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つまりは、明日からまた1週間が始まるということ。
つまりは、判決の時だということ。
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「おい、アソシエ。いつまでそうしてるつもりだ」

「…………はい」


静かに肩を掴まれたアソシエは、その声を自分の先輩のものだなと、どこか他人事のような気持ちで理解した。
微かに洩れた自分の声はか細く、そして力の入らない体は異様に気だるかった。
アソシエの体の下には、規則正しい寝息を立てる己の契約者の体がある。
先程まで、その腹の上に横たわっていた子犬の亡骸は、いつの間にか消えてなくなっていた。
魔力の供給が断たれ、実態を保てなくなった結果、それは消えてしまったのだとアソシエは頭の片隅で理解する。


「アソシエ、お前はソイツを連れて部屋に戻れ。もう、今日はゆっくり休め」

「……………はい」

リスフランの言葉にアソシエはコクリと頷くと、ゆっくりと横たわる和真の腕を引っ張った。
意識のない生き物の重みが、ずっしりとアソシエの体にのしかかる。
けれど、体温を持つその重みは、アソシエにとって先程まで体を支配していた悲しみと不安をかき消してくれるようだった。


(泣くなよ、アソシエ)


そう言って気を失う前に笑顔で放たれた言葉と、アソシエの髪を撫でる優しい手つきに、アソシエは泣きやむどころか更に大声で泣いてしまった。
そして、ひとしきり泣いた今も和真の言葉を思い出し、アソシエは気を緩めると泣きそうになってしまう。
それほどまでに、アソシエにとって和真の言葉と温もりは固まっていた過去の自分の感情を溶かすものだった。

生き物が死ぬという事は怖い事だ。
だが、それと同時に和真の優しい手つきにアソシエは生きている事の幸福を与えられたような気がした。
一人の孤独を埋め埋めてくれたような気がした。
規則正しい、安穏とした和真の寝息がアソシエの頬を掠める。
そう、アソシエが和真の体を抱えて立ちあがった時だった。


「待ちなさい。アソシエ=アベニ」

「……何でしょうか。マリックス様」


アソシエは和真を支えながらゆっくりと振り返る。
そこには、先程まで自分達二人の様子をじっくり伺っていた上司が居た。
マリックスは微かに笑みを浮かべ、そしてユエキスはやはり不機嫌そうにこちらを見ている。
その表情が意味するところなど、今の疲れ切ったアソシエは思い及ぶ事ができない。


「まだ、試験の結果を伝えていませんよ」

「…………っ」

試験。
そう言われて初めて、アソシエはこれが卒業試験である事を思い出した。
しかし、今のアソシエには試験の結果がどうあれ、早く部屋に戻りたかった。
もう、体が重くて仕方がないのだ。
試験と言うには、一気にいろいろな事が起こりすぎた。
今はゆっくり休みたい。
それに、和真をゆっくりベッドの上で休ませたかった。

試験の結果など、もうどうでもいいのだ。
もともと、どうでも良かったのだ。

「すみません、今はもう……ちょっと…」

そう、いつものアソシエからは考えられない程そっけない態度で、視線を下へ落とす。
微かに浮かべられているマリックスの笑みは異様な圧迫感があり、アソシエはそれを直視する事ができなかった。
しかし、そんなアソシエの微かな抵抗さえもマリックスは許さなかった。

「悪いが、キミには拒否権はないんだよ」

マリックスは小さく声を上げて笑うと、指輪を嵌めた方の人差し指をアソシエに突きだし、くいと上へかざした。
その瞬間、うつむいていたアソシエの頭は自分の意思に反してマリックスの方へと向けられた。

魔力による身体支配の術。
そう、アソシエはまたしても他人事のような気持ちで思った。
自分の体が自分の意思の通りに動かない不安定さ。
これこそ、ここに来た時和真がユエキスに受けたものと同じだ。
ただ、威力と効力がユエキスの比ではない程弱々しいものであったが。
本来ならば、不安で仕方がない状態のソレでさえ、今のアソシエにはまるで抵抗の意思がないのだから、なんの感慨もなかった。
物理的に手で上を向かされるのとなんら変わりない。

逆らう気力など、最早今のアソシエに残されてはいないのだから。

「私は試験管として、キミに結果を伝える義務がある。そして、キミの召喚獣についても、契約者として少しは知っておくべきだろう」

「…………カズマの事、何かわかるんですか?」

そう、今まで一切力を宿していなかったアソシエの目が和真の事が話題に上がった瞬間、微かに意思を持ち始めた。
そんなアソシエの反応にマリックスは満足気な表情で深く頷いた。

「ああ、わかるさ。少なくとも私はキミよりは知識も情報も持ち合わせているのでね。推測の域は抜けないが、なんとなく彼の属性というか……力の種類にはおおよそ検討がついているよ」

