[携帯モード] [URL送信]

つまりは、明日からまた1週間が始まるということ。
・・・・・


-------------------
聖都バイパスには、英知の塔と呼ばれるものがある。
それは、質素ながらも古い歴史を感じる重厚な塔だ。
それもそのはず、その塔は1000年前からそこにあるのである。
高さはあまりないが、人々はその塔をとても遠くの存在であるかのように見上げる。
そう、それこそ雲の上の存在であるかのような目で。

正式名称を“バークス”と言うその塔は召喚師達の学舎であり、その周りは師団に属する召喚師達の居住地だ。

ここからは大きな建前の話となる。
魔術、召喚術、錬金術。
それらを使用する為に必要なのは魔力と呼ばれる、一般人には持つ事も、関知する事もできない未開の力だ。
しかし、どういうわけか、その魔力を関知し、あまつさえ使いこなす人種が居る。
それが、召喚師呼ばれる術者たちだ。
人知を超えた力を操る召喚師。

故に、彼らには力を得た瞬間に、ある使命と目的が課せられる。
彼らの使命は、その力を使い人々の生活を豊かにし、そして、聖都バイパス引いては世界の未来永劫の安寧の為に働く事だ。

それが力ある者の使命であり天から与えられた役割である、と。

そのような、エゴで塗り固められた大きな建前の為に遥か昔に作られたのがその英知の塔及び、召喚師団という強大な力を持つ集団。
彼らは掲げられたその素晴らしい大義名分の下、自分達の地位を確固たるものにした。
立派な建前の上で、召喚師達はのぼせあがっている。
魔力を持ち、他の世界にまで干渉しうる力を持つ自分達は、誰よりも優れているのだと。

彼ら召喚師の多くは心の底から本気でそう思っている。

はっきりとは解明されていないが、魔力の素質は親から遺伝する事が証明されている。
その証拠に召喚師という職はほとんどが世襲である。
英知の塔が1000年前からあるように、古い名家と呼ばれる召喚師の一族の歴史も1000年という長い歴史がある。
1000年の長い時間は召喚師達を誰の手の及ばない権力者集団にするのには十分な時間だったといえるだろう。

ただ、突然変異というイレギュラーはどこの世界にも起こるものだ。
魔力は世襲とは限らない。
その、強大なうぬぼれとエゴの歴史に突然放りこまれる部外者もいる。
それが、魔力を世襲する者たちから“成り上がり者”と呼ばれ、蔑まれるアソシエのような存在だ。
聖都バイパスから遠く離れた小さな田舎村で暮らし、己の住む世界の文字も知らずに育ったアソシエと、聖都バイパスで自分達の地位と名誉を確立させる事に躍起になるエリート集団とが混じり合える筈もなく。

アソシエは日々彼らの優越をくすぐる、魔力の極めて少ない落ちこぼれ者として扱われてきた。
そんな中、全てを失ったアソシエは違和感だらけの世界で、必死に自分の存在意義を見つけようとしていた。
自分だけ、無様にも生き残ってしまった理由をアソシエはずっと、ずっと探し続けているのである。












---------------

「おせぇ!」

無事、この世界での現実を、夢の世界の出来事として整理を付けた和真は、開口一番そう怒鳴りつけてきたリスフランに「げ」という表情を隠す事なく表に出した。
そして、夢であるならば我慢する必要は皆無であると悟った。
日常生活で、あれほどにまで自分の感情を押し殺して労働に勤しんでいるのだ、夢の中くらい、感情を思うがままに表に出したってかまわないだろうと和真は開き直った。

「すみません、先輩。カズマと話してたら遅くなってしまいました」

「ったく、只でさえお前は上から目ぇつけられてんだ。お前が悪くなくても突っかかってくるんだから、お前もちったぁ隙見せずにもっと構えろ」

「そうですよね、すみません」

そう、苦笑しながら頷くアソシエに、和真は何となく胸の奥がモヤッとするのを感じた。
なんで、自分が悪くないのに構えていなければならないのか。
他人の隙に応じてこれ幸いと立場に付け込んで責め立ててくる奴など、そんな程度の低い人間に何故構えなければならない。


(……くそう、夢の中でもこんなんかよ)


構える必要などないのに、無駄に構えてミスをする。
典型的な失敗のスパイラルの形だ。
ミスをしないようにと構えて、そして結局失敗して、怒られて。
そうしていくうちに自信はなくなる、心が固くなる。
やろう、やりたい、がんばろうと言う心の原動力がサビつく。
そんな状態の自分に嫌気がさしても、どうする事もできない。
泣きたくなる。
明日が嫌になる。
何のために生きているんだと答えの出ない問いを繰り返す。

そんな毎日をただ耐えながら生きていく。
そんな人生に、意味などあるのだろうか。

「別に、こっちが悪くないなら構える必要なんてないだろ」

「あ?」

「だいたい、立場と状況を利用して相手を攻撃するしか能のねぇやつの言う事なんか聞かなきゃいい。そういう奴はこっちが構えていようがどうしようが、自分の権力をフル活用してコッチをイビってくるんだから、構えるだけ損なんだよ」

そう、会社で小さく縮こまる事に慣れてしまった自分を思い和真は固くなってしまった自分の心に言い聞かせた。

(そう、構えるだけ損だ。気にするな。気にするな!)

