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つまりは、明日からまた1週間が始まるということ。
つまりは、碌な事ではないということ。

バークス、通称英知の塔。
そこは召喚師達の学舎であり、師団に属する召喚師達の居住地でもある。
王都の東側、英知の塔を囲む周囲20キロ四方は全て召喚師のみの立ち入りしか許されない。
召喚師の町とも呼ばれるその場所で、快晴の本日、ある式典が催されていた。

平均年齢、10歳〜15歳。

この数字は、英知の塔で勉学に励む“見習い召喚師”の平均年齢である。
見習い召喚師は3年間、召喚師としての基礎知識や技術、能力をバークスで学ぶ。
3年間の見習い期間を終えた召喚師は、卒業試験として己の下僕となる契約者を召喚し、そして、その契約者と共に最終卒業試験を受けるのである。

その2つの関門を突破した者が、正式な召喚師として認められ所属する師団の中で、個別の任務が与えられる。
見習い期間中は、全ての任務を師団の先輩召喚師と共に行い、イチ個人としての行動も働きも認められない。

認められないという事は召喚師として名を馳せる事が出来ないということだ。
世襲の多い召喚師と言う職は、見習いの段階から一族の名を背負わされている。
そのため、10代の若き見習い達は誰よりも早く、誰よりも優れた力を持って見習いを卒業する事が求められるのである。
故に、見習い達は必死に勉学に励み早く一人前になれるように尽力するのだ。

平均年齢18歳。

この数字は、一人前になる召喚師の年齢だ。
見習いは皆10代で卒業する。

それは暗黙の了解であり、常識のようなもの。

しかし、今回の卒業試験で、その見習い卒業年齢の最高値を更新する男が居た。

アソシエ=アベニ
24歳

家名はない。
彼は、北の地から拾われてきた

“成り上がり者”であった。






--------------

「っ申し訳ございません!アソシエ=アベニ参上致しました!」

「っはぁっはっぁ!」

勢いよく開かれた扉と、息一つ乱さずピシリと頭を下げるアソシエ。
その隣で、和真はただただ呼吸に専念した。
そんな息絶え絶えの和真の手をぎゅうと握り締めるアソシエは、下げた頭の下で顔色を無くしていた。
そんなアソシエを横目にひゅうひゅうと荒れ狂う呼吸を必死に整えながら、和真はアソシエの手を握り返した。
握り返さずにはおれなかった。

和真の目に映ったもの、それは鮮やかなステンドグラスに彩られた美しい教会。
そして、整然と整列する若人達の大量の視線であった。
ジトリと向けられるその視線に、和真は思わずひゅうひゅうと止まらない呼吸の合間にゴクリと息を呑んだ。


(な、なんだ……これ)


呼吸の整わぬ、どこかぼーっとする和真の頭に、先程までの目まぐるしい全力疾走が頭をよぎる。

アソシエに手を引かれ、和真は走った。
就職して、これほどの全力疾走をしたのは初めてではないだろうか、というくらい走った。
途中、足がもつれそうになったり、上手く空気が吸えなくなったりと和真は死ぬ思いでアソシエを追いかけた。
本当は何度も足を止めようとした。
しかし、しっかりと繋がれたその手が、止まる事を許してはくれなかった。

そんな酸欠状態の和真に部屋を飛び出した瞬間、一つだけ気になる事があった。

アソシエを起こしに来た、あのクムゼという召喚獣。
あの姿がいつの間にか見当たらなくなっていた。
確かに、部屋を出る時までは居た筈だ。

寝間着のまま、アソシエに引きずられるように走っているうちに、彼は居なくなっていた。

そして、今確かにこの大量の視線に見つめられているのはアソシエと和真の二人だけだ。


「静粛になさい。アソシエ=アベニ」


向けられる大量の視線の中、ひと際厳しい表情でこちらを見ていた者が温度のない声でアソシエの名前を呼んだ。
聞き覚えのあるその声に、アソシエは下げていた頭の下でビクリと震えるとそろそろと顔を上げた。
それと同時に、少しずつ呼吸の整い始めていた和真も合わせて声のする方を見る。