そう、昏々と眠り続ける和真を見ながらマリックスは自分の隣に立つユエキスの頭を撫でた。
己の召喚獣に興味を持てない契約者は、試験の合格如何に関わらず、召喚師として強い力は行使できない。

それがマリックスの持論だ。
興味がなければ、関係は築けない。
関係が築けなければ、信頼は生まれない。
信頼が築けなければ、絆は生まれない。
絆がなければ、力は行使できない。

もし、その間に生まれるのがそのようなプラスの関係でないとしても、己の召喚獣と一切の関係すら築けないようでは召喚師として、人格を築く事はできないのだ。
マリックスにしてみれば、そこに生まれる関係は“愛”であって欲しいと、それは彼のどうしようもなく個人的な意見なのだが。

その点からいけば、この和真という召喚獣は幸せ者であろう。
召喚師から興味を持ってもらえない召喚獣は少なくない。
道具として何の感慨もなく、己の召喚獣を行使する者は意外と多いのだから。

そんな召喚師を見るたび、マリックスは一人「愛がないなぁ」と心の中で何度も一人ごちてきた。

「マリックス、そいつは不快だ。さっさと部屋から追い出せ」

マリックスがぼんやりと自分の契約論を脳内で展開していると、黙って頭を撫でられていたユエキスが溜息をつきながらそう言った。
ユエキスの氷のような無表情が、その鋭い目が、確かにアソシエに寄りかかって眠る和真へと向けられている。
マリックスは己の契約者からドロドロと垂れ流される不機嫌オーラに頭を撫でつけながら苦笑した。

「確か、カズマ、とか言う名でしたね。彼は」

「はい。あの……カズマは一体、何の属性の召喚獣なんでしょう。俺は、確かに風の世界と契約を結ぶつもりで術を発動させました。けれど、カズマの指輪は風の魔力を感じない。それどころか、俺と同じで魔力の反応が無いんです。それに、カズマは最初から自分の名を持っていました。俺はカズマに名付けの誓約を行っていません。こんな事ってあるんでしょうか、マリックス様」


そう、アソシエはまっすぐとマリックスを見ながら、ずっと疑問だった事を口に出した。
アソシエの目には先程までの無気力さは欠片もなく、しっかりと意思を宿していた。
だからこそ、マリックスからかけられた身体支配の術が不快に思えてきて仕方がなかった。
支配は己の意思が存在して初めて不快感や嫌悪感を得るのだ。
そう、術の本来の効果がアソシエの感覚を支配してきた時。

「あなたのその召喚獣は、そうですね……属性としての名がありません。故に今私が勝手に名をつけるとしたら……」

眠り続ける和真の指輪が微かに光る。
そして、それに呼応するようにアソシエの指輪もうっすらと光を帯び、

「無属性。彼は物理攻撃以外の全ての他者からの魔力行使を無効化できる」

アソシエの体は一瞬にして自由になった。
自由になった瞬間、無理やり向かされていたアソシエの顔が勢いよく脇に抱えられるカズマへと向けられた。
やはり、視線の先の和真は規則的な寝息のもと、ぐっすりと眠りこけている。

「今も、彼はキミの受けた負の魔力行使……私がキミにかけていた身体支配の術を無効化した。それも、キミが私の支配を“不快”だと感じた瞬間にね」

「っでも、今、カズマは……」

「私がキミにかけていた術が弱小であった為だよ。この程度であれば、キミの召喚獣はキミの為に、キミの不快感を取り除く事など、気を失っていようとも造作もないという事さ」

「…………」

「ユエキスの身体支配、私が獣にかけていた魔力変化による魔獣召喚、それに、キミの初歩の錬成術も、彼は無効化した。全てキミを守る為にね」

「っ!」

一度目はユエキスからの悪意から己の身とアソシエを守る為。
二度目はアソシエの身を守るため。
三度目はアソシエの心を守るため。

和真は知らぬ間にアソシエを守ろうと必死だったのだ。


「試験は合格だ。アソシエ=アベニ。キミはキミの契約者たる召喚獣を大事にしなさい」

「っはい!」

マリックスからの思わぬ合格と、優しい笑みに、アソシエは勢いよく頷いた。
試験などどうでも良いとは思っていたが、和真と共に召喚師としての力を認められたという事実が、ジワジワとアソシエの体を駆け巡る。
ユエキスから水をぶっかけられて冷えている筈の体が、ほかほかと暖かい。

「そして、彼の名前の件だが……」

「マリックス!いい加減にしてくれ!もう十分だろう!早くそいつらを外に出せ!絶対だ!もう我慢できんぞ!」

「……やれやれ」

マリックスは突然自分の目の前に現れた契約者の顔に苦笑する。
ユエキスはマリックスの視線が他人に長時間向かう事を極端に嫌う。
それに加え、自分の魔力を無効化するなどというわけのわからないカズマの存在が不愉快で仕方がなかった。
そんな和真にマリックスの視線が奪われるなど、何があっても許せない。
所以、嫉妬というやつだった。