何度だって自分に言い聞かせた言葉だったが、やはり気持とはそんなに簡単なものではないようで。


「……魔力のねぇクソ召喚獣の分際でわかったような事言ってんじゃねぇぞ。テメェ」

「うっせー!何もわかってねぇのはあんただろうが!」

そう、和真はギロリと厳しい視線を寄越してくるリスフランに言い返した。
夢の世界でならば、普段の縮こまった心を開き、泣く事でしか発散できない想いを本来の怒りという想いでぶつけられるような気がした。
この理解できない夢の世界の中で、妙に自分が自然と心のそのまま言葉を口に出ている事に和真自身は気づいていなかった。
ここに来てから口を出る言葉は、普段、和真が誰にも言えず押し殺してる想いそのものであり、世界に向かって叫びたい想いのたけだ

隙を見せないように。
失敗しないように。
怒られないように。
そう、一番思って動いているのは他でもない自分自身だ。


「周りからごちゃごちゃ言われる人間は構えろなんて言われなくたって、無意識に構えてガチガチなんだよ!好きで否定される人間なんか居るわけねぇんだ!」

「っ」

和真の隣で小さく息を呑む声が聞こえる。
和真の隣に立つ男、アソシエ。
和真は強く握り締めた拳を開き、アソシエの背中を勢いよく叩いた。
アソシエの背中を叩く事で、和真は現実世界での縮こまった自分を鼓舞しているのだ。

「よくわかんねぇけど、どっか行かないといけねぇんだろ?」

「あ、あぁ。うん」

「なら、さっさと行こうぜ。お前の顔見る限りじゃ、早めに終わらせたい用事みたいだし。そういうのはさくっと終わらせとこう」
(ついでに、明日の出張もさくっと終わらせてぇよ)


和真は一瞬よぎった現実世界での嫌すぎる未来に、軽く吐き気を覚えた。
そして、夢の中ですら自分を苦しめてくる上司の顔を振り払うかのように頭を振ると、目の前に立つリスフランにフンと鼻を鳴らして目を逸らした。
自分の世界でない、夢の中だからこそできる行動の一つ一つはなんとも和真にとっては気持よいものだった。

あの、どうしようもなく嫌味な上司にも同じような態度と気持で挑めたら、どんなにスッキリするだろう。
そんな、現実世界では出来もしない事を考えたりもしてしまう。

「魔力のねぇ下僕が、偉そうな事ばっか言いやがって」

そう、どこか先ほどより苛立ちの増長した声で言葉を放ってくるリスフランに、和真はピクリと眉を寄せた。
そして、湧き上がってくる言葉と感情をセーブすることなく和真は言葉を紡いだ。


「つーか、さっきからなんでお前が俺に偉そうなんだよ?さっき、ちょっと説明聞いた限りじゃ、俺はあー、ア……アソシエ?だっけか。こいつに呼び出されて契約したとかそういうのであって、お前は関係ねぇくせに」

「っこの野郎……」

「俺はアソシエを守る為に来たんであって、お前の為に来たんじゃねーし!お前の言う事など一切聞かねーからな」

「……っぐ」


和真の放った言葉に、リスフランは一瞬言葉を詰まらせた。
確かに、それは和真の言うとおりだった。
召喚の契約により呼び出された契約者は、確かに誓約によって行動や魔力を縛られる。
しかし、それを縛り、管理するのは呼び出した召喚師であって、いくらリスフランがアソシエの上司であり先輩であっても和真には何の関係もないのだ。

和真を縛り、どう扱うかは呼び出した召喚師が決める。
故に、従わせるにしろどうでないにしろ、和真がアソシエ以外の人間の言う事に従う道理は一切ないのである。

「ったく、胸糞わりぃ召喚獣だぜ!」

「お前も大概胸糞わりぃよ!」

そう、和真がリスフランに食ってかかった時だった。

「俺は!」

「「あ?」」

今まで黙って二人のやり取りを見ていたアソシエが、何故か顔を真っ赤にさせて声を上げていた。
そんなアソシエに和真とリスフランは目を瞬かせる。


「俺は……!カズマが俺の契約者で嬉しい!」


思わず放たれたその言葉に、和真はしばらく、自分の事を言われているのだという自覚が持てなかった。先程は契約者だの守るだのと、リスフランに言い返す手前口に出したが、契約や誓約、召喚獣などと言う概念は、未だに和真の中でピンとこない事象だ。
しかし、ジワジワと遅れてやってくるアソシエの言葉への理解。

(……はじめてだ)

はじめてだった。
社会人になって、こんなにも自分の存在を肯定されたのは。
(あなたがいてくれてよかった。)
そう、何よりも強く伝えてくるそのアソシエの瞳が、和真にとってはなんとも照れくさかった。
日々、怒鳴られ溜息をつかれ繰り返される失敗の度に固くなっていた和真の心が、少しだけほぐれていく。

その時、和真は確かに、この理解し難い世界で自分の存在意義をまざまざと見せつけられた気がした。

「……あ、ありがと」

この、目の前で顔を真っ赤にさせながら自分の存在を肯定してくるアソシエに。
和真の顔も、いつの間にか赤く染まっていた。
そんな二人を前に、リスフランは何故か、自分が無償に己の契約者に会いたくなっている事実に妙な気恥かしさを覚えていた。

[*前へ][次へ#]
[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!