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つまりは、明日からまた1週間が始まるということ。
・・・・・


ココミは目の前に差し出された赤ん坊に、どうする事もできずに立ちつくしていた。

先程まで自らの首に巻きついていた真っ白なヘビが、今や1歳やそこらの人間の子供になり変っている。
ゴチャゴチャと頭の中を埋め尽くしていた、アソシエへの憎しみや嫉妬、自らの未来に対する不安や絶望といった感情が一気に真っ白になった。

そして、知らず知らずのうちにココミは自らの首に手を触れた。
触れた先には何も居なかった。
それもそうだろう。
ずっと、ずっと自分の首に巻きついていたヘビはココミが「いらない」と投げ捨て、今や目の前で人間の子供の姿になってしまっている。
ずっと首にあった“存在”がなくなったせいか、そこは酷く寂しく、冷たく感じる。


「ぅぅーあぁうー、ここみー」

「ほら、呼んでるって言ってるだろ?つか、あんまり暴れるな。もうこっちは怖くて仕方ないんだよ」

和真は自分の腕の中で必死にココミの方へ手を伸ばそうとする赤ん坊の体を、ガッシリと抱きなおした。
こんな小さな命を、柔らかい生き物を、和真は抱いた経験がない。
そう思うと力の入れ具合もわからず、和真は本当に暴れる赤ん坊に冷や汗を流すしかなかった。

ただ、一つ気になるのは先程までヘビの体を縛るように覆っていた濃い黄色の魔力がなくなっていた事だ。
その変わりに今、この赤ん坊の体を覆っているのは透き通るような霧状の魔力。
和真が触れた瞬間、あの縄のような魔力は一瞬にして消え去ってしまったのだ。

(……もしかして、俺が悪いのか?)

和真自身、何かしようとしたわけではないが何故か自分が触れた瞬間に形が変わってしまった事が何ともいえず和真を気後れさせた。
しかも、和真の目の前に立つココミも黙ったまま一向に動こうとしない。

(めっちゃ怒られるパターンですか、これは)


和真がまた別の意味でダラダラと背中に大量の冷や汗を感じた時だった。


「ここみー!ここみー!」

そう和真の腕の中の赤ん坊が叫んだかと思うと、赤ん坊は和真の腕の中で勢いよく暴れた。
その時、和真は息を呑んだ。
先程まで赤ん坊の周りで霧散していた半透明の黄色い魔力が、ある一か所に急激に集まり始めたのだ。
何が起こるのか和真には一切予想がつかなかった。
しかし、腕の中で暴れる赤ん坊の目が一瞬鋭く和真を射抜いたのを見て、和真は思った。

(あ、やばいかも)

そして次の瞬間、和真は赤ん坊を抱いてから一番の抵抗を受けた。
それは、最初に泣き喚いていた時のような、赤ん坊らしい可愛い抵抗ではなく

「ぐほっ!」

「かっ、カズマ!!」

和真を数十メートル先へ吹っ飛ばす程の、それはもう激しい勢いの抵抗……というか、それはもう物理攻撃に近かった。
霧散していた魔力が集まった先、それは赤ん坊の小さな足だった。
そして、魔力の集まった足は直前までの赤ん坊の柔らかさを失い、鋭いうろこに覆われた凶器へと変わった。
その足で、和真の腹部を勢いよく足で蹴り付けた赤ん坊は、後方へ吹っ飛ぶ和真をバネに、自らは前方へ飛んで行った。

赤ん坊が和真を踏み台にして向かった先、それは。


「ここみー、ここみー」


ココミの腕の中だった。

突如として自分の元へ飛び込んできた赤ん坊に、ココミは呆けていた意識を一瞬にして目の前の子どもに向けた。
10歳の少年が腕の中に抱えるにしては少々重い赤ん坊の体が、ココミの腕にすっぽりと収まる。
赤ん坊は和真の腕の中に居た先程までの様子が嘘のように、ココミの腕の中でキャッキャと笑っていた。
紅葉のようなプニプニとした赤ん坊の手が、放心するココミの頬や口、そして目をペタペタと触る。
そして、最後にはいつも自らが巻きついていたココミの首に手を回すと笑顔のままココミの頬に自らの頬を擦り合わせた。

「ここみー、しゅきー、だいしゅきー」

「っ!」

ココミ、好き
大好き

そう、確かに人間の言葉で告げられた暖かい言霊に、ココミは息を呑んだ。
己の首に巻きつく暖かい、しかしところどころ固い鱗で覆われた赤ん坊の腕に、渦巻いていた感情が溶けてなくなっていくのを感じた。

いらないと、酷い言葉を放って捨てた自らの契約者。

なのに、当の本人はそんな事など気にせず、こんなにも必死に求めてくれる。
手をのばしてくれる。
その伸ばされた小さな指には、ヘビの時には見る事のできなかった小さな、小さな指輪がしっかりと嵌められていた。

