つまりは、明日からまた1週間が始まるということ。 つまりは、最後の1週間だということ。 “最後の1週間”と呼ばれる7日間がある。 それは、その名の通り最後の1週間である。 見習い召喚師から独り立ちした召喚師は、内定式で召喚師としての初任務を賜る。 普通、任務というものは遂行の難易度のランクに応じて、平等に各師団そして各班へとトップダウンされる。 その任務を班の中の誰にどのような形で振り分けるかは、その班の班長が決めるのである。 しかし、見習い卒業後の最初の任務。 つまりは、内定式で賜る任務だけは、師団長、班長を介さず軍団長より直接新人達に与えられる。 初任務を与えられた新人達には、その任務につくまでの間1週間の猶予が与えられる。 それが冒頭の“最後の1週間”と呼ばれるものである。 見習い召喚師が新たに任務に就くまでのその1週間は、日本で言えば結婚を目前に控えた者の“独身最後の夜”のような感覚で捉えられており、何故か尊ばれている。 見習いとして何の責任も権利も伴わなかった日々から脱却し、名を上げる権利を得る変わりに責任も同等に問われるという事から、召喚師が子供で居られる最後の日々として扱われるせいかもしれない。 その“最後の1週間”という7日間。 その期間を、どう過ごすかは各々自由だ。 人によってはしばらくの間、聖都バイパスを離れる者も少なくはない為、家族との時間を過ごす者もいれば、任務に必要な買い物や己のスキルアップに励む者も居る。 中には恋人との別れを惜しみ、その1週間で婚姻を結び結婚式を挙げた者までいる程だ。 と言うように、見習い達の過ごす“最後の1週間”はそれぞれ大いに異なる。 故に、皆その過ごし方についてはいろいろと悩むものだ。 なにせ、任務もなければ授業もない、一切の時間が自由に使える1週間など、見習い達にとっては、この時が初めての経験なのである。 悩み過ぎて内定式の夜、一睡もできなかったなんていう者も……まぁ多くはないが少なくもない。 そして、その例に洩れずアソシエ=アベニという10年間見習い召喚師を続けてきた24歳の男もまた、遅くまで寝つけずにいた者の一人となってしまっていた。 もう日はとっくに最後の1週間の初日をまたいでしまっている。 (どうしよう、どうしよう、どうしよう……どうしようか) アソシエは考えていた。 男二人が横になるには少しばかり窮屈なベッドの上で。 ベッドで眠る和真の寝顔をジッと見つめながら。 時折、寝返りの為ズレてしまう毛布を和真の体にかけてやりながら。 アソシエはずっと考えていた。 “最後の1週間”を和真とどのように過ごそうかと。 グルグル頭の中でいろいろな計画を立ててみるが、どうにもしっくりこない。 アソシエは計画を立てるという事がすこぶる苦手な質であった。 計画性がまるでないとは言わない。 が、計画性があるともまた言えなかった。 アソシエは自分のどうにもこうにも行き当たりばったりな見習い時代を思い出して、それではいけないと頭を横に振った。 (この1週間、カズマの為に出来る事はたくさんある筈だ) アソシエは安らかな寝息を立てる和真の頬を撫でてみた。 すると、くすぐったいのか和真は眉間に皺を寄せ「うぅん」と唸ると小さく身をよじった。 けれど、起きる気配はない。 そんな和真の様子に、アソシエはクスクスと小さく笑った。 アソシエは穏やかな表情の下で、柄にもなく張り切っていた。 和真に「いろいろ教えてください」と頭を下げられ、その瞬間アソシエは今までになく自分の中にヤル気がみなぎるのがわかった。 きっと和真はわからない事があればリスフランの元へ尋ねに行ってしまうと思っていたが、和真はアソシエを見て「教えてください」と言ったのだ。 だから、アソシエは和真に出来るだけいろいろな事を自分の口で伝えたいと思った。 そう、アソシエの口から、だ。 この世界の事や、これからの任務の事。 そして、これからの二人の事についても。 だから、アソシエは張り切っていた。 頭の中で、慣れない計画を立てたりしてしまっている。 けれど。 