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つまりは、明日からまた1週間が始まるということ。
つまりは、彼はお母さんであるということ。

ココミ=ポニカ
10歳

ポニカという貴族は聖都バイパスでは有名な一族であった。
ポニカ一族が有名な理由、それには2つあった。
まず、その容姿が男女関わらず美しい事。
そして、軍の上層部、召喚師団の上層部にそれぞれ一族の血族を定期的に輩出していること。

美しく、優秀な一族。
それがポニカの一族が他の貴族に与える印象であった。

しかし、そんなポニカの一族にも小さな不安の種があった。

ここ10年の間、一度も魔力を持った子を授からなかったのだ。
10年の間、幾度となく他の貴族や、果ては王族の分家の者にまで婚姻を繰り返してきたが、魔力を持つ子は生まれなかった。

魔力とは関係のない、軍隊での出世を遂げる者は多く居たが召喚師団の中では、ポニカの一族は名を残せない状態が続いた。
軍隊での出世も貴族としての名誉を守るには十分である。
だが、しかし。
生まれ持った資質、魔力の有無により生まれた瞬間からふるいにかけられる召喚師という役職には、軍隊で名を残す以上の名誉を賜るのだ。

しかし、こればかりは子供同様、授かりものである為どうする事もできない。

そんな中、やっと生まれたのがココミであった。
10年の時を経てやっと授かった召喚師としての資質を持つ子。

故にココミは大事に、大事に育てられた。
真綿で優しく包みこむように、家族の愛に包まれて。

しかし、その真綿は徐々にココミの首を絞めていった。
ゆっくりと、しかし確実に。
大事にされる度、愛される度、ココミは己の置かれた状況の重さに押しつぶされそうだった。

ココミは理解していたのだ。
大事にされる理由も、愛される理由も。
全ては自分が召喚師であるからだと。
ポニカの一族が輩出していった過去の召喚師達のように、自分も王家に召し仕えられるような立派な召喚師にならなければ。

そうしなければ、誰も大事にしてくれない、愛してくれない。

真綿はどんどんココミの首を絞める。
僅か7歳でバークスに送られ、見習い召喚師として勉学に励みながら、ココミは見えない重圧に押しつぶされそうだった。

1番にならなければ。
優秀であらねば。
そうしなければ……。

(誰も、僕を愛してくれない)

そんな強い想いが功を奏してかココミは筆記も実技も魔力値も、卒業生の中ではトップの成績を誇った。
教師も同期もココミを褒めた、羨んだ。
そして、家族もココミを誇りであると讃えた。
大事にされる為、愛される為。
ココミは押しつぶされそうな気持ちを押し殺して前を向いていた。

そんなココミに一人だけ、同期の見習いで気になる人間が居た。

それが、アソシエだった。

アソシエは魔力のない成り上がりの落ちこぼれ召喚師として有名だった。
何せ、アソシエは10代で卒業が暗黙の了解となっているバークスで、10年もの間卒業試験にすらこぎつける事のできない、正真正銘の落第生だったのだ。

しかし、そんなアソシエがココミにとって、たまに羨ましく思える事がった。

同じ第4師団所属である為、アソシエとはよく先輩の任務の同行で一緒になる事が多かった。
その時、アソシエは師団長であるリスフランとよく楽しげに笑っていた。
裏では落ちこぼれの成り上がりと馬鹿にされているのにも関わらず、アソシエはココミの前で楽しげに笑ってみせたのだ。

それが、ココミにはどうしても許せなかった。
自分には名誉あるポニカという名を受け継ぐ義務がある。
運命を背負っている。
使命をおびている。

押しつぶされそうになる不安の中。
そして、首を絞められるような苦しい感覚の中。
自分はこんなにももがき苦しんでいるのに、成り上がりアソシエはそんなココミの苦悩など知りもせず、のうのうと笑っている。