(あぁ、あぁ、この子は……)

愛してくれる。

ココミの首を絞めていたモノが消えていったような気がした。
今、ココミの首にあるのは赤ん坊の柔らかい手の平。

「っうーううー、っあううう」

ココミは赤ん坊を抱き締めて、肩を震わせて泣いた。
大声で泣き喚いたりしない。
ココミは腕の中の赤ん坊の契約者であり、母なのだから。

生まれたばかりで呼び出された先で、ココミしか頼る者は居らず、一人では生きて行く事など到底できない、小さな小さな我が子なのだ。

「ぅーうう、ごめんなざい……ごめんなざい……」

ただ、どうしても涙を止める事はできなかった。

優秀でなければ愛してくれない。
大切にしてくれない。
存在意義などない。

そう、自らを崖のギリギリにまで追い詰めて怯えながら過ごしていたココミを、この小さな手が引っ張ってくれた。
本当はココミが与えなければならなかった、安心を、唯一を、愛を、ココミはこの赤ん坊から与えられた。

無償の愛の中で、抱きしめてもらえる優越を。

ココミはやっと手にしたのだ。
そして、やっと与えることができた。



「ごめんなさい……サンゴ」



サンゴ。
そうポツリと呟いたココミの声に反応して、ココミの指、そして赤ん坊の、サンゴの指に嵌められていた黄色い指輪が勢いよく光り輝いた。

その瞬間を和真はたまたま目にした。
蹴られた腹をさすりながら、やっとこさアソシエの肩を借りて起き上がった瞬間にココミの体が光っていたのだ。
もう、何がなんだかわからない。
説明を求めたくとも、和真に肩を貸しているアソシエが「なんだろう、あの光」と呟いているから手に負えない。

ただ、和真の目にはハッキリと見えたものがあった。
ココミの体からおびただしい量の黄色い魔力が赤ん坊に流れ込んでいるのを。
異常なまでに垂れ流された力強い魔力は全て赤ん坊へと還元されていく。

「なぁ、アソシエ……あの、黄色いのさ、なんでココミの体から出てるんだ?あれ、大丈夫なのか?」

「へ、何の事?黄色いの?」

この時、和真はわかっていなかった。
今までにもずっと見ていた色のついた魔力。
それが自分にしか見えていないという事を、和真はこの時まで一切理解していなかったのだ。
和真にとっては余りにも普通に“見えて”いた為、それが誰にでも見える当たり前の光景だと思い込んでいたのだ。


「何言ってんだよ、アソシエ!あんなにハッキリ出てる……黄色いやつだよ!」


そう、和真が必死にアソシエに向かって叫んだ時だった。
閃光のように強くなった光が教会のステンドグラスに跳ね返り、ココミ達に向かって落ちて行った。
光の反射、屈折、それら全ての現象がココミ達を包んだかと思うと、次の瞬間にはそれまでの光が嘘のようになくなっていた。

シンとする教会。
光の無くなったそこに立っていたのは、ココミと、そして。

「「えぇぇぇ……?」」

ココミと同じ背丈の、10歳程のツリ目がちの少年が立っていた。
洩れなく素っ裸で立っていた少年は、先程までココミが腕の中に抱いていた赤子同様、白髪で、体のところどころを固い鱗で覆っていた。
ただ、赤子の頃と違うのは、薄く開かれた唇から見える鋭い牙がある事だろうか。
その佇まいは幼いながらも異様な風格を持ち合わせており、他者に妙な圧迫感を与える。

そんなキリリとした少年の目が一瞬だけ和真を捉えた。
その目に和真は、先程自らの腹部を思い切り蹴られた時に見た赤子の目を思い出し、蹴られた腹部がチクリと痛むのを感じた。
しかし、サンゴはすぐに興味をなくしたように、その意識をポカン顔で立ちつくしている己の契約者に向けると目元に溜まっていた涙の粒を二股に分かれた細い舌で舐めとった。

そのしぐさ、正にヘビ。

「なにあれ、進化した」
「……うん、進化した」

和真とアソシエが目の前で起こったイリュージョンとも言える進化に、ココミ同様立ちつくしている時だった。

「バッカなコメント洩らしてんじゃねぇぞ、この遅刻組が!」

そう突然背後から聞こえた聞きなれた怒鳴り声に、和真とアソシエは一瞬にして顔が青くなるのを感じると勢いよく振り返った。
そして振り返った瞬間、二人の頭には激しい痛みが走っていた。


「ったああああ!」
「ってええええ!」


そこには、振り下ろされた拳に悶え苦しむ24歳の哀れな男達の姿があった。


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