けれど、アソシエの瞼は少しずつ重くなってきた。 隣で規則正しい寝息を立てる和真の横顔を見ながら、アソシエは少しずつ己の意識が遠のくのを感じた。 (あぁ、明日、早起きして、考えれば……いいか) 意識を手放す直前、アソシエは布団の中で和真の左手を捜した。 すると、布団の中でカツリと乾いた音がした。 それは、アソシエの指輪と和真の指輪が触れた音だった。 アソシエはそのまま手を伸ばすと、すぐに行き当たった自分より小さいけれど、しっかりした和真の手に指を絡ませた。 暖かいアソシエのパートナーの手。 アソシエは昼間のように、しっかりと和真の手を握りしめると、安心したように意識を手放した。 そのまま眠りにつくアソシエ。 早起きなど、出来る筈もないくらいの深い眠りに。 アソシエ=アベニという男は生まれた頃から、寝起きだけはすこぶる悪かった。 そんなアソシエが早起きして計画を立てようなど、その時点でそれは計画倒れを意味していたが、眠りについたアソシエはそんな事は露ほども思っていなかった。 -------------- ------------ --------- 「…………」 和真は困り果てていた。 それはもう、困り果てていた。 何に困り果てているか。 それは和真の隣でスヤスヤと安らかに眠り続けるアソシエに、だ。 別に、隣にアソシエが居るから困っているわけではない。 昨日だって和真はアソシエとこうして狭いベッドの上にぎゅうぎゅう詰めで眠っていたのだ。できれば別々のベッドでゆったり眠りたいが、この部屋にはどうしたってベッドは一つしかないのだから、和真だってそんなワガママを言ったりはしない。 ただ一つだけ、和真にとってどうしても解せない状況があった。 それは。 「……なんで、俺達、手、つないだまま寝てるんだ?」 和真の左手がアソシエによってしっかりと繋がれている事。 しかも、恋人繋ぎで。 和真は半分寝ぼけながら、寝ている癖に結構な力で握りしめてくるアソシエの手に、どうしたものかと思案した。 こんなの、まるで新婚のラブラブ夫婦のようではないか。 いや、和真は新婚を経験した事がないから実際の新婚夫婦がこんな事をしているかはわからないが、これは男同士ではおかしい状況である事は間違いない。 しかし。 「こっちの世界では召喚師はこうやって寝ないといけないの、か?」 和真はハタと寝起きのよく回らない頭で一つの仮定を立ててみた。 ここは夢の世界だが、とてもファンタジーで現実的な夢の世界だ。 魔力があり召喚術があり錬金術がありモンスターがいる。 ここは和真の想像や理解を遥かに超える世界なのだ。 「……いろいろ、たいへんだなぁ」 だから和真は勝手に納得した。 特に繋がれていたのが、和真の左手とアソシエの左手であった為、そのような勝手で思いもよらぬ判断を下してしまったのだ。 指輪同士をくっつけて寝るのがしきたりなのだろう。 などと言う無知から出たとんでもない発想を。 そうでなければ、和真の左手をアソシエの左手で握りしめて眠るのには少しばかり、アソシエの寝相に無理がでてくる。 天井を向いて仰向け寝ていた和真は問題ないが、その隣で寝ていたアソシエは半ば和真を抱え込むようにして眠っていた。 そのせいで、和真は身動きがとれず少し寝苦しかったのを覚えている。 でも、だ。 和真はもうこして起きてしまった。 いつまでたっても起きないアソシエに合わせて手を繋いでいては、和真とて一向にベッドから出る事ができない。 外を見れば、昨日同様、もう日は高く上ってしまっている。 それに…… (昨日、アソシエの奴、今日からなんか大事な1週間とか言ってたような……) そう、和真は昨夜の少しばかりワクワクした様子のアソシエを思い出しながら、未だに隣で寝息を立てるアソシエを見やった。 このまま寝かしておいてやりたいと思う程、その寝顔は気持よさそうではある。 しかし、昨日のように実は大事な式典を寝坊のせいで遅刻してしまいました、なんてもうごめんだ。 和真は少しずつ覚醒していく意識の中、アソシエと繋がれている方とは逆の方の手でアソシエの体を揺さぶった。 