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つまりは、明日からまた1週間が始まるということ。
つまりは、頑張ってみようかということ。

聖都バイパス。

その世界の中心とも呼べる都市は上空から見れば、深い堀に囲まれた正方形の浮島である。
周りが深い堀で覆われている為、他国からの攻撃を受けにくく、所以鉄壁の聖地とも呼ばれている事は有名だ。
その地形が余りにも精密かつ完成された形である事から、一部では人口の浮島であると口にする学者も居る。
しかし、現在の地学者達の研究によると聖都バイパスの地形は、現在の技術で創造し得るものではなく、これは間違いなく創生歴の時代から自然によって作り出されたものであるという報告で決着がついている。

そして、そんな聖地とも呼ばれるバイパスは大きく分けて5つの地域区分によって構成されている。

一つ目が聖都中央に位置するバシレウス区。
そこは言わずもがな王家の一族とそれにまつわる者が住む、正真正銘世界の中心である。
バシレウス区は聖都バイパス同様、周りを堀で囲まれており一般人は一生足を踏み入れる事さえ許されない。
ただ、こちらの堀に関しては王家がこの地に王城の地を定めてから作られた、人口堀という事がハッキリと文献にも記されている。

二つ目が、バシレウス区より南に位置するフォルクス区。
そこは一般市民の暮らす居住地で、区の広さも人口も、その他4つの区の比ではない。
そして物流に関しても最も盛んな区であり、他国との貿易や交流もこの区で行われる為、住まう人種が多種多様である事が特徴と言える。

三つ目がバシレウス区より西に位置するアーデル区。
そこは貴族達の住まう高級住宅街であり、更に言えば、貴族や王家を守衛する軍の駐屯地としても名高い。
貴族として家名を上げている者達の多くが、軍に所属しているか、召喚師として徴兵されている事もあり、貴族と軍と召喚師は切っても切れぬ縁とも言える。

四つ目がバシレウス区より東に位置するサムン区。
そこは、バークス、英知の塔を中心とした召喚師達の居住区である。
アソシエのような見習い召喚師から、家名を持ち王家に召喚される高名な召喚師に至る全てが一旦ここに集められ管理される。
そして、サムン区は召喚師達の居住区であると同時に世界中の英知を集約した巨大図書館を持つ。その蔵書数は150万冊とも言われ王家の許可があれば、召喚師でなくとも図書館のみの利用は可能とされている。

そして、最後。
五つ目の地。
バシレウス区より北に位置するアルム区。
聖都バイパスの中でも、最も卑しく貧しい者達が住まう貧困街。
そこはその他4つの地区とは異なり実質、王家が統治を諦めた治外法権地帯である。
故に最も治安が悪く、法外な凶悪犯罪や凶悪犯罪者が闊歩しているという現状だ。

聖都バイパスは豊かな土地である。
外敵からの攻撃にも強く、召喚師や軍隊の保有による国防も世界屈指の力を持つ。
貿易も盛んで、人の行き来もあるため文化的発展も目覚ましい。
にもかかわらず、格差は生まれる。

豊かな者が生まれ、貧しい者が追いやられる。
聖都バイパスは世界構造の縮図だ。
世界が誇る豊かな大国であっても、這いつくばる者の末路は同じである。

世界は北に行くほど貧しくなる。
聖都バイパスも例に洩れず、そのような作りとなってしまっていた。












--------------

「なんで……、なんで……?ぼくがアルムの常駐任務なんて……ありえない。ありえない」

「ここみー?ここみー?」


和真は目の前で殆ど泣き崩れるように蹲ったココミという美少年に、なんとも言えない気分になっていた。
10歳やそこらの少年が小さな肩を震わせている姿は、何とも罪悪感を煽る。

もう、和真達の周りにはあれほど居た多くの人の姿は微塵もない。
ただ、居るのは和真とアソシエ、そしてココミと呼ばれる美少年とその首に巻きつく一匹のヘビだけだ。

式典はとうの昔に終了し、最後にステージに上っていたリスフランやクムゼと言った顔ぶれも気付けば居なくなっていた。
何やらこの教会に入ってきた時、説教は後などと言われていたので、和真はてっきりまたリスフラン、もしくはあの嫌味なホモ召喚獣であるユエキスに説教を食らうものだと思っていた。

「ココミ?一旦場所を移そう?ここじゃ少し肌寒いだろう?」

そう言ってアソシエがココミの肩に手を置くが、その手はパシンという乾いた音と共に弾き落とされていた。
これで何度めであろうか。
和真は何度となく繰り返されてきたその行動に、いい加減ココミの首根っこを掴んで放り投げたい気分だった。
ただ、最初にも挙げたように声を震わせて小さく蹲る少年の姿に何度もその気持ちを萎えさせられ今に至っているのだ。

弾き落とされた手にアソシエは小さく息をつくと、困ったように和真を見上げてきた。
心底、困っています、弱り果てていますというその表情に、和真も同じくアソシエの隣に腰を下ろした。

ココミに手を叩き落とされながら、アソシエは話してくれた。

昨日の試験の事。
今しがた行われた式典の事。
このバイパスという国の事。

そして、今後アソシエや和真、そしてココミが行わなければならない事。

それはもう、昨日に引き続きなんとも現実離れしたファンタジー設定だなと思わざるを得ないものであったが、和真はだいたいは理解する事ができた。

(つまり、アレだろ?)