八つ当たりに過ぎないが、ココミはアソシエを嫌っていた。
憎んでいた。
アソシエは、自由のある成り上がりの血。
対して自分は、不自由に纏わりつかれた名誉ある貴族の血。

うらやましい所など何一つありはしないのに。
なのに、どうしてこんなにも苦しいのだろうか。

そう、ポニカはアソシエを見るたび苦しんだ。

ずっと、見習いのまま陰でクズと呼ばれて生きて行けばいい。
ココミはアソシエを横目にそう思うことで何とか自分の中のバランスを保ってきた。
それに、10年間もずっと見習いだった者が、試験に合格するなど、そんな事毛頭も思っていなかった。

そう、残すところは卒業試験のみ。

ココミがアソシエを蔑みながら臨んだ卒業試験。
ココミには自信があった。
ココミはアソシエとは違う。
魔力値もAクラスとトップ値を誇っているし、魔力錬成術によるコントロールも得意だ。

だから、きっと大丈夫。

そうやってココミが召喚試験の際に呼び出した契約者。

それを見た時、ココミは少しずつ自分の首を絞めていたモノを目の前に見た気がした。

(失敗した)
(コイツは、失敗作だ)

ココミは目の前に現れた真っ白いヘビを見てそう思った。

魔力が弱すぎる。

ココミは絶望した。
こんなもので、これから自分はどうやって召喚師として名を馳せればよいのか。
手柄を上げて、一族に貢献する事など到底できない。

だとすれば。

(僕はもう、誰からも愛してもらえない)


スルスルと擦り寄ってくるヘビはパチリ、パチリとココミを見上げると「ここみー?」とココミの名を呼んだ。
そのまま、立ちつくすココミの体をヘビはスルリと上ってくる。
そして、ヘビはココミの首にスルスルと巻き付いた。

ココミはゾッとした。
この白いヘビに、自分は首を絞められるのだと。
静かにココミは錯乱した。

こいつはパートナーなんかじゃない。
こいつは自分の首を締めにきた死神だ。

役に立たなくなった無能な自分を殺しに来た死神。

耳を貸してはいけない。
聞いてはいけない。
認識してはいけない。


ココミは必死でヘビの存在を無視した。


そんな中、ココミは更に己を絶望に追いやる知らせを耳にした。
あの、成り上がりの落ちこぼれが今年

(卒業試験を合格、した……?)


嘘だと思った。
そして、どうしてという言葉が何度も頭を駆け巡った。
ずっと10年もの間、試験にすら望めなかったクズが。
どうして、どうしてこのタイミングなのだ。

そう、ココミはどんどん己の首が締められていく音を聞いた。

アソシエが召喚したのは、何の魔力もない奇妙で無能な召喚獣。

そう、噂で聞いた時、ココミはざまあみろと思った。
己の召喚獣がそうであるならば、あの落ちこぼれの召喚獣はもっとクズであるに違いない。
ココミは格下の人間を見て鼻で笑ってやりたかった。
自分より下が居ると安心したかった。

貴族としてのプライドを守ってくれる、自分以上のクズを見たかった。

けれど、それは叶わなかった。

アソシエは笑っていたのだ。
それも、いつもリスフランに見せていた笑顔なんか比にならないくらいのとびきりの笑顔で。
そして、あろうことかアソシエはしっかりと手を繋いでいた。
手を繋いでいる相手が誰かなど、聞かずともすぐにわかった。

カズマ。

それがアソシエの召喚した召喚獣の名だった。
噂通り、何の魔力も力も感じない。
所以、落ちこぼれ意外の何者でもなかった。

けれど、ココミの首はどんどん締められていった。

アソシエと和真の繋がれた手を見るたび。
互いに笑いあう二人を見るたび。
モヤモヤと、苦しく、息もできないような。

その感情の名前はココミにはわからない。
ただ、己の無視し続けたモノが首を這いまわる度、苦しさは増した。
冷たい感触。

(気持ちが悪い)