「…………げ、」

「っカズマ!」


思わず洩れた和真の全ての感情を表した声にアソシエは更に表情を無くした。
美しいステンドグラスから洩れる鮮やかな光の中、整然と整列をする卒業生及び所属する師団長達をステージから見下ろすように立っていたのは、昨日まさにアソシエと和真の試験監督をしたマリックスと、その契約者であるユエキスであった。
もちろん、最初の温度のない冷たい声の主はユエキスの方であるが。


「遅刻の上にその態度……しかも、そっちのクズ召喚獣のその格好は何だ。式典を舐めているのか?」

「……ユエキス、今はよさないか。他の合格者達も待たせている。説教は後だ」

ユエキスが終わりなき罵声を浴びせかけた瞬間、隣に立っていたマリックスがユエキスに制止をかける。
マリックスはチラリと和真の方へと視線を向けると、微かにその口角を上げた。
それは微かな表情の変化であったが、寝間着のまま現れた和真にどことなく愉快な気分を感じているのは見てとれた。
そんな視線も和真にとっては、ただただ居心地の悪いもの意外の何物でもなかったが。

「アソシエ=アベニ、そしてその契約者カズマ。遅刻については後ほど話を聞くとして、今は自分の所属師団に整列しなさい」

「っは、はい!」

マリックスの言葉にアソシエはホッとしたように肩を撫でおろすと、そのまま和真の手を引っ張り自分の向かうべき場所へと足を動かした。
その最中、和真は周りからの遠慮のない視線を激しく感じたが、己の今の格好を思うと致し方ない事だと溜息をついて諦めた。

この集まりが一体どんなものかわわからないが、この荘厳な教会にも似た場所と、厳かな雰囲気、アソシエと同じ正装と思わしき服装に身を包んだ人間達を見れば、自分の格好がいかに浮きまくっているかは容易に想像がつく。

(でもまぁ、全裸よりはマシかな)

そう、和真は今の自分の状況を比較的穏やかな気持ちで受け止め、不躾な視線を向けてくる人間達を逆にジロジロと観察してみた。
よく見れば一番先頭に立つ人間以外は、その容姿や体格からかなり年齢層が自分達より下である事がわかる。

(……子供ばっかだな)

ほとんどが高校生くらいだろう。
やはりというかなんというか、どの人間も日本人離れした髪色と顔立ちをしている。
人種の坩堝とでもいえばいいのだろうか。
それほど、ここに集まる人間は誰もかれもが統一性のない姿かたちをしていた。

そして、そんな10代の若人達の中には明らかに小学生くらいの子供の姿もある。
更に言えばその小学生程の少年の隣には犬のような猫のような……とりあえず、奇妙な動物が並んで座っていた。
しかし、ザッと辺りを見渡してみれば別にそのように動物を連れ添っているのは特に珍しい事ではないようで、若人達の脇に寄りそう者達の姿かたちもまた様々であった。
動物を連れている子供も居れば、逆に高校生くらいの少年の横にまだ幼児と思われるような幼子を並んで連れている人間も居る。

これは一体どういった集まりなのであろうか。
そう、和真が思案しているうちに和真を引っ張っていたアソシエの足が止まった。
思わずぶつかりそうになる寸前で和真も足を止め、アソシエを見た。

「カズマ、詳しくは後で説明するから、今は俺の隣に並んでジッとしてて欲しい」

「……わかった」

どこか子供に言い聞かせるようなその言い方に和真は少しばかりむっとしたが、アソシエがすぐに前を向いてしまった為、大人しくその言葉に従った。
自分とていい大人だ。
こんな明らかに重要そうな式典の最中に、アソシエに状況の説明を求める等空気の読めない事はしない。