和真は一人頭の中で状況を自分の最もわかりやすいものに置き換えて考えてみた。

(やっとこさ就職試験に合格して一流企業に内定は決まったが、配属先が最初から出世コースから離れたどうしようもない窓際部署でしたってところか)

それでいくと、先程まで行われていた式典をアソシエが「内定式」と呼んでいた事にも頷ける。言ってしまえば、ココミのこの状態はエリート大学生の社会人1年目の苦悩というところなのだろう。
そう考えると、和真は目の前でシクシクウジウジ愚図る子供に妙な腹立たしさを覚えた。

まだ経験のないひよっこの分際で仕事を選んでいるのがどうも気に食わない。


「なぁ、アソシエ」

「なんだい、和真?」

和真のどこかトーンの落ちた声に、アソシエは思わず和真の顔を見た。
和真はアソシエでもなく、ココミでもなく、ただ教会の七色に光るステンドグラスを見ていた。

「お前、さっき俺に説明してくれたよな。アルムってところは貧しくて汚い所だから誰もやりたがらない窓際道まっしぐらな任務だって」

「……まどぎわ?」

「出世ルートから外れた仕事できない人間の事だよ。俺の世界じゃそう言う奴を窓際って言うんだ」

仕事できない。
出世できない。
そう和真が口にした瞬間、自分の腕の中で小さく蹲っていたココミの体が小さく反応したのに和真は気付かぬふりをした。

「へぇ、そうだんだ。面白いな、カズマの世界って」

そう言って興味深そうに笑うアソシエに、和真はステンドグラスに向けていた視線をアソシエに向けた。
そこには、「なんだい?」と優しく微笑むアソシエが居る。
なんだか、その微笑みが和真には眩しくて仕方がなかった。

「アソシエも、嫌だと思うか?今日言われた仕事。汚いから、出世コースから外れてるから。無意味だって思うか?」

和真はなんとなく聞いてみた。
和真の視線の端で、腕の中で蹲っていたココミの目が隙間からチラリチラリとのぞいているのがわかる。


「んー、俺?俺は……そうだなぁ。まだ一人で任務についた事ないし、よくわからないけど……」


よくわからないけど
そう、一瞬だけ不安の色を覗かせたアソシエの目を和真は確かに見た。
けれど、つぎの瞬間その不安の色はキラキラとした輝きの中になりを潜めていた。

「何でも自分に出来る事ならやれるだけ頑張りたいと思ってるよ。だって、これが初任務だし。カズマのお陰でやっとなれた召喚師だから、たくさん頑張りたいなぁ」

「……………」

頑張りたい。
たくさん、頑張りたい。

そう言って照れたように笑うアソシエが、やっぱり和真には眩しくて仕方がなかった。
経験も力も何もないゼロのスタートラインに立つアソシエ。
けれど、和真にはその姿が眩しくて羨ましいと思った。

懐かしいと思った。

そうだ、そうなのだ。

(これは、去年の俺だ)

和真は知らぬ間に笑うアソシエに過去の自分を見た。

頑張ろう、精一杯やろう、早く仕事を覚えて一人前になろう。
そうやって、不安を大きく凌駕する勢いであった純粋なやる気。

今の和真が無くしかけている気持ちが、笑顔が、確かにアソシエの中にあった。

「……うん、俺も」

和真は小さく頷きながら一つの決意が生まれた。

1年前に和真の中にあった気持ち。
どんな仕事だって、きつい事だって、やってやろうと思ったその気持ち。

けれど、それは少しずつ摘まれて言った。

お前は駄目な奴だと言われるうちに、陰りを見せていった。
駄目だと言われた事をバネに頑張ろうともした。
けれど、度重なる失敗と否定の言葉に、ついに和真も蹲ってしまった。
今の、ココミのように。
前を見る勇気も、踏み出す気力もなくなる程に。
泣いて、泣いて、泣いて。
泣いたからと言ってどうにかなるわけでもないのに、自分の不甲斐なさとボロボロの心に毎日泣いた。

しかし、そんな風に和真が立ち止まる度、手を差し伸べてくれた人がいた。
先輩であり和真の教育係りでもあった手代木だ。
手代木はいつも熱心に和真に声をかけ、そして和真の言葉を聞いてくれた。

大丈夫だ、お前は悪くない、お前は頑張ってる、だから

『頑張れ、飯塚』

シンプルなその言葉。
もう自分は充分頑張っている、これ以上なにをどう頑張ればいいんだ。

そう、思ったけれど。

いつも、和真は手代木の手をとって立ち上がってきた。
入社当初のようなやる気も気力も、根拠のない未来への期待もない。
けれど、和真の中にまた立ち上がって歩き出す力を与えてくれたのは確かに手代木だった。