ココミはひたすら無視し続けた。

だから、ココミは気付けなかった。

そのヘビがどんな目で、ココミを見ていたのか。


ずっと、知らずに過ごしてきた。











-------------


まさに、とっさの行動だった。
和真がヘビに手を伸ばしたのは。

否、その瞬間、和真にはソレはヘビではなく小さな子供に見えていた。
自分の親に“いらない”と捨てられる、哀れで可哀想な子供。


「っと……あぶなかったー」


和真は己の手の中にある、ズッシリとした重みを見つめてホッと息をついた。
和真の手の中にある者、それは…

「人間の、子供……?」

そう、驚愕の色を滲ませ呟いたのはアソシエだった。
それもそうだろう。
先程までココミの首に巻きついていた筈の白いヘビがいつの間にか、和真の手の中で人間の子供になっているのだから。
アソシエはただひたすら瞬きをして、固まるよりほかなかった。

和真の腕の中に居る、真っ白な肌をした赤ん坊。
歳の頃は1歳程であろうか。
何も体には身につけておらず、白い透き通るような肌のところどころには鱗がある。
目はパッチリ開き、パチパチとせわしなく瞬きをし、うっすらと頭を覆う髪の毛もその肌同様真っ白でキラキラと輝いていた。
ただ一つ気になるのは、子供のくせに体温が低く、ひんやりとしている事だろうか。
しかし、それ以外は鱗にしても何にしても気にならない位、かわいらしい赤ん坊である。

「……え、えっとー」

和真はどうする事もできず、ただジッと腕の中の赤ん坊を見ていた。
そして、腕の中の赤ん坊も大きな瞳に和真を映す。
見つめ合う事およそ3秒。

次の瞬間、和真の腕の中の赤ん坊はその瞳に大きな涙を湛え。


「うああああああああああああああん!」

「うあああ!泣いた!なんか、赤ちゃんが泣いちゃたぞ!どどどどうしよう!アソシエ!」

突如として泣きだした赤ん坊に、和真はひいいと慌てながらアソシエに助けを求めた。
赤ん坊など抱っこしたことがない和真にとって、それはヘビにも匹敵する程恐ろしい存在であった。
だが、和真から助けを求められたアソシエも余りの状況の移り変わりに混乱の境地に居た。


「お、俺の、俺の抱っこの仕方が悪いのかな!?なぁ!?アソシエ!?怖い!」

「ちょっ!ちょっと待って、カズマ!落ち着こう!ほら!深呼吸!」

「あああああああああん!あああああああん!」

「よ、よ、よーし。よし、よし。深呼吸しましょうねー?」

「違う!違う!落ち着くんだ、カズマ!深呼吸するのはカズマであって、赤ちゃんじゃない!」

「え!?なんだって!?う、あ!動いた!怖い!怖い!赤ん坊怖い!小さすぎる!」

「ああああああん!あああああん!」


そう、泣き喚く赤ん坊に24にもなる大の男が二人慌てまくっていると、和真の腕の中に居た赤ん坊がボロボロと涙を流しながら、初めて意味のある言葉を放った。


「ううー、ううー。ここみー、ここみー」

「「っ!」」


ココミ。
そう赤ん坊は、どこか聞き覚えのある声でそう言った。
そして、赤ん坊の目は涙で真っ赤に染まりながらも、和真の腕の中から、ある人物を一生懸命見つめていた。

求めていた。

小さな手を伸ばし。

ココミだけを見て。
ココミだけを求めた。

和真はその赤ん坊の姿に、先程までココミの首から一切離れようとしなかった白ヘビの姿を思い出すと、腕の中に居た赤ん坊を、呆然と立ち尽くすココミに向かって差し出した。


「ほら、呼んでるぞ。……お母さん」


そう、自然と口をついて出てきた言葉に和真は思わず苦笑した。
なんとまぁ、言い得て妙。


(お母さん、なんてな)



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