そんな己の召喚獣の想いの丈にマリックスは笑みを深くした。
なんともまぁ、かわいいやつである、と。


「すまないね、アソシエ=アベニ。今日はここまでだ。リスフランの言うとおり、今日はもう休みなさい。名前の件については、今度話そう」

「今度などという機会作らずともよい!自分で調べろ!若造が!」


その相反する二つの言葉に、アソシエはとりあえず頷くと、そのまま二人に一礼をした。
まぁ、試験の結果は受けた。
和真の属性についても確証のある答えを得た。
確かに今日はもう休むべきだろう。
そう、アソシエが思わずふらつきそうになる体を支え顔を上げようとした時だった。

アソシエの隣から、深い、深い溜息が聞こえてきた。
そう、リスフランの、深い、不快溜息が。


「速やかに帰るぞ、アソシエ」

「…………は、はい」


アソシエは顔を上げた瞬間デジャビュを感じた。
洩れる息。
合間の嬌声。
響き渡る水音。

濃厚なキスシーン。


「「失礼します」」


その二人の上ずった退室の言葉が絡み合う二人の耳に届いていたかは、


謎である。








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嗚咽
嗚咽
嗚咽

号泣

「っひうう、うあぁぁ……ううう……うああああ!」


嗚咽からの、
咽び泣きからの、
号泣。

そんなエンドレスループな泣き声が、あるホテルの一室に響いていた。

泣き声の主の名は飯塚 和真。
彼は今朝がた、前日まで嫌だ嫌だと泣きじゃくりながら嫌がっていた出張に来ていた。
あのクソ上司との日帰り出張。
そう、日帰りの筈だった出張。

しかし、和真は今出張先のホテルで布団をかぶって泣いていた。
隣の部屋はあのにっくきクソ上司。

今日という日。
和真にとっては地獄とも思えた一日。
イレギュラーだらけの展開で、和真は一切それに順応できなかった。
対応できない和真に上司はいつものように烈火のごとく和真を怒鳴りまくっていた。
挙句、こんな酷い出張は初めてだと吐き捨てられ、自分はそそくさとホテルに部屋を取って和真を置いていった。
和真は必死に謝罪しながら上司を追いかけたが、一切話を聞いてもらえなかった。

確かに散々な出張だった。
そして和真は見事萎縮して役立たずと化した。


「(……もう、俺じゃない奴連れてけよ……できねぇよもう)」


ホテルのベッドの上で和真はグズグズと鼻を鳴らしながらボロボロと涙をこぼした。
今朝がた見た夢の事など、もうすっかり和真の頭から抜け落ちていた。
そもそも、すごい夢だったなぁと感慨深く思っていたのも束の間。
昨夜あったらしい上司からの電話の着信履歴に気付き和真の意識と心臓はぎゅうぎゅうと締めつけられた。

終わったと思った。
出張前夜の電話に出なかったばかりか、何の返事も返せていない。
なんらか出張に関するスケジュールや動きに大きな変更が生じたのは明らかだが、もう今現在出張当日の朝になってしまっていた。
それからはもう深くは語らない。
ただ、和真にとっては辛く長い一日になってしまったというだけだ。


その時だ。


ブブブブブブ


「………っ」


和真のポケットに入っていたケータイがブルブルと震えた。
和真は急いでポケットからケータイを取り出すと、受信しているメールの相手に更に涙が溢れそうになった。

「手代木さぁん……」

メールにはシンプルな顔文字のみつけられた和真への調子を尋ねるメールだった。簡単にいえば、お疲れ様、泊まりになったらしいが何かあったのならいつでも電話しろ、という文面だった。
その文面に、和真は更に目に涙を浮かべ号泣した。
早く戻りたい。
こんな声では電話などできやしない為、戻って話を聞いてもらいたい。
きっと優しい手代木の事だ、笑顔でお疲れさんと言って和真を飲みにつれて行ってくれるに違いない。

和真は不安定な視界の元、10分かけてようやく返信のメールを作り上げると、勢いよく送信ボタンを押した。
支離死滅な長文メールになってしまったが、きっとあの乱れ具合で今の和真の状態を察してくれるだろう。
明日、優しい先輩は黙って話を聞いてくれる。


「(早く……戻りたい…)」

メールを打ちながら落ち着いてきた涙。
そして、それと反比例するように襲ってくる眠気。
明日起きれば会社に戻る。
出張も終わりだ。


(あぁ……早く“会いたい”なぁ……)


誰に。
という疑問は、薄れゆく和真の脳内で霧散していった。


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