微かに残った和真のやる気を摘まずに育ててくれた。

だから。

(摘ませたくない。アソシエの気持ちを。俺がしてもらったみたいに、アソシエにもしてやりたい)

「一緒に頑張りたい」


そして、また自分もアソシエみたいに笑いたい。
前を向いて、たくさん頑張ろうと、根拠のない未来への期待を抱きたい。

(出張、どこがダメだったのか部長に聞いてみよう)

そう、和真がアソシエに向かって泣きそうになるのを堪えながら無理やり笑ってみせた。
その和真の笑顔にアソシエは一瞬、何かとても切ないようなどうにも形容しがたい気持ちになったが、その気持ちの正体が何なのかわからなかった。
ただ、目の前に居る自分の契約者が、ここではないどこか遠くを見ているようで、置いていかれるような、そんな------


「カズマ!一緒にたくさん頑張ろうな!」

「っ」


アソシエは和真の手を掴んでいた。
和真がどこかに行ってしまわないように。
アソシエは何度も何度も心の中で呪文のように唱えた。

“カズマは俺の契約者なんだ”

と。

「おう!」

そうやって笑い返してくれる存在が隣に居てくれる事の尊さにアソシエは心の底から感謝した

その瞬間。

バシン!


「うるさい!うるさい!うるさい!何なんだよ!お前ら!だいたい僕がアルム勤務になったのも全部お前らのせいなのに!ムカツク!ムカツク!ムカツク!」

「ここみー、ここみー」


和真とアソシエの手は今の今まで蹲っていたココミによって叩き落とされていた。
興奮して叫び出す子供。
その顔は真っ赤に茹であがり、ボロボロと涙をこぼしている。
零れた涙が首に巻きつく真っ白なヘビの胴体に滝のように流れて行く。


「ココミ!?どうしたんだ!」

「うるさい黙れ!成り上がりのクズ!貧乏人のクズやろう!」

「落ち着くんだ、ココミ?なぁ、ほら。深呼吸しよう?」

「うるさい!うるさい!うるさい!うるさい!あっち行けー!!うあああん!」

突然のココミの豹変ぶりに、アソシエはオドオドとしながらも必死にココミに話しかけた。
しかし、そんなアソシエの言葉は頭に血の上ったココミには届かない。
癇癪を起しダダをこねる子供。
今のココミは正にそれであった。

そんな泣き喚く子供の首に巻きついている白いヘビは、泣いているココミの頬を必死に舐めていた。
「ここみー、ここみー」と、どこか必死な声で。
ただひたすらにココミの首をスルスル動きながら慰める。

(…………う、わ)

和真はそんなヘビの姿を見ながら、なんとなく気持ち悪いという想いを必死に奥底にしまいこんだ。
この白ヘビこそ、このココミという子供の契約者であると聞いたからだ。
名前はまだないらしい。
普通、召喚師は己の契約者を呼び出した後、すぐに名づけの契約を行って召喚獣をしばる。
だが、ココミは白ヘビに名前をつける事をしなかった。
その理由は定かではないが、和真はなんとなくその理由に検討がついていた。

ココミはこのヘビを自分の契約者として認めていないのだ。

なぜなら、ココミのその白ヘビに向ける視線は和真のヘビを見る視線と同等。
ヘビを気持ち悪いと思っている。
故に何があってもヘビの言葉に返事を返さない。
どんなにヘビがココミの名前を呼ぼうとも。

和真は呼び出された当初から、何故かアソシエには熱烈な歓迎を受けた。
何が出来るわけでもない自分を、アソシエは最初に笑顔で受け入れたのだ。

なのに、このヘビはそうではなかった。

呼び出された瞬間から、自分の主に気持ち悪いと思われてしまった。

和真は思い出した。
夢か現実かもわからない状態で呼び出された、あの時の不安を。
見ず知らずの場所に一人で佇む、孤独を。

なのに、このヘビはただひたすらにココミの事を想っている。
和真はココミとこのヘビに出会ったばかりだったがそれだけはハッキリとわかった。

ヘビは片時もココミから離れない。
数少ない、このヘビが発した言葉はココミの名と、彼を肯定する言葉だけ。

今もこうして泣き喚くココミを必死に慰めようとしている。

なのに。

「お前もさっきからうるさい!気持ち悪いんだよ!ぼくから離れろ!このやくたたず!何も喋れないくせに!お前なんか呼ぶんじゃなかった!やくたたず!やくたたず!やくたたず!」

ココミはチロチロと己の涙を舐めるヘビにも言葉の矛先を向けた。
そして、首に巻きつくヘビを乱暴に引きはがすと、勢いよく振りかぶった。
その瞬間、和真は見た。
その白ヘビの目が大きく見開かれるのを。
ココミの流した涙が、ヘビの体を伝うのを。

そして、ヘビの体をがんじがらめに縛る、黄色い魔力の渦を。


その瞬間、和真は思わず手を伸ばしていた。
和真にはその時、確かに見たのだ。
ヘビではなく、小さな、小さな生まれたばかりの赤ん坊が地面に叩きつけられようとしている姿を。


「いい加減にしろ!このクソガキが!!」



そうして触れたヘビの体は、とても温かかった。

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