる年齢の男が布団の上で一人、涙を滲ませる程、何かに苦しんでいる図がそこにはあった。
何が、その男をそんなにも追い詰めるのか。
それは、とても単純かつどうしようもない事実だった。

「もう、嫌だ……」

それは、今日が日曜日であるという事実。














【つまりは、明日からまた1週間が始まるということ。】














あぁ、もう今日は日曜日か。
しかも、もう日曜日も終わりそうだ。
あと、2時間もすれば時計は明日という忌々しい世界へ全てを誘うのだろう。

その事実が、今、男を何よりも苦しみの境地に立たせていた。
男は名前を飯塚 和真(いいづか かずま)という。
年は今年で24。
まだ誕生日を迎えていないため、ギリギリ23歳ではあるが、それもあと1カ月もすれば終わりを告げる。
容姿において特筆すべき点なし。
会社の方針で、髪は真っ黒、短めな普通の青年。

時間とはなんと残酷で無慈悲なのだろうか。
和真は明日からまた一週間が始まるという事実と、またこうして1年があっという間に過ぎ去ってしまったという事実に、一人むせび泣きそうな勢いで布団に突っ伏した。
そう、もうあの激動かと思えた社会人1年目が終わった。
しかし、明日から新年度を迎えるに当たり、それは何の慰めにも達成感にもならない。
なぜなら、1年目が終わったからと言って何かが終わるわけではなく、ただ2年目を迎えるだけなのだ。
学生の頃と違い、学年が上がるとか卒業があるとか、そういった区切りは一切ない。

ただ、また1年が始まり、そして一週間が始まるだけなのだ。

しんと静まりかえる一人暮らしの部屋の中。
和真は朝から敷きっぱなしの布団の上で、ぐったりと壁に掛けてある時計に目をやった。
畳四畳半とまではいかないが、部屋ひとつしかないこの狭い世界が彼の住まいであり、にっくき会社から与えられた社員寮だ。

「あぁぁぁぁ」

その小さなうめき声すら虚しく己の鼓膜に響くのみ。
会社の何が嫌かと聞かれれば、具体的に何という事は言えない。
なんというか、もう全てが嫌だと言えばいいのだろうか。
まぁ、具体的にひとつ上げろと言われれば、あの憎たらしい上司であるかもしれないが、それは理由の一端に過ぎない。
とりあえず、嫌なものは嫌で、行きたくないものは行きたくないのだ。

和真とてもう社会人だ。
仕事が嫌だからといって全てを投げだせる程、子供でも無責任でも、奔放でもない。
だがしかし、この日曜日の夜というやつは、そんな和真のなけなしの我慢すら真っ黒に覆い尽くす。

いやだ、いやだ、いやだ、いやだ。


「いやだぁぁぁぁぁぁ」


明日から新年度。
4月1日。
1年前の不安とやる気に満ち溢れた自分はもう居ない。

居るのは上司に目を付けられ、仕事も上手く回せず、先輩に迷惑ばかりをかける癖に、明日から後輩が入ってくるためその指導をしろと言われている、ままならない24を目前にしたしなびた若者だ。
貯金なし、彼女なし、経験なし、ないものずくしの普通以下の男だ。
ひとつだけ、良いところを無理やり上げようとするならば、風邪ひとつひかない元気なこの体だろうか。
おかげで、インフルエンザが大流行し、会社が深刻な人手不足に陥った時も元気に出社し泣きながら仕事に追われた事もあった。

蛇足だが、この、泣きながら仕事に追われたという表現は比喩ではなく純然たる事実だ。
和真はあまりの忙しさに泣きながらパソコンに向かった。
加えて、和真より一つ上の教育係りの先輩も、和真につられて泣きながら仕事をしていた。

「仕事……、辞めたい」

何度もそう思った。
しかし、和真の寝転がる布団の隣には、しっかり仕事に行く準備が整えられている。
彼の、和真のいいところをもう一つ上げるとするならば、きっとそういうところであろう。
日々の小さな不幸とストレスに、これまた些細な抵抗の末、和真はいつも小さな勝利をあげる。
今のところ、和真の全勝、不幸とストレスの全敗。

そんな小さな小さな日常の不幸と闘いながら、和真はいつの間にか眠りに落ちていた。


そして、次に和真がセットされた目覚ましの音に目を覚ました瞬間、不幸とストレスを感じる間もなく、彼の月曜日という名の日常が幕を上げる。
こうして、飯塚和真の一週間と、新年度は始まりを迎えたのだ。

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あきゅろす。
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