そうして、和真がある列の最後尾にアソシエと共に並んだ時だった。


「おまえのせいで、また僕達第4班が恥をかいた」

「そうだ、そうだー」

少年の、どこか少し落ち着きのない高い声とささやき声の筈なのにどこかキンキンと響く音が和真の耳を掠めた。
すると、その声が聞こえたと同時に隣に立っていたアソシエが困ったように苦笑を洩らしながら、声の主を見た。

「……ごめんね、ココミ。また、寝坊してしまって」

「ごめんじゃない。うちの班は成り上がり者のお前が居るだけでバカにされているんだから、これいじょう僕達にめいわくかけるな。同期としてはずかしい」

「そうだ、そうだー」


和真は目を剥いた。
ココミと呼ばれたその少年の見た目は10歳程で、所謂美少年と言うにふさわしい見目をしていた。
髪は透き通るようなグレーで、その少年の瞳はクルリと大きく伸びた睫毛の長さが瞬きをするたびに、その存在を主張している。

しかし、和真が驚いたのはココミの美しい見目にではない。
更に言えば、その年上に対する偉そうな態度にでもない。
アソシエに向かってまだ文句が言い足りないという表情をする美少年の首には、1メートルは優にあるであろう真っ白いヘビがグルグルと巻きついていた。
一見するとマフラーか何か巻いているようにも見えなくはないが、そのツルツルとした質感とシュルシュルと動く体は、その生き物が和真の知る爬虫類である事を意味していた。

しかも、だ。
ヘビがなんとも言えないほど甲高い声で「そうだそうだー」と喋っている。
その際、アソシエの方へと顔を向けたヘビの口からシュルシュルと赤い、長い舌が見え隠れするのだ。

(きもちわりぃぃぃ!!)

思わず大声で叫び出しそうになるのを、和真は塞いだ手で必死にこらえた。

そして自分に言い聞かせた。
ここは夢の世界だ。
昨日から様々な事があったのだから、ヘビが喋っても驚くところではない。
そうだ、そうである。
それに、和真とてもう24歳である。
立派な大人である。
夢であるがこの何かはわからないが重要な式典と思われる場所で大声を上げるなどという非常識は若きあの頃に捨て去った。

だから。

「あ、あ、あ、アソシエ?俺、トイレ行きたい」

「え?」

半分涙目で静かにそう言えた事は褒めるべき点だと言える。
一旦、隣に立った際に離された手で、隣のアソシエの腕を痛い程掴んでしまった事くらいどうって事ない筈だ。


「っカズマ、痛いよ。それに、そういうのは少し我慢して。終わったら行っていいから」

「……成り上がりの召喚獣はマナーもなってないのか。恥ずかしいやつ」

「そうだ、そうだー」

先程からズケズケと礼儀もへったくれもないような言葉で、明らかに一回り以上年の離れているであろうアソシエに生意気を言う子供。
その子供の首に巻きついている言葉を喋る白いヘビ。

和真はめまいがするのを感じながら、必死にアソシエの腕を掴んだまま意識をヘビと少年から前で行われている式典に戻した。
とりあえず、今はスルーする事にした。

その後、その礼儀知らずの子供は二言三言アソシエに嫌味を言うと、後に向けていた視線を前へ戻した。
ついでに、首に巻きついていたヘビも同様に前を向く。


「アソシエ、もう急に戦えとか言われないよな?」

和真がギリギリと腕を掴みながらアソシエに尋ねると、アソシエは隣に立つ和真を見てフッと微笑み頷いた。

「うん、今日はもう昨日みたいな事はないから安心して」

「…………本当だろうな?」

「大丈夫、本当にもうあんなのはないから」

ジトっとした目で見つめられたアソシエは苦笑して和真の頭を撫でた。
重要な部分の記憶はスコンと抜けてはいるものの、あの巨大な獣を前に「さあ、戦え」と言われた衝撃と恐怖は、何気に和真のトラウマと化していた。