「アーソーシーエ。そろそろ起きろよー」 「う゛−ぅあ」 「アソシエ。今日からなんか大事な日なんだろうー?」 「んー?ぁか、ずま……?」 「おい、アソシエ」 「うー、あとすこし……」 うっすらと目を開けたアソシエだったが、それはまだ起きたとは言えない程、その意識は遠かった。 それに、「あと少し」なんて、そんなもの遅刻する者の常套句ではないか。 そんなものを聞いてやる程、和真は優しくない。 和真はそのまま、また寝そうになるアソシエの鼻を勢いよく摘むと、ついでに耳元で大声を出してやった。 「アーソーシーエー!今日なんかあるんじゃなかったのか!起きろー!」 「っ!?」 和真が叫んだ瞬間、アソシエの目は一気に見開かれた。 ついでに、うまく呼吸できない状況に目を瞬かせると、混乱したように目の前の和真の顔を見上げてきた。 パチパチと音が聞こえてきそうな程、アソシエはそのスカイブルーの目を見開いて瞬きを繰り返していた。 「おはよう、アソシエ」 「…………おは、よう。カズマ」 和真に摘まれた鼻のせいで鼻声のまま朝の挨拶を済ませたアソシエは、混乱する頭を落ち着かせようと頭を必死に働かせた。 今の状況は一体なんだろうか。 和真は一体なにをしているのだろうか。 今日は一体、何日だったろうか。 今日は、今日は、今日は。 今日は、何をする日だっただろう。 そこまで考えたところで、目の前の和真の口から重要な言葉が漏れた。 「今日から大事な1週間って言ってたけど、アソシエ。今日は何があるんだ?」 「っあぁぁぁぁあ!」 和真の言葉にアソシエは一気に目が覚めると、勢いよくベッドから飛び上がった。 そのせいで、アソシエの頭上にあった和真の額とアソシエの額は勢いよく激突した。 和真の目の前に一瞬だけ星が飛び散る。 「ったぁぁ!」 ベッドの上で身悶える和真を余所に、アソシエは同じく頭をさすりながら、しかし痛みなど気にした様子もなく落ち着かない表情で周りを見渡していた。 和真は何が何だかわからないまま、頭を押さえながらアソシエに向かって不満の声を上げる事しかできなかった。 「ちょっ、アソシエ!いきなり何すんだよ!痛いだろうが!」 「ご、ごめん……カズマ。でも、でも。もう、こんな時間だ……今日は絶対早起きするつもりだったのに」 同じベッドの上で「どうしよう、何をしたらいいんだ」と絶望した表情で高く日の上った外を眺めるアソシエに、和真はまた何かに遅刻したのかと、怒っていた気持ちが萎んで一気に肝が冷える気がした。 だとすれば、昨日のような醜態はもうごめんだ。 和真は項垂れるアソシエの隣でこれだけはという思いで口を開いた。 「何かまた急ぎの用事があるなら、俺も今日はちゃんとした服に着替えたい!」 「……着替え?」 「うん、俺昨日さパジャマみたいなので外出歩いただろ?だから、今日は俺もちゃんとした服を……」 そこまで和真がアソシエに言ったところで、アソシエの目が少しだけ輝いたのを和真は見逃さなかった。 先程までの慌てていた色がなくなりアソシエの表情は一気に喜色に染められた。 「そうだ!そうしよう!」 「え!なに!?」 「今日は和真に必要な服や物を街で買いそろえる日にしよう!」 和真の心境など一切お構いなしに、アソシエは笑顔で和真に向き直った。 そして、そのまま話について行けていない和真を余所にアソシエは嬉しそうにベッドの脇にある小さな引き出しから、数十枚の紙幣と思われる紙を取り出した。 その紙に書いてある絵は、なんだか和真には馴染みのない花の模様がふんだんに盛り込まれており、それはとても豪華で綺麗な絵だった。 アソシエはそれを丁寧に色や種類ごとに手早くわけると「こんなものか」と呟き、和真の手を握った。 「さぁ、カズマ。今日は街へ下りよう!」 そう言って嬉しそうに笑うアソシエに、和真は理解できぬまま「う、うん」と控えめに頷く事しかできなかった。 最後の1週間の初日。 アソシエは早くも行き当たりばったりの1日目を迎えていた。 [*前へ][次へ#] [戻る] |