「ぜったい、後で全部説明しろよ」

「うん、約束する」

そう言って、また嬉しそうに笑ったアソシエを和真は自分も思わず笑ってしまいそうになるのを押し殺して頷いた。
何がそんなに嬉しいのかさっぱりわからないが、アソシエが笑うとどうしてか和真も嬉しくなってしまう。

こんなわけのわからない状態でも、やはりそのような感情だけは本能のように和真の中にあった。
そして、そんなアソシエと和真のやりとりを、前に立っていたココミという少年が不満そうに見ていた事を二人は全く気付いていなかった。



「そして、最後に飛ばしていた第4師団、第4班。召喚師試験合格者2名の第1の任務及びそれに伴う勤務地を発表する!」


そう、ステージ上から聞こえてきた聞きなれた声に、アソシエがビクリと体を揺らした。
そんなアソシエに和真はステージの上をつま先立ちで見てみると、そこには予想通り傍らにユエキスを従えた、マリックスの姿がステージの中央にあった。
マリックスの後方にはマリックスと同じ正装をした人間達が3名控えている。
一人は女性、もう2人は男性のようで、それぞれ隣にはマリックス同様己の召喚獣と思われる者を連れていた。

「第4師団、第4班、班長。リスフラン=ショパール及びその契約者、クムゼ!前へ!」

「「はい!」」

和真がステージの上の人間に気を取られていると、これまたステージへの階段を上る見知った人間の姿に和真はガバリとアソシエを見た。
「なんで?」そうありありと顔に書いてある和真の顔に、アソシエはスッと人差し指を自分の口の前にかざす。

どうやら、ここからは本格的にステージ上に集中しなければならないらしい。
和真は何が何だかさっぱり掴めない状況に、ただ昨日からけちょんけちょんに自分を馬鹿にしたリスフランと、朝いきなり登場していつの間に消えていたクムゼの姿に目を瞬かせた。

(あのリーゼント、いつの間にあそこに……)

ぐるぐると思考を巡らせる和真などおかまいなしに、名を呼ばれた二人はステージの上で敬礼をする。
そして、そんな二人に対してマリックスは何もない空間から1枚巻物のようなものを引きだすと、巻物の中身に手をかざした。
すると、和真の目にはマリックスの手から半透明の蒼い魔力が流れ出るように巻物に巻きつくのが見えた。
そして、そのままその巻物は自ら勝手に開くとマリックスは巻物の中に書いてあるであろう何かに目を落とした。
その瞬間、ピクリとマリックスの眉間に皺が寄るのを和真は見逃さなかった。


「それでは、今期見習いを卒業した第4師団、第4班所属の2名の新人召喚師の栄えある初の任務を言い渡す!」

「はっ!」

「ココミ=ポニカ、アソシエ=アベニ。以上2名はこれより1年間、聖都バイパスにおける北部地区アルムの常駐警備任務についてもらう!」

そう、マリックスが声を上げた瞬間、和真はソシエが息を呑むのを聞き、和真とアソシエの前に立っていたココミの体が派手にビクリと震えたのを見た。
それと同時に、周りに並んでいた多くの若人達から驚きの声が上がり、今まで以上の不躾な視線を向けられた。

一体先程のマリックスの言葉の中の何に、こうも周りが反応しているのか理解できない和真はただただ周りの反応から嫌な予感のみしか感じる事が出来なかった。
きっと、何か碌なこともない事を言い渡されたに違いない。


「1年間の北部地方アルムの常駐警備任務、確かに我が第4師団第4班が承りました」


「自身の全てを持って任務を全うし、その身を聖都に住まう全ての善良なる一般市民に捧げるよう努めるように」

「はっ!」

リスフランは再度マリックスに向かって敬礼をすると、マリックスの手にあった巻物を恭しく両手で受け取った。

その間も、周りからの不躾な視線と、囁かれる不吉な言葉達は絶えず和真達に降りかかっていた。
ただ、そんな周りからの無遠慮な行為の何よりも和真の居心地を悪く感じたのは、何故だか小さな肩をフルフルとふるわせるココミの後ろ姿